車好きな先輩にマフラーを編む話

一花カナウ・ただふみ

車好きな先輩にマフラーを編む話

 私が気になっている先輩は、いつも車の話ばかりしている。

 今日も休憩所で見かけた先輩は、先日のドライブでいかに自分の愛車がいかしていたかについてを熱く語っている。

 私には車のことなんてさっぱりわからないわけだけれど、車の話をしている先輩はいつもキラキラしているし、話の内容なんて頭に入らないくせに話はうまいから楽しくなってしまう。営業成績の良さは、おそらくこの話術にあるのだろう。

 見た目も爽やかで格好いいし、一緒にいると気がきくのがよくわかるし、とにかく素敵なのだ。車の話が始まったら止まらないこと以外は、本当にいい人である。


「――ほら、先輩。次のミーティングの時間ですよ」


 コーヒー休憩で休憩室にいた先輩に声をかけにいくのが私の仕事である。先輩後輩という関係で仕事を教えてもらうようになってから半年。私はこの冬で先輩の手を離れることが決まっている。


「あ、いつもわりぃな」


 話に夢中になっていて時間が経つのを忘れていたのだろう。腕時計をチラッと見やると、先輩は私のところに駆け寄った。


「もう。私と組んでいるのもあと三ヶ月なんですよ。次のペアの子が呼びに来ないタイプだったらどうするんですか?」

「それは……まあ、どうにかするって。君と組む前に遅刻したことなんてないし」


 だったら呼びに来るまで休んでいないでくださいよ、と突っ込みたくなる気持ちを抑えて私は仕事に意識を切り替える。


「ほら、むすっとするな。契約を逃すぞ」


 ニカっと笑う顔がすごく好きだ。呼びに行ってからデスクに戻り、必要なものをまとめるとすぐにミーティングに向かうのだった。



*****



 先輩の手から離れる前に、何かお礼はできないものかと好みの傾向を探る。当然ながら先輩から聞こえてくるのは車の話題ばかりである。

 車の専門用語もピンと来ない私なので、聞いていても何が何だかイメージできない。

 なので、直接聞いてみることにした。直接と言っても、さりげなく、だが。


「えっと……そうだな、マフラー、とか?」


 どういう聞き方をしたのか、緊張していて思い出せないが、私は確かに先輩が「マフラー」と告げたのをはっきりと聞いた。


「なるほど、マフラー、ですね!」

「そこが変わると、効率が上がるって話でさ」


 そのあとに続く車の話は私の耳には素通りだった。



*****



 手作りのマフラーは嫌われると言われているが、何を隠そう、私の趣味は編み物である。ふだんから自分で編んだマフラーで暖をとっているくらいだ。ここは先輩のために商品と見紛うマフラーを編んで届けようではないか!

 気合充分、材料もたんまりある。

 私は仕事を早く終わらせて帰宅すると、早速先輩にピッタリなマフラーをデザインして編みだした。暖かくて実用的なマフラーを、必ず届けよう。



*****



 二月。今月末で私は異動になる。つまり、先輩とお別れの時だ。

 憧れの先輩へのマフラーは出来上がっていた。異動の直前に渡そうかと思っていたが、せっかくなら使っているところが見たい。

 私は天気予報を見て、雪が降るかもしれないという前日に先輩にマフラーを渡すことにした。


「先輩」

「ん?」


 昼休み。珍しく外に一緒に食事に行くことになった。私は密かにマフラーを持ってきている。

 声をかけると、先輩は驚いた顔をした。たぶん、私が緊張しているのが目に入ったからだろう。


「先輩、あの。これ、今までお世話になったお礼を込めて編んだんです。使ってください」


 息が白い。粉雪が舞うのが視界に入った。


「ええ?」

「とにかく、見てください」


 可愛くラッピングした紙袋を押し付けると、先輩は恐る恐る中を見て、顔を綻ばせた。


「へえ。マフラー、だな」


 先輩は私が作ったマフラーを取り出すと、ぐるっと自身の首に巻いた。彼女の長い髪がマフラーに入り込んで、ふんわりと膨らむ。


「なかなかいいじゃん。嬉しい」

「よかったぁ」

「でも、なんでマフラー?」

「え? だって先輩、欲しいものはマフラーだって」


 お互い、話が噛み合わなくてキョトンとする。数秒経って、先輩は大声で笑った。


「あはは。わりい。私が言っていたのは車のマフラーなんだ。最近、カスタマイズにハマっていてさ」

「く、車の?」

「ま、これはこれで大事にするよ。君の使ってるマフラー、暖かそうでいいなってずっと思っていたからさ。それも、君の手作りだろう?」

「気づかれていたんですか?」

「どこのブランドだろうって思って、こっそりタグを探したことがあったんだけど、どこにも商品に関するタグがないじゃん。それで、これは手作りなんだって気づいて」


 車にしか興味がないと思っていたのに、マジですか?

 とても驚きであるし、すごくすごく嬉しかった。


「……って、気持ち悪いか。ごめん」

「いえいえ! 聞いていただけたらよかったのに! お揃いの手袋も編めますよ!」

「え、いいの? ちゃんとお金は払うから、作って欲しい!」


 タダで貰おうとしないあたり、やはり私の先輩は大好きな人だ。


「承知しました! 必ず、異動前にお渡ししますね」

「無理しなくていいから」

「いえ。慣れているんで大丈夫です」


 車以外の話ができて嬉しい。先輩が車以外の話でもニコニコしているのがなおさら嬉しかった。



 異動先でもまた一緒に組んで仕事をすることになっていたのに気づくのは、もう少し先のお話。


《終わり》

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