4. 数日後「少女漫画かよ」という投稿を見つけて俺は引きこもった
アイドルを辞めた桃園アイラへ推し活することが出来なくなった俺はその代わりアイツSNSを見る頻度が多くなった。
元からフォローしていたのだが、よく見るとその過程で桃園アイラの小さな変化に気付く。そしてそれが分かるくらいに彼女はどんどん可愛くなった。
上背もあるからモデルとかの仕事の数もちょいちょい増えてきているようだが、本人は水着姿が見せられない分まだまだだと言っている。その肉の皮をどうにかするまでは己の肉体を晒したくないらしい。
だがダイエットが成功した彼女はそれ以外にも美容系に力を入れるなどしたということもあり、彼女の公式SNSは徐々にフォロワーが増えてきていた。
彼女曰く通っている大学の方でも声をかけてくれる人が増えてきたらしい。
だがそんな彼女はテレビで思い切り可愛い顔を見せているのに、そんな彼女の恋する乙女の顔はただの演技である事を知っているのは俺だけ。
テレビやライブで見る『桃園アイラ』を見る時、裏の顔を知っているという優越感を持つことは何度かあった。でもたまにテレビに映る『片想いをしている桃園アイラ』を見る時、その対象が俺だという優越感を感じてもボイスチャットや通話で普段のアイツの声を聞くたびに「あぁ、やっぱあれは演技してるんだな」と現実に引き戻される。
「明日、思い切り振れよ!」
「ガチで泣いても慰めないかんな」
「泣くか!あ、でもフラれたなら泣かないとなのか……?」
「演技上手いから、泣けるんじゃねえの」
「…………どうだろ?」
「なんだよその長い間は」
「でも、女優もいいかもね」
きっとアイツの顔は希望に満ちたようなキラキラした顔をしているんだろう。
その告白がマジだったらどれだけ良かっただろう。でも彼女にとってはイメチェンするきっかけのための都合のいい話題、ネタ作りの一環。そういうところ一体誰に似たんだか。
そしてそのネタとして桃園アイラに想い人がいて、その人を振り向かせようとするテレビによくある企画。
だがその相手のことを本人は好きではなく、むしろ相手の方が彼女のことを好いている。俺をダシにして可愛くなるのに彼女の目当てはこの俺ではないし、相手役としてチャットで演じただけの俺にコイツは振り向いてくれない。あーあ、この半年本当に弄ばれた。
「したら、お前はますます俺から遠くなるんだろうな」
「ならない」
「なんでそう言えるんだよ」
「だって……!……仕事が増えても、恭輔とこうして遊ぶのはやめたくない、し……」
音声越しでも彼女が照れていることが分かる。やめろこっちまで恥ずかしくなるだろ。
「……デレても何も出ないぞ」
「デレてない!恥ずかしいだけだし!」
相楽。と彼女の名前を呼ぶ。桃園アイラと言う名前は俺の母親が考えたものだが、下の名前だけは響きがあの子そのものだからという理由でカタカナに変えただけにしたらしい。なんとまあ安っぽい。
「マジ泣きはやめろよ。相手役が慰めるとか洒落になんねえし」
お前が泣いたら余計俺が混乱するだろ。声までは聞こえないが彼女が思い切り笑った気配がする。
「泣くもんか!」
―――
当日俺は生放送で通話だけ出る事になった。
家や相楽を昔から知ってる両親たちや地元の同級生たちから、普通に特定されて「振ったら許さんからな」とか「俺に紹介しろ」と言われる始末。(同級生なんだから普通に会いに行けや)
俺は彼女が映っているディスプレイを前にスマホを握り締めた。
「大分綺麗になりましたね」
「はは、元が良いので」
「ホントなのが腹立つわ〜」
そして振り返りのVTRに入り、俺はコイツが最初に痩せたいとか好きな人がいるとかそういう話の始まりから、彼女の見た目だけではなく心境の変化など『恋する桃園アイラ』がまとめられていた。
『好きな人がいるんです』
『ちっちゃい頃からずっと一緒にいて、多分友達とか腐れ縁程度にしか思われてないんですよね……』
『デブとかボンレスハムとかそんなこと言われたんですよ』
『でもなんやかんや桃園アイラを応援してくれて、彼も私の事好きなのかなって思ったりしたこともあったんですよ』
『でも、その気持ちを彼の前に出す自信が出なくて……』
とあるバラエティー番組の半年の長期企画とはいえ、彼女がそれでテレビに出たのはたったの6回。長期のダイエット企画だしそりゃあそうかなんて思ったりもしたが、その1回1回の彼女の変化が凄かった。
俺の知らないところで彼女は一時耐えられなくなって暴食してリバウンドしたというエピソードも話す。俺自身暴食はしたことないが、好きなことが制限されて相当ストレスだったのだろうというのが想像できた。
