第67話


 画面はまた動き出し、今度は総務チームにいる玲子へと向かった。


『玲子さん、守屋さんにメッセージをお願いします』

 玲子が映った瞬間、片倉が言った。


『え? ……今撮ってるの?』

 照れた顔で玲子は聞き返していた。


『はい! お願いします!』

 画面を動かさない片倉に覚悟を決めたのか、玲子は一度表情を引き締めてから微笑んだ。


『楓ちゃん。あなたにどんな過去があろうが、あなたはあなたよ。こちらが受け入れる準備はちゃんとできているから、心配しなくていいからね。しっかり休んで帰っておいで。……あ、そうだ。傷病手当金っていうのがあるのよ。もし長期で休むようなら、病院で診断書をもらって私に……』


『いい話だったのに、急に事務的な話はやめてくださいよ』

 片倉が割って入った。


『でも、大切なことよ?』

 玲子の言葉に画面が軽く上下に揺れ、

『伝えておきまーす。……ってトーカ! びっくりした!』

 と片倉が画面をずらしたところに、ヌッと石橋の顔がアップで映った。


『……楓ちゃん成分が足りなくて辛い』

 そう言い、アップのまま半目で睨む石橋。


『ケイちゃんのせいだからね! ケイちゃんと橘さんが追い込むから、楓ちゃんが嫌になったんだよ』


『いやいや、割りと丁重に扱っていたつもりなんだが』


『楓ちゃん、ウチのチームにおいで! ケイちゃんと橘さんには勿体ない! 私が全面的にバックアップするからね。だからカムバック! 楓ちゃん!』

 一歩下がると両手を上下に振って、石橋は懇願していた。


『ことあるごとに守屋さんを引き抜こうとすんな!』


『ウチはいつでもウェルカムだからねー。待ってまーす』

 石橋は両手を大きく振って笑顔であった。


『ったく。トーカはしょうがない奴だね』

 片倉の呆れた声が聞こえ、画面は再び動き出した。


 画面は楓が属するチームへと近付き、渡辺を捉える。


『片倉さん。何をしてるんですか?』

 朗らかな顔で渡辺が言った。


『守屋さんへ一言もらえませんか?』


『え? 撮影しているんですか? 楓ちゃんへの応援動画?』


『そうそう』

 片倉の答えに、渡辺は口に手を当て喉を鳴らした。


『楓ちゃん、私達は最高のコンビだよね? ニコイチっていうの? ふたりはマジキュア的な感じかな? とにかく、私はまた楓ちゃんと一緒に仕事がしたい。ぶっちゃけ今、楓ちゃんがいなくてヒーヒー言っているよ。でも、私は大丈夫。楓ちゃんが戻ってくるまで耐えてみせるからね! 待ってるぞ我が相棒!』

 そう言った渡辺は親指を立て、最後にキメ顔を見せた。


『ありがとう! じゃあ締めはこの方ですね。橘さん、聞こえていましたよね? お願いしまーす』

 片倉が渡辺に礼を言ったと同時に、

『……はぁ』

 という橘の溜め息が聞こえた。


 そして、難しい顔をした橘が画面に映る。橘はふぅと小さく息を吐いた後、真顔に戻して画面へと目を向けた。


『守屋さん。あなたが帰ってくる場所はここです……待っています』


『Simple is the best!』

 橘に対し、片倉は小馬鹿にしたようなネイティブな発音で返した。


『片倉君。もう二度とこういうのはやりませんからね』

 橘は恨めしそうな顔であった。それから画面が反転し、撮影者である片倉の顔がアップで映った。


『守屋さん。僕はあなた自身を評価していますし、採用したことを後悔していません。あなたが望む限り、このソリッドにいてください。それから社長、守屋さんを連れてこれなかったら給料なしですからね。ではでは』

 片倉の言葉を最後に動画は終わった。


「君は凄いな。まだ一年足らずなのに、こんなにも愛されている」

 賢吾は言葉に抑揚をつけて褒め称えた。


「あ……あっ……あ」

 一方、楓は肩を震わせ涙が止まらない様子だった。


「あ……う……はぁ……ごめんなさい」

 涙によって賢吾の携帯電話がビシャビシャになっており、楓はそれに気付き謝るが、


「大丈夫だ。防水加工してある」

 賢吾は顔色ひとつ変えずに言った。


「……もう……涙は枯れたと思っていたのに……嬉し涙は……止まらないんですね」

 楓は何度も手で目を拭うが、涙は止まらなかった。その姿に、思わず賢吾の顔もほころぶ。


「社長、私は戻ってもいいんですか?」

 楓は必死に涙を止めようと両目を拭いながら、そう言った。


「戻ってもらわないと困る。俺がデカに給料なしにされちまう」

 賢吾は鼻を鳴らした。その様に楓の口角が上がりかけたが、戻ってしまった。


 今の所作に楓の真意があると、賢吾は確信した。


「守屋さん。意識してやっているのか無意識なのかはわからないが、君は快楽を感じてはいけないと思っているんじゃないか?」

 賢吾は真っ直ぐに楓を見つめた。その言葉に、楓は目をパチクリさせている。


「わかるんだよ。俺と同じだからさ」

 そう言い、賢吾は表情を緩めた。


「君はコウの言うこと聞いて、コウに成長した姿を見せたかった。ずっと、コウのために生きてきたんだろう?」

 優しく問い掛ける賢吾に、楓は涙を滲ませ頷いた。


「コウが全て……俺と同じだな」

 笑い飛ばすように言ってから、賢吾は楓に再び実直な眼差しを向けた。


「だが、申し訳ないがコウはもういない。俺で我慢してくれないか?」


「……どういう意味ですか?」

 返事をした楓は、言葉通り不思議そうな面持ちを賢吾へ向けた。


 賢吾は軽く頭をかき、真意を語り始める。


「君は10.5に関わった人間に認めて許されないと、幸せにはなろうとしないし、なれないと俺は思っている。さっきも言ったが、自分で快楽の制限をしているからね。残念だが、それは鉄の娘として生を受けた宿命なんだろう」

 図星なのであろう、楓の目は露骨に泳いだ。楓の仕草に賢吾は苦笑する。


「……だけど……もういいだろう? 俺は君を認めるし許すよ。だから幸せになっていいんだ。俺が……君を幸せにしたい」


「……私が……幸せに?」

 賢吾の告白に、楓は戸惑いつつ理解が追いつかない、そんな表情であった。


「変な言い方になってしまったが、難しく考えないでくれ。今まで通りコウのために生きる。俺と同じで、それでいい。だけど、嬉しかったり楽しかったり、わき上がる喜ばしい感情を素直に受け入れて欲しい」


「今まで通り、波多野さんのために生きる。……それで、幸せになっていい?」

 楓は、言葉と顔の両方で賢吾に確認をした。その様に賢吾は笑顔で頷く。


 そして、

「だから、君も俺を許してくれないか?」

 賢吾は楓へ願いを求めた。


「私が社長を……許す?」

 楓は眉を中央に寄せ、不可解だと言いたげな顔だった。

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