3. その後彼女はリバウンドした


 彼女のSNSで上げられる写真は徐々に変化していき、今まで風景とか食べ物が多かったのに、自撮り写真が増えてきた。本当に彼女がその体型にコンプレックスを持っていたんだなということが伺える。

 次の収録日の連絡が来た時、特に彼女との打ち合わせもなくいつも通りでいいと言われたので適当にトークを交わしたのだが、俺はその後の放送で彼女の当時の演技に見入ってしまった。


『はぁ!?なんでいつの間にSレア取ってんだよ!?ふざけんな!垢ごと寄越せ!んん”っ!いやそうじゃないそうじゃない……すみません』

『どうしよー、自撮り送りすぎかな……あ、来た。……ふふっ見てください。『マシにはなったんじゃないの』だって。相変わらずぶっきらぼうだなあ……』

『今度カラオケ行かない?っと……来てくれるかな……あーどうなんでしょうね?……アイツ音痴だからなあ……あ、聞いてください!昔ね――』


 スタッフと自分の部屋でやり取りをする映像で、自分の部屋で恋するオフの桃園アイラが流れ、俺は「アイツが恋をしたらそんな顔になるのか」なんてまだ見ぬアイツの想い人に嫉妬をしてしまった。

 過去話をしはじめた時は自分の恥ずかしい記憶を暴露しやがったので放送中にアイツへ鬼電したら『めんご』なんて軽いノリで謝罪をするので更にキレそうになった。

 だがその通話の途中、桃園アイラが『好きだなぁ』と呟いている映像が流れ、アイツも同様に同じ映像を見ていたのかお互いに気まずくなって黙り込んでしまった。


 後日カラオケは本当に行ったが、観客一人だけの桃園アイラオンステージになった。だが俺がアイツの曲の合いの手を知っていることがバレてしまい、いたたまれなくてその場でうずくまり、しばらくアイツの口を聞けなかった。

 因みにその後の放送でもネタにされてしまい、脈ありなんじゃないのと囃し立てられていた。脈アリどころじゃねえよ。普通に好きだよクソが。



―――



「よ」

「おう……肉、めっちゃ削げ落ちたなー」

「ふふ、どーよ!日ごろの努力の賜物だってな!」


 ぽんとお腹を叩く彼女は会う度にどんどんキレイになっていく。

 テレビでは恋する乙女は最強だなんて言っていたが、恋する俺が最弱になっていくの間違いだろうと訴えたい。

 なぜかって演技するから協力しろと話を持ち掛けてきたのはアイツの方。告白するためにそんな回りくどい方法を選ぶとか、そういう公私混同はしないタイプ。アイツがそんなことをするはずがない。

 だからあの放送で流れていた彼女の態度や振る舞いは全て演技。だから俺はアイツにオーディション受けてみろよなんて冗談交じりに言った。それに痩せたあの顔なら色々受けがいいだろ多分。いや絶対。


 それに彼女が俺のことを好いていないという理由に、俺は昔から散々アイツの見た目を罵倒してきたからというものある。

 今思えば男子が好きな女子に意地悪をするというそれだが、多分アイツがあの体型をコンプレックスに思うようになったその要因に俺も含まれている。だから俺を好きになるなんてありえないんだろうなとそう思ってる。


「ね、見て。もう早速お腹の皮がだるんだるん」

「うわ、やべえな」


 そう言って少々ぶかぶかになったTシャツをめくりあげて彼女は自分のお腹を曝け出した。

 それ他の奴にしてねえだろうな。いや、なに彼氏様ぶってるんだよ俺。コイツ普通に仕事で水着姿晒してただろうが。ボンレスハムだったけど。


 キレイになろうとするのは普通に良いことだし、俺も痩せていく彼女は好ましく思う。だけど彼女の汗と努力で消えた彼女の脂肪が突然無くなってしまったことになぜだか困惑している自分がいる。

