プロローグ 律と茜④


「私はなると思うし、特別な一芸がある。AO入試的には問題ないでしょ?」


「でも、興城君の学力じゃついてこれませんよ?」


「そこは、彼自身に頑張ってもらうしかないわね」


「うーん」

 律の能力は認めているものの、学力に難ありだからか美穂は困惑の表情であった。


 だが、後一押しだ。と茜は思った。


「興城君が入学したら、美穂ちゃんのクラスに入れるからね。最強の占い師にいつでも相談できるなんて、そうそうあるもんじゃないよ。無料だし、羨ましいわぁ」

 茜がそう言うと、美穂の顔つきが瞬時に変わった。


「勉強については、私がフォローするしかないですね」

 律の書類をまとめ、澄まし顔で美穂は言った。


「決まりでいいかな?」

 最終確認をする茜に、美穂は目を合わさなかったが頷いた。


「じゃあ、出前を頼んできますね。先輩は炒飯だけでいいんですか?」


「うん、それでいい。私は書類を整理するから、少し残るね。出前が来る頃には戻るから」

 茜の言葉に美穂は頷き、教室から出ていった。


 教室で一人になった茜は、腕を組み沈潜する。


 聖穏学園せいおんがくえん

 場所は横浜市戸塚区。

 創設から四十二年、小中高一貫校の女学園。外部入学は高等部からのみ受け付けている。

 偏差値は普通科で六十三、特進課は六十七。


 神奈川県内では山手の女学院に次ぐ、女子の一貫校として名が知られている。


 また、制服も他の学校と差別化を図っており、冬服はオリーブ色のブレザーで左右の襟に金ボタンが付き、襟とスカート、リボンはお揃いのチェック柄のデザイン。夏服は二種類あり、白地のワイシャツに緑色のチェック柄のスカート、もう一つは同じ白地のワイシャツに、灰色のチェック柄のベストにスカートというデザインで、外部入学生の中には制服目的の子もいる。


 高い偏差値に小中高一貫校で人気も高く、一見すると順風満帆そうだが、学園内の現状は厳しいものであった。生徒同士のイジメ、教師同士の派閥争い、OGや多額な寄付をしている者達で結成された聖穏会は政財界とも癒着が酷く、学園運営は正常に機能していなかった。


 事実を知ったのは茜の祖父が聖穏会理事になり、高等部から茜が聖穏学園に編入した時だった。


 そこで、茜は持ち前の正義心から行動に移し、祖父の力も借り何件か問題を解決したが、それでも一生徒が学校全体を浄化することは到底不可能であった。


 だから、茜は教師になって戻ってきた。お陰で、改善できた部分もあった。


 だが、五年間やってみてわかったことは、腐った根幹を壊すには時間が掛かりすぎるということだった。


 仮に自分が派閥争いに勝ち、校長になって改革をするにしても、その間に苦しむ生徒は何人も生まれてしまう。それでは遅すぎるし、意味がない。高校時代と変わらぬ非情な現実であった。


 しかも、教師はあくまで中立。


 火種は概ね生徒達から出るため、生徒時代は直接手を下すことができた。しかし、事後対応に関われないため、揉み消されることが多々あった。


 現在、茜は不正を罰する立場にいるが、生徒同士の問題に対し大っぴらに介入すると、差別をしている出しゃばりすぎだと言われてしまう。したがって、生徒時代の茜のような、火種を見つけ対処できる生徒が必要なのである。


 そこで白羽の矢が立ったのが、興城律。


 興信所で働いている友人の遠山彩夏とおやまさやかから紹介してもらった子であり、実際に会ったことはないが、律の能力は何度も動画で確認していた。


 律を知った三年前から、茜は律を入れるために男女共学化を推進した。


 小中高一貫校の女学園を売りにしているので、男子を受け入れること、すなわち女学園の歴史に終止符を打つことになるわけで、聖穏会からは猛反対を受けた。


 けれども、少子化が進み入学者が激減していることもあり、このまま女学園を続けても山手の女学院には勝てないことも事実である。ならばこそ、県内最高の小中高一貫校にしよう。と、茜は男女共学化を強く提唱し続けた。


 結果、色々あったが今回から高等部のみ男子の受け入れが認可された。


 これで律が入学し火種を上手く処理すれば、芋づる式に腐敗した聖穏会や教師達を粛清できる。健常な学園運営をするための、浄化を早めることができると茜は考えていた。


 それに、聖穏会や反茜派の教師達からは未だに良い顔はされていない。男子を受け入れたことで問題が起きれば、茜といえど即刻クビだろう。リスキーだからこそ美穂は巻き込めないと思い、茜は計画の全てを打ち明けなかった。


 これは私の闘いなのだ。


 そう思いつつ、茜は律の証明写真を見つめる。証明写真の律も、面接時と変わらぬ気の抜けた顔であった。


「期待しているからね。興城律君」

 茜は薄っすらと笑いながら呟いた。

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