第04話


 コンコン。とノック音が聞こえ、賢吾達の返事も聞かずにドアが開いた。


「あのう……青春ごっこをしているところ申し訳ないんですけど」

 丁寧な言葉とは裏腹に、半笑いで姿を見せた男。


 栗色の髪の毛はワックスで整えられており、垂れ目で端正な顔立ち、ファッションモデルでも通用しそうなスタイル。お洒落で毎日服装は異なり、今日は赤地のシャツに灰色のジャケット、黒のスキムジーンズだった。


 片倉刑事かたくらけいじ


 その名前から、賢吾を含めた一部の社員達からデカと呼ばれている。


 賢吾の六つ下で、現在二十九歳。


 輝成がスカウトしてきた新参者だが、賢吾や竜次にも友好的である。


 目利きがかなり良く、コミュニケーション能力やメンタル管理が秀逸。更には帰国子女であるため英語も堪能。ソリッドの人事権を一任しており、アプリ開発のPL(プロジェクトリーダー)も兼ねる辣腕家である。


 なお、際立つ美貌から社外問わずモテるが、本人は輝成に惚れていたゲイであり、輝成以上の男はもういないと感じているようで、現在恋愛には興味を示していないようである。


 片倉は半笑いを崩さずドアを閉め、中へと入ってきた。


「いいよ。いや……ちょっと待て。もしかして俺達の話聞いてた?」

 賢吾は片倉の表情から異変を感じて確認をした。


 すると、片倉は半笑いからにんまりとした笑みへと変えていき、

「あ、はい。面白かったんで」

 当然かのように言った。


「……いつから?」

 頬を赤らめる竜次が恐る恐る聞いた。


「えっと、『橘さんにこの会社を譲って、身を引こうかなと思っている』からですかね」

 片倉は爽やかな顔でそう答えた。


「最初からじゃねぇか!」

「最初からじゃねぇか!」

 赤面した賢吾と竜次は、唾を飛ばし同じタイミングで同じ台詞を放った。


「恥ずかしいものを見せられた身にもなってくださいよ」

 片倉はクスクスと笑い声を付け足した。


「あーもう、やだこいつ。クビにしようぜ」

 そう嘆く賢吾に合わせ、

「賛成」

 と竜次は大きく頷いた。


「すいません。人事決定権があるの僕なんですよね。文句があるなら、一任させてくれた輝成さんに言ってくださいね」

 澄まし顔で跳ねのける片倉であった。


「本当に憎たらしい奴だなこいつ」

 賢吾は舌打ちをしてから嫌味を言い、

「で、何しに来たんだよ? まさか、話を盗み聞きに来ただけとか言ったら殺すぞ」

 と睨み付けた。


「口が悪いなぁ。だから彼女もできないし、未だに童貞なんですよ。思春期の男子みたい」


「あー、お前! 言っちゃいけないこと言った!」

 ケラケラと笑う片倉に対し、賢吾の額は怒りでピクピクと動いていた。


「あのさ、話が進まねぇよ。デカもこれ以上はやめろ、賢吾がガチで傷つく」

 手を叩き、竜次は片倉と賢吾の間に入り宥めた。


「……今の言葉が一番傷ついたんだが?」

 悲哀の表情を竜次へ向け、賢吾が呟いた。プッと吹き出す片倉の声が聞こえる。


「社長をからかうの楽しいんですよね。調子に乗ってすみません」

 片倉は女性のような仕草で舌を出した。


 ……マジで殴りたい……こいつ。

 と、賢吾はわなわなとしていた。


「それで、何の用なんだ?」

 賢吾は怒りを抑え込みながら、再度確認した。


「社長に会いたいって方が来ているんです」

 片倉がそう返事をすると、賢吾と竜次はポカンとした。


「あれ? 今日お前休みだったはずだよな? アポあった?」

 竜次から言われ、賢吾は真顔のまま首を振った。


「勿論、アポなしで来られました。なので断ったんですが、大宮賢吾という人間を探している、会えないならせめて声が入った動画などを見せてくれませんか? って言うんです。写真じゃないってところも変ですよね」


「何だそれ?」

 片倉の説明に、賢吾は眉をひそめた。


「僕も妙だなって思い、一応社長に聞いてみようかなと」

 そう言う片倉は真面目な表情だった。


「変な宗教の勧誘とかじゃないよな?」


「わざわざ会社にまで来ないだろ。来るとしたら生保レディか? しかも、あえてお前を指名してくるとか強敵じゃね?」

 困惑する賢吾に対し、竜次は笑いながら返した。


「えー、面倒くさいし会いたくねぇなぁ。アポもないし、やめやめ」

 賢吾は脱力した態度を示した。


「わかりました。じゃあ断りますよ? 来られた方は大学四年生の女の子で、顔も可愛いんですけど。残念でしたね」

 言い終えた片倉がドアノブに手を伸ばした瞬間、賢吾の目に力が入る。


「待ちなさい片倉君。なぜそれを先に言わない」

 賢吾は咳払いをし、

「わざわざご足労いただいたわけだし、話だけでも聞いてみようじゃないかね」

 満面の笑みで片倉に頷いた。


「これがモテない理由だわな」

 竜次からの蔑む視線に、

「そうなんですよ」

 と片倉も続いた。


「うるさいぞ君達」

 賢吾はまた咳払いで誤魔化した。


「大学四年生って……俺達とは一回り以上違うのか。年齢差的にもちょっとどうかと思うから、マジになるなよ」


「そうですよ。社内恋愛は業務の妨げになることもありますからね」

 竜次と片倉が浮足立っている賢吾に釘を刺した。


「入社する女性社員は、大体デカに惚れるじゃん。それをいいことに、上手く利用している奴には言われたくないね」

 賢吾はムスッとした顔で言い返した。


「僕は女性に興味がないからいいんです。気持ち良く業務をしていただき、効率が上がるのであれば何でもやりますよ。仕事ですからね」


「いいこと言う。管理職の鑑だな」

 片倉の答弁に、竜次は小さく拍手した。勝ち誇った顔の片倉に、賢吾の反撃は舌打ちが限界だった。


「ですから僕が言いたいのは、童貞だからってがっついちゃダメですよ……と」


「あー、また言った! お前、次に童貞イジりしたら殴るからな!」

 ニヤニヤした顔で毒を吐く片倉に、賢吾は怒鳴り返した。


「もういいから、早く行けよ。待たせているんだろうが」

 竜次が嘆息し話を切った。


 竜次に部屋から追い出された賢吾と片倉は、そのまま受付近くにある来客用の応接室へと向かった。途中、片倉は人事チームの女性社員にコーヒーを二つお願いしていた。

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