 確かに半年の企画とは言っていたが、にしてもまだ1か月だ。


「なあ……もしかして無理してね?」

「こっわ、どうしたのいきなり」

「いやだって、お前何キロやせた」


 そう。彼女のこの企画は一度フラれてから長期間にも及ぶイメチェンをした後に告白するというもの。

 この企画自体、半年程の期間でどれくらい痩せるのかはコイツの頑張り次第らしいが、にしても流石にこれはヤバイ気がする。


「んー、30キロ行くか行かないか……?でも目標体重まで半分もないかな」

「元々いくつだったんだよ……」


 あんなのに体当たりされたらそりゃあ俺の骨折れるわ。


「体重が重いと先に体内の水分が減るから体重もすぐ軽くなるんだって。だから大丈夫だよ。あとはスキンケアとかエステとか……」

「それ要らなくね?」


 元から肌とかそれなりに手入れしてただろうに。あと母親が通っているエステの会費を知っている身としては、女性の美に追求する恐ろしさは知っているつもりだ。

 彼女は少しだけ頬を膨らませた。


「キレイになるために必要なの。お肉の皮もどうにかしないとだし。企画終わっても残りそうだけど」

「ああ、なるほど」

「でも楽しいよ。みるみるうちに私が変わるの」


 まだスリムには程遠い、ちょっとふっくらした横顔がキラキラしている。アイドルになった時もコイツはそんな顔をしていたなって懐かしむ反面、陰キャの俺にはコイツのそういうところがちょっと眩しかった。

 同じゲームオタクなのに、どうしてこうも俺たちは真逆なんだろう。

 俺自身、確かにコイツの体当たりで骨が折れるくらいには貧弱のもやしだが、ニーハイ履いた彼女をボンレスハムと言ったり頭にみかんを置いて正月の鏡餅だと言ったりして散々罵倒してきた。

 だがそれはもやしである俺が自分より劣っている彼女を罵倒して優越感を持っていただけ。

 実際は当時の見た目の優劣なんてどっこいどっこいだし、内面が勝っている彼女の方が上だ。しかも今となっては見た目も彼女の方が良く見えた。


「なんか、ごめん」

「なんだよ突然。むしろ巻き込んだ私の方が謝るべきでしょ」

「よくデブって罵倒してたからだよ」


 昔散々罵倒してきたことが今更罪悪感に飲まれる。痩せてから謝るとか何様だよと自嘲するが、それが彼女も分かったのか、困ったような笑顔でくしゃりと彼女の顔が歪んだ。


「今更ぁ?」

「いや、うん……ごめん」

「なんか、前にもあったね、よく分かんないところで謝るの」

「……どうでもよくないだろ」

「うーん、でも恭輔はさ、見た目を罵倒はしても痩せろって言わなかったし、アイドルやるーって言っても結局応援してくれたじゃん。ライブは来てくれなかったけど」

「あー……でもあのノリはしんどいわ」

「まあそうだよな。アンタ人混み苦手だし。生放送は見てくれるみたいだけど」


 その言葉に彼女がやたら嬉しそうなのが気になるが、俺は気にしない振りをした。

 実際俺の部屋には桃園アイラのグッツやCDを置いている隠しスペースがある。傍から見れば多分俺はアイラガチ勢なんだろう。そこまで集めている奴なんて俺くらいじゃないだろうか。

 だが俺は桃園アイラじゃなくて目の前に居るアイツが好きなだけで、アイドルのお前が好きという訳ではない。というのは嘘なんだけど。


「なんでもお見通しなの怖いんだけど」

「見てくれたファンは把握するのもアイドルの務めですー」

「もう引退したのに」

「それな。でもアイドルはきっかけだからさ。それに私大学生だよ?むしろよくここまで続いたなって思う」


 いや、アラフォーでもアイドル名乗っている奴なんているじゃないかなんて思ったが、それは確かにごく限られた人間かもしれない。

 それにしてもなんでお前は売れなかったんだろうな。あ、デブだったからか。


「今に見てろよ。可愛くなってやるんだから」

「お前人の話聞いてたか?」


 今だって可愛いよ。手のひら返し?知るか元から好きなんだ、心の中で呟くだけ許してくれ。

 そんな平常を保ちながら内心悶えている俺をよそにスマホの着信音が鳴った。その画面を見た時俺は少々げんなりした。


「お母さん?」

「あぁ、ちょっと出てくるわ」

「おう」

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