第66話


 賢吾は微笑んでいたが、真剣な顔つきへと変える。


「君に謝らなきゃいけないことがある。それは、コウが中途半端に君を庇護したことだ。あいつが君を幸せにしていれば、こんなことにはならなかった。けれどコウは、俺や真利亜への負い目からそれができなかった。だから俺の名前を使い、面を被って君に接した。本当に中途半端で不誠実だったと思う。コウに代わって、俺から謝罪をさせて欲しい。誠に申し訳ございませんでした」

 賢吾が頭を上げると、楓は何度も首を振って涙を流していた。


「だが、コウの気持ちに偽りはない。君は……幸せになるべきだ」


「……はっ……は……う……」


「楽しんで、幸せになっていいんだ。誇れ、守屋楓」


「ううううううううううぅぁぁぁああああああ」

 楓は面を抱き締め、泣き声を上げた。


 賢吾はその様に涙が滲んだが、自分が泣いてどうすると無理やり涙を手で拭い、笑顔で楓を見守った。


「君が企画したメディタルは順調だな。仕事は楽しいか?」

 まだ泣き続けている楓に、賢吾は聞いた。


「……うううっ……うっ……はい……楽しい……」

 また、楓は目に涙を浮かべた。


 賢吾は鞄から携帯電話を取り出した。画面を操作し、Flameを起動させる。


「じゃあこれを見てくれ」

 賢吾は携帯電話を楓に渡し、代わりに猫の面を受け取った。


 楓は泣きつつも、不思議そうな顔で賢吾へ確認した。賢吾は笑みで返し、Flameの動画を再生させた。


 流れ始めたのは、今朝に賢吾が見た片倉からの動画。


『ブリッツ側でまた障害が出て、皆さん大忙しですね。全く、井端さんに文句言ってやろうかな。まぁ、こんな状況で恐縮ですが、まずはプログラマーチームから行きましょう』

 片倉は仕方なさそうに言った後、画面はプログラマーチームのリーダーである山岡に近付いた。


『山岡さん、調子はどうですか?』


『あのさ、忙しいのは見てわかるよね?』

 山岡は明らかに不愉快そうな顔だった。


『これ、メディタルで頑張っていた守屋さんへの応援メッセージなんですけど。山岡さんは薄情なしということで……』


『おい待て!』

 片倉が去ろうとすると、焦った様子で山岡が片倉を引き留めた。片倉の笑った吐息が聞こえた後、

『はい、ではどうぞ』

 と画面には山岡が再び映し出された。


『守屋さん。まずは身体が大事なので、ご自愛ください。僕でよければ相談にのりますので、気軽に声を掛けてください。僕はいつまでも君を待っています』

 山岡は少し顔を赤く染め、背筋を正し真面目な顔で言った。


『山岡さん。守屋さんに惚れてるんだろうなと思っていましたけど、無理だと思うので諦めた方がいいですよ。じゃ、また!』


『デカ! 何で知って……』

 そそくさと去る片倉の後方から、山岡の切ない声がした。


『次はサーバーチームです。あれ? 辰巳さんがいませんね』

 片倉はサーバーチームを満遍なく撮影していたが、辰巳はいなかった。映像がサーバーチームから元来た方向へと変わる。


『あ……いました』

 という声と同時に、辰巳が歩いてくる姿が映った。


『デカ、サーバーが足りねぇわ』

 辰巳の顔は少しやつれていた。


『今、玲子さんにサーバー新設用の費用を計算してもらっていますので、もう少し待っていてください』


『サンキュー。……って何? これ撮ってんの?』

 辰巳は撮影に気付いた所作をした。


『撮影中ですよ。守屋さんへの応援動画です』


『え? マジ? 何か言った方がいいよね?』


『是非に』


『えー、守屋さん。君とはもう戦友だ。心と身体を癒したら、また戻ってきてくれ』

 言い終えると、辰巳は敬礼した。その直ぐ後、

『辰巳君、さっきの話だけどさぁ』

 後方から声がした。


 そして、声の主こと寺島が映り込む。


『あれ? 何やってんの?』

 と寺島が画面に近付いてくると、片倉は舌打ちをした。


『守屋さんへの応援動画ですって』

 辰巳が寺島に説明すると、片倉はまた舌打ちをした。


『俺にも! 俺にも言わせて!』


『寺島さんは結構です』

 片倉の言葉と共に、画面は寺島と辰巳から外れた。


『おいちょっと待て! デカ!』


『守屋さん、あいつは可愛い女なら誰でもいいクズです。絶対に騙されちゃダメですよ』

 後ろから聞こえる寺島の声を無視し、片倉は注意喚起をした。


 それから片倉はグラフィッカーチームへと進み、画面は松井を捉えた。


『刑事君、何やってんの?』

 松井は眉をひそめ、片倉に聞いていた。


『守屋さんへの応援動画を撮影しています。ソリッドの姉御である、松井さんからも一言もらえたらなって』


『その姉御って言うの、やめてよ』

 一瞬困った表情をしたが、松井は画面を直視すると微笑んだ。


『楓ちゃん。輝成君もそうだったけど、君はちょっと頑張りすぎちゃうところがあるかな。無理はしなくていいんだよ。もっと気楽にやってね。それと、楓ちゃんの謙虚な姿勢は瑠衣ちゃんにはない美徳だけど、あまり自分を卑下しないでね。君は凄いんだから、自信を持ってやらないと。楓ちゃんの笑顔、また見せてね』

 最後に軽く手を振る松井に、

『松井さん……完璧です』

 と言い、親指を立てた片倉の手も映り込んだ。


『こういうことやったことないから、照れるなぁ』


『ありがとうございました!』

 恥ずかしそうに笑う松井を映し、片倉の動作と一緒に画面も上下に動いた。


 その後、片倉はフロアを出てエレベーターに乗った。そしてメイン階層の二十一階で降り、入口付近まで進んでいく。


『じゃあ、次は瀬戸ご夫妻にしましょうか』

 片倉はそう言い、中に入っていった。進んで行く途中で竜次が映り込み、

『守屋さんへのメッセージをお願いします』

 と片倉が言って画面は止まった。


『可愛いこと考えたな』


『僕、心は乙女ですからね』

 片倉の言葉に竜次は鼻で笑った後、真面目な顔つきへと変わった。


『守屋さん、また慰労会をやり直しましょう。次は俺にも料理を作らせてください。それから、賢吾。お前はちゃんとやれよ』


『社長への激励もありがとうございます』


『激励じゃねぇけどな。やらなかったら殴るし』


『また青春ごっこしてー』


『お前は毎回うるさいなぁ! 早く行け!』

 竜次は手で払う仕草をし、画面から消えた。

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