第05話


 片倉が応接室をノックし、ドアを開けて入る。


 応接室は、三人掛けの皮製ソファが二つ、その間には黒色のローテーブル。質素すぎず、高級すぎないようにと輝成が配慮した造りである。


 賢吾と片倉が入室したと同時に、中にいた女性が立ち上がった。


 女性は百五十センチちょっとの身長に、目は大きいが奥二重の切れ長、鼻や口が小さく顔自体が小さい、肌が白く可愛い女性であった。


 ただ、身体も小さく童顔であるため、着用している黒のスーツが似合っていない。着せられているというか、まるで高校生が就活に来た。賢吾目線からの第一印象はそんな感じだった。


 お辞儀をしてきた女性に賢吾は会釈をし、ローテーブルを挟んだソファの前に立った。


 賢吾の横についた片倉が女性へ手を向け、

「楽にしていただいて構いませんよ」

 と和やかに言った。


 賢吾と片倉が着座し、女性は再度お辞儀をしてから座った。


「守屋楓さんです」

 片倉が賢吾へ言うと、

「守屋楓と申します。急にお伺いし、誠に申し訳ございませんでした」

 守屋楓は座ったまま頭を垂れた。


「で、こちらが社長の大宮賢吾です」

 片倉に促され、賢吾は再び軽く頭を下げた。


「……あっ……」

 という声が楓から漏れた。


 大宮賢吾だと説明され目と目が合った瞬間、楓は見るからに落胆しているようだった。


「探している方とは違いますか?」


「はい。お手間を取らせてしまい、本当に申し訳ございません」

 賢吾は悪いことをしたわけではないが、いたたまれない気持ちになった。


「いえいえ大丈夫ですよ。しかし、こちらも時間を割いた以上、理由を知りたいので教えていただけませんか?」


「あ……はい。大宮賢吾さんは私の恩人なんです。中学二年の中頃から、高校を卒業するまでお世話になっていた方です。高校を卒業した時にもう独り立ちできると言われ、会えなくなるのは絶対に嫌だと私が猛反対したら、三年後に私から会いに来てくれという話になったんです。なので、四年生に上がってから半年近くずっと探しているんです」

 片倉の問いに楓が答えている最中、ノック音がしドアが開いた。


 コーヒーを持ってきた女性が入ってくると、楓は立ち上がってペコペコとしていた。


「お代わりいります?」

 片倉の勧めに、楓は首を振った。


 二人分のコーヒーを運び終えた女性は、一礼すると室内から出ていった。楓もその女性に対し、また礼をしている。立ったままの楓に、座ってくださいと片倉が手で合図をした。


「中二の途中から高校卒業まで、大体四年半となりますよね。以前は定期的に会っていたということですか?」

 コーヒーを一口飲み、片倉が話を再開した。


「はい、概ね週に一度会っていました。土曜日の午後一時が恒例の会う日で、日曜日にやってくることもたまにありました」


「率直な疑問なんですが、大宮さんとは連絡先を交換していなかったんですか?」

 片倉は眉を中央に寄せた。


「知りませんし、教えてもらえませんでした。緊急時に何かあったら困るので、電話番号だけでも教えて欲しかったんですけどね。でも、いつも見てるから大丈夫だと言われて教えてもらえませんでした。それに、困ったなと思った時にはなぜかやってきてくれたので」

 楓は平然とした様子で言った。


 探している恩人の連絡先は知らないし、教えてもらっていない。しかも、楓をいつも見ており困った時にはやってくるという。賢吾は気味が悪いなと思い始めた。


「身体的特徴や顔は?」

 片倉は眉間にしわを寄せたまま、質問を投げかけた。


「黒髪で片倉さんより背は少し低いです。顔は、口元以外を隠した猫の面をいつも被っていらっしゃったので、素顔を見たことがありません」

 真剣な面持ちで話す楓に対し、

「……え? 何か気味悪くね?」

 賢吾はもう我慢できず不快感を正直に吐露した。


 賢吾が怪訝な表情を片倉に向けると、片倉も同じような顔をして頷いた。


「よく平気でしたね。不気味に思いませんでした? ていうか、そんな人とどこで会っていたんですか?」


「まぁ、確かに初めの頃は少し怖かったです。でも、良くしてもらっていたので、気には留めていませんでした。それから会っていた場所は、中学時代は私の実家で、高校へ入学してからは今の私の家です。ちなみに、その家も恩人に用意してもらいました」

 当時を思い出していたのか、楓は優しげな吐息を漏らした。


「だから、声がわかる動画が良かったんですね?」


「そうですね。写真でも体格や口元である程度はわかりますが、確信は持てないので」

 楓は困ったような笑みを浮かべた。


「大宮さんを恩人と仰っていましたが、具体的にはどのような恩を受けていたんですか?」


「金銭的に援助してもらったり、先程申し上げた住居やアルバイト先を見つけてもらったり、学校を紹介してもらったり、等々。生活する上での全てです。私は中学三年生の時に祖母を亡くし、天涯孤独となってしまい酷く貧しかったものですから、大宮賢吾さんの恩はただの恩ではなく……大恩なんです」

 楓の言葉は、小さい声ながらも力強いと賢吾は感じた。


 絶対絶命のピンチに、突如現れた猫の面をしたあしながおじさん。


 しかも、連絡先は交換しておらず困ったら勝手にやってくるらしい。作り話だとしても荒唐無稽であり、困窮のあまり楓が作り出した妄想の人物なのではと賢吾は訝しんだ。


 だがその一方で、胡散くさい話をした楓からは一途な思いが見える。だからこそ余計におかしい。片倉も賢吾と同様の気持ちなのか、コーヒーを飲んでいるだけだった。


 シーンとした室内の中、微かに音がした。


 布が擦れたような音。


 賢吾はその方に視線を送ると、もじもじして落ち着きがない様子の楓が映った。


「あの……その……すみません。お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」


 楓は消え去りそうな声色だった。ああ、それでか。と賢吾は思い、

「いいよ。場所わかる? 受付を出てから左、その突き当たりだから」

 頬を緩めて答えた。


「ありがとうございます。それでは一旦失礼いたします」

 何度も頭を下げながら楓は出ていった。

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