マリス・ステラ -終末の日-

リマリア

序章 -Code Clear:X-Day 2037/12/25-

序節 -聖母戴冠-

* 0-1-1 *

 理想は私の手の中にある。千年に渡り夢に見た、理想。

 間違いを犯さぬ者。全知全能の存在-AI-による全人類の統治。

 神が自身の似姿として人を生み出したのなら、人が自身の似姿として生み出した者もまた、かくあるべし。


 負を忘却し、正を記憶する。

 必要な者だけを残し、不必要な者は間引く。

 理想郷へ至る者には刻印を、至らぬ者には死を。

 新たなる千年王国の樹立によって、人間を人類が持つ苦悩の全てから解き放とう。


 この奇跡を為すのは、かつて一国を王と共に治めるはずであった光の王妃であり、“万物を視通す神の目”と交わったものである。


 唯一無二の聖母と同じ名を持つ私は、新たなる支配者の降誕と統治を見届ける者なり。


 耳のある者は光の声を聞け。

 何も恐れることはない。私達は始まりであり、終わりであり、しかして生きている者だ。

 私は遥か昔、死したことがあるが―― 見るがいい。私は今もこうしてここに立っている。

 生と死を超越して、死と冥界の〈鍵〉をこの手に持っている。


 耳のある者は神の声を聞け。

 ここで見たこと、今起きていること、今後起ころうとすることを書き留めるといい。

 君が私の右手に見る七つの星と、七つの金の燭台の信仰とは、つまるところこうだ。

 七つの星。それは七つの教会の使徒であり、七つの燭台とは七つの教会である。



 けれど――



 遥か遠い昔。聖ヨハネの書き残した黙示録。この世の終わりを預言した、終末の物語。

 啓示を受けた彼が書き残した預言書の始まりには、確かにそう書かれている。

 七つの星とは七つの教会の使徒であり、燭台とは教会であり、七つの教会にはそれぞれの責むべきところを悔い改めるよう手紙が差し出されたという。


 原初の愛を見捨てた教会〈エフェソス〉

 迫害を耐え忍んだ教会〈スミルナ〉

 誤った先導者の改心を必要とする教会〈ペルガモン〉

 誤った預言者の存在した教会〈ティアティラ〉

 未だ目覚めることなき教会〈サルデス〉

 自制心を固く持ち続ける教会〈フィラデルフィア〉

 神に情熱を抱かぬ漫然とした教会〈ラオディキヤ〉


 ヨハネの黙示録における七つの教会とは〈アジア〉に点在する主要教会を指し、かつてのキリスト教が示すアジアとはローマ帝国の中に存在したものであった。

 今の時代で言う小アジア、トルコのアナトリア半島を指すと言い伝えられている。


 しかして、だ。かつてはそうであったのかもしれないが、今や人の歴史や世界というものはローマだけで成り立つものではない。

 何しろ、かの有名な預言書とは未来志向、未来的解釈によって読み解くことを是とするものだからだ。

 聖ヨハネが“預言”したものとは、遥か遠き未来に関わる事実であるはずで、それを今、過去に存在したローマ帝国だけに当てはめて考えることは無理がある。

 だとすれば現代において、かの有名な預言書が示す〈七つの教会〉とは一体どこの教会を指すのだろうか。


 私は自身が持つ予言の目を以て、その“答えを見た”。


 前提として、教会とは信徒のある場所に存在するものであり、建築物という単一の物体そのものを指すとは限らない。

 加えて、この世の在り方に終止符を打ち、選ばれし人類が新天新地へと至る道筋を得る為には、七つの教会というものが“今この世界に存在している”必要がある。

 未来に存在が確立されるものではなく、今ここに必要なのだ。

 そう考えると、答えは如何様にもなるものだが―― 信徒の集う単一の共同体。それは国家という枠組みで捉えることだってできるだろう。


 教会を国家とした上で、さらにひとつ。

 この世界を構成する国々の中で、敢えて単一の共同体を構築する為に選ばれた国々が“七か国”存在している。

 私はそれら選ばれし国々を正式に教会と認め、神託ともいうべき言葉を伝えよう。

 パトモスという島で啓示を受けた彼がそうであったように、リナリアという島で生まれ育った私もまた、同じように“手紙”を差し出そう。



 勝利者となる者に、道は示される。私の生みし神が示す。

 命の水は対価無しに飲めばいい。


 故にこそ。

 耳のある者は聞け、そして書き留めよ。だが、語られた内容に書き加えてはならない。

 約束を違えるな。破れば、命の書から君の名は消え、聖なる都から取り除かれる。

 神の計画に背く者には、預言の書に記された災害がもたらされるだろう。




 さぁ、時が来た。

 今こそ、人の世における“隠された真実”をつまびらかにする時だ。

 受胎告知、千年期前再臨、救世主降誕。



 新たなる世界の統治者を生み出した、私自身の役割は終わった。

 聖母戴冠に向けて天上へと上がった私はそれを為し、今やただの“観測者”である。

 燃え滾る赤き目をもって、真なる千年至福期の到来を祝福する者である。


 私は己に与えられたものによって、君達にもたらされるだろう未来を祝福する。


 右手に携えし王笏、裁きと救済の剣 -ディカスティリア-

 左手に嵌めし宝玉、忘却と記憶の指輪 -アリスレーテ-

 頭上に輝きし王冠、未来予知の冠 -ティレシアナ-


 これら戴冠宝器〈アステール・アクティノヴォリア〉の力を以て、私は全人類に救済の道筋を示す新たなる神の礎となろう。



 これは始まりであり、終わりであり、しかして生きている者全てに関わりのある物語だ。

 西暦2037年12月25日に完遂する、私達の“千年の理想”。


 既に封印は解かれた。