だが彼女のその演技は本当に上手かった。なんでその実力があるのに、マネージャーは何もオーディションを受けさせないのだろう。
だがVTRの途中母親に呼ばれ、やむを得ずディスプレイの前から離れることになった。少々夢中になっていたが、あのまま緊張している彼女を見ていたら俺も多分緊張していた。
仕事の電話をしていた母親が俺の顔を見ては呆れながらも笑っていた。
「なに、緊張してるの?」
「しょうがねえだろ……こういうの初めてだし」
「なーに言ってんの。取引先相手に気に入らないからって平気でガン飛ばす尻の青いガキが」
「いつの話をしてんだよ」
それにそういう仕事をしないのに、子供をそういう大事なところに連れて行くなよと今でも思う。
そんな俺と似ても似つかない年齢不詳の顔が笑みを浮かべてこちらを見るが、誰のせいだなんて睨む。そう軽い話しているうちに俺のスマホのバイブレーションが鳴った。
「出な。あとはお前の独壇場だよ」
母は頑張れと言う様に手を振ってその場から去る。企画の仕掛け人の癖に本当に雑な母親だ。
俺はつばを飲み込んで応答ボタンをタップした。
「……もしもし」
「声、裏返ってる」
「うるせえな」
少しだけ彼女の声が柔らかくなった。思っていた以上に俺は緊張しているらしい。全国放送だぞ。かなり恥ずかしいんだが。
「あのね、恭輔に言いたいことがあって」
「……おう」
「――その前に、今までありがとうね」
「はっ、何『これでお別れ』みてーなこと言ってんの」
きっと相手役のことを言ったのだろう。傍から見れば変な告白に思われるだろうに。俺は告白されたこと無いからそういうのは分からんが。
「あのね、相手役、あれ嘘なの」
「……………………は?」
どういうことだと思ってきょろきょろと周りを見渡すがもちろん俺の回りにはこの状況を説明してくれる人なんて誰一人いない。目の前には白い壁とカーテンがあるだけである。
「だからこれは――」
「新手のドッキリか?ドッキリ企画か?」
「話を聞けや」
奥の方で複数人笑っている気配がした。だがいつまで経っても俺の前に「ドッキリ大成功!!」なんていうパネルを持つスタッフが来ない。
そしてこれが生放送中だということを思い出し、俺はその場でしゃがみこんでしまう。全国放送で俺はなんというボケをかましているんだ。
「…………ずるいぞ」
「ごめん。だから今から言うのは、私の本心」
きっと今頃彼女は腹を決めたという顔でもしているのだろう。
今この状況がどういう事になっているのか理解出来てしまい、俺は呆れて思わず笑みが零れた。あーあ。ホント俺の心をここまで弄びやがって。
「あのね「好きだ」……え?」
好きだよ。ずっと前から。デブとかそういうのなしにお前のことが好きだった。
向こうでスタジオが歓声をあげている。だが当の本人は全く理解出来ずに居たようで電話口から困惑が読み取れた。
すると目の前のカーテンがなくなり、綺麗になった彼女と俺の顔が対面することになる。
「桃園アイラちゃんの幼馴染である恭輔くんです!」
番組MCが俺のことを紹介に、彼女が悲鳴を上げた。
今俺は番組のスタジオにいる。生放送ということもあり俺の手は汗でしっとりと濡れていた、この場で一番困惑していたのは彼女だっただろう。
「これ、どういう」
「恭輔クン、実はサプライズで来てもらってたんだよね、めっちゃ緊張してるけど」
「いや……まあ……」
関西の訛りで話すMCに人見知りが発動し、俺は思わず視線が泳ぐ。折角スタイリストさんに身なりをある程度マシにしてもらったのにこれでは台無しだ。
俺が生放送で彼女の公開告白を受ける。それは既にスタッフや彼女の事務所と裏を合わせて受けていたのだ。
だが俺が「相手役のサクラは嘘」だと言われるまで彼女の気持ちを信じていなかった。予定がずれ俺が思わず先に告白してしまったのだが。
「アイラちゃん、先越されましたが、恭輔クンにあなたの本心を言ってあげてください!」
MCが未だに困惑する彼女に告白を促してあげているのだろう。
生放送で予定が狂ってしまったのに、MCは冷静に番組の進行をする。昔から遠くでその様子を見ていたが、そういうところはすごく尊敬する。
涙目でアイラはか細い声でその口を開く。
「……恭輔のこと、ずっと前から好きでした……」
「やり方が遠回りすぎるんだよ。アホ」
遠くから桃園アイラのマネージャーである俺の母親がガッツポーズをしているのが見えた。きっとその後の反響に期待しているのだろう。相変わらず金に目がないなと俺は呆れるのだった。
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