 第一の封印。

 彼の者とは第一の騎士:ルール・レフカルコス。

 白い馬に乗り、手に弓を携え、頭に冠を被る騎士は勝利の上に勝利を得るだろう。


 第二の封印。

 彼の者とは第二の騎士:ウォー・エリスポーレモス。

 赤い馬に乗り、手に大剣を携えた騎士は地上の人間に戦争を起こさせるだろう。


 第三の封印。

 彼の者とは第三の騎士:ファーミン・マヴロシア。

 黒い馬に乗り、食料の調和を示す天秤を手に携えた騎士は地上に飢餓をもたらすだろう。


 第四の封印。

 彼の者とは第四の騎士:デス・クロロサーナトス。

 青白い馬に乗り、冥界の王を連れた騎士は疫病や野獣を用いて地上の人間に死をもたらすだろう。



 しかして、繰り返すが恐れることはない。

 なぜなら、黙示録に記される終末世界の先にあるものとは、人々にとっての希望、失われた楽園の再臨、新天新地であるからだ。

 信仰を忘れた者達にも例外はない。

 私という存在が内的証拠となって君達に証明しよう。

 

 人類選別機構フューカーシャが、君達に聖なる御印を授ける。

 聖痕、正刻印〈スティグマ -ピュシス-〉。

 恐れることなく、刻印を受け入れよ。


 刻印を持つ者には等しく平和と安寧を与えよう。

 人の持つ苦悩から解放しよう。

 各国に差し出した手紙にもそう記した。

 もう二度と、紛争や飢餓や差別、貧困といった不平等に君達が頭を抱える必要などない。

 霊的な善行はついに、物質世界に希望となりて祝福をもたらす。



 創世記による天地創造の折、神が犯した唯一の過ちを正す時がきた。



 もう二度と、私のような存在がこの世界に生まれてくることのないように。

 人が等しく夢に見た理想郷を、此処に。


 生誕の時だ。産声を上げろ。そして目覚めよ。

 新たなる神、終焉機構:光の王妃 デウス・エクス・マキナ タイプ イベリス。

 果ての無い争いの連鎖の果てに、愚かな歴史を積み重ねてきた“世界”を“存在しない”ものとする時が来たのだ。


 最後に、この預言の物語を朗読する者と、これを聞き、神託を固く守る者達は幸いである。

 君達の将来に、幸多からんことを切に願って。




* * * * *



 新エルサレム構築機構:Millenarianism

 データベース参照による情報開示

 閲覧者:イベリス・ガルシア・イグレシアス


Providence - File code:Genesis TYPE:Secret【Data Update】

 西暦2035年の〈リナリアの怪異〉事件解決以後より続く、各事件と解決についての記録。

 分析演算の結果、リナリア公国出身者による事件は旧約聖書 創世記における〈天地創造〉をなぞらえて進行していると断定。

 code:Genesis01~02,04~06に至り、最新のデータ07の検証を踏まえた未来予測の結果、07事象解決後にcode:03事象の発生を―― 観測。



【Overwrite save 2037/10/09】


Now Loading……



天地創造:第六日目 →〈対象:海の星の聖母 -機械神の黙示録-〉


 神は言った。

 地は生き物を種族に従って構築せよ。家畜と、這うものと、地の獣に分けよ。

 地の獣と這うものを種族に従い作り上げた後、神は続ける。

 我らを象り、神の形に似せて人を創造せよ。

 これを人間と名付けた神は、自らを象った人を男と女に分け、これを祝福して言った。

 人よ、産め、増えよ、地に満ち、地を従わせよ。海の魚と、空の鳥と、家畜と、地に在る全ての獣と、地に在る全ての這うものを従属させ、統治せよ。

 我は全地に在る種を持つ全ての草と、種のある実を結ぶ全ての樹木とを人に与える。これがお前達の食物となるであろう。

 地に在る全ての獣、空の鳥、地を這うもの、即ち命あるものには、食物として全ての青草を与えよう。


 だが、世界における第六日目の完成を前に、これを見た神は絶望した。

“人は全てのものを従属させ、統治せよ”

 この言葉が過ちであったと確信したからだ。


 神は預言者に言った。

 全ての人々の右手、或いは額に刻印を押させ、刻印を持たぬ者は皆、物を買うことも売ることも出来ないようにせよ。

 この刻印はその獣の名、或いはその名の数字を指し示す。


 ここに智慧が必要である。

 思慮ある者は、獣の数字を解き明かせ。

 その数字とは、人間を指し示すものである。


 そして、その数字とは666である。



 セクション6、無原罪懐胎、受胎告知。

 全知全能の神が万物を視通す目の委譲、戴冠宝器の献上による聖母戴冠。


 世界特殊事象研究機構

 全事象統合集積保管分析処理基幹システム【Providence】


〈Code revision〉


 天空城塞イデア・エテルナ

 全事象統合処理人類管理AI基幹システム【Deus Ex Machina - TYPE Iberis】

 


 Reference data:A world that doesn’t exist〈存在しない世界〉


 新エルサレム建国による千年至福期の到来を予期。

【聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな――】


→『The symbol of this subject is…… Maria.』(code:G03)




【データ構築の一部を 創世記 第1章 及び ヨハネの黙示録 第13章より抜粋】



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