第42話


 もうすぐ順番だったので、

「イッチ、ニッ、のペースな」

 と言って雅彦は歩く歩幅に合わせて声を出した。


「わかりました。でも、転んだらごめんなさい」


「何言ってんだ。転ぶなら俺も一緒だから恥ずかしくないだろ?」


「……えっ?」

 固まる蓮穂。キョトンしたような、瞬きをするだけで動かなかった。


「ん?」

 その様子に、雅彦は若干眉を寄せる。


 変なことを言ったかな?


 いや、でも励ましただけなんだが。と雅彦は自問自答していた。


 蓮穂は硬直が解けると、今度は嬉しそうに顔をほころばせた。


「な、何でもないです。ありがとう、おに……」


「……おに?」

 蓮穂が言うと、雅彦が一拍置いて聞き返した。なぜかその後、蓮穂が今までにないくらい顔を紅潮させた。


「あ……え……あ……っと。おに……おにぎり! おにぎり楽しみですね」

 手をパタパタさせる蓮穂。なんだかおかしくなり、雅彦は吹き出してしまった。ポンポンと蓮穂の頭を撫で、また恥ずかしそうに俯く姿に雅彦は微笑んだ。


 華耶と蓮穂、二人のレアな可愛い仕草を見ることができた。それだけでも来た価値があったな、と雅彦は思うのであった。


 その後、二人三脚は転びそうになりながらも、なんと一位でゴールインすることができた。


 急造にも関わらず上手くいったのは、蓮穂との呼吸が上手く合ったということが大きい。一位という結果ではなく、そのことが何より雅彦は嬉しかった。


 午前中のプログラムが終了し、雅彦は蓮穂と華耶を見つけると、校庭の隅っこにビニールシートを敷いて一緒に昼食を取ることにした。


 今朝、蓮穂と一緒に作ったおかずやおにぎりを出し、三人は口へと運ぶ。


「うまぁい」

 華耶がほっこりした顔で、もぐもぐと咀嚼する様は非常に愛らしかった。


 しかしながら、

「お前、野菜も食えよ」

 全くサラダに手を付けないので、雅彦はサラダを紙皿に盛って華耶へ渡した。


「まさひこがたべていいよ」

 だが、華耶はサラダを一瞥するだけでそう言った。


「サラダ作ったの、蓮穂だぞ」

 雅彦が言うと、華耶は苦悶し蓮穂を見た。その視線に、蓮穂は困ったような笑顔を向けている。観念したのか、華耶は目を閉じてサラダを口へかきこんでいた。


 こいつ、俺の言うことは聞かないのに、蓮穂には従順だからな。上手くいった、と雅彦は思った。


「かやのことみてた?」

 サラダを飲み込み、華耶が言った。


「ああ、ダンス上手だったな。あと、足も結構はえーのな」


「良かったね。華耶」

 蓮穂にも言われ、華耶は照れくさそうに笑った。


「まーなんだ。まさひこも、たまころがしうまかったんじゃないかな」

 そう、上から目線で華耶が言う。その姿に、雅彦はふんと鼻息で返した。


「おねえちゃんもまさひこといっしょにやれたね。よかったね!」


「う、うん」

 邪気のない言葉に、蓮穂が恥ずかしそうに俯いた。


 雅彦はそんな二人を微笑ましく見ていたが、一緒にやった二人三脚といえばと思い出し、

「転びそうになったけど、足とか平気か?」

 と言って蓮穂の足首を見る。


「はい。挫いてもないですし、少しよろめいただけなので大丈夫です」

 そう言う蓮穂からは嘘は感じられなかった。杞憂だったかと安心する雅彦だった。


 雅彦と蓮穂が会話をしていた中、

「んー。うまうま」

 華耶は引き続き肉を美味しそうに食べていた。しかしそのせいで、唐揚げもハンバーグも残数が僅かだった。


「お前さぁ、肉ばっかり食いすぎ。蓮穂が全然食えてないだろ」

 雅彦がまた叱る。蓮穂は平気ですと言うものの、華耶もまずいと思ったのか動きが止まった。


 そして華耶は悩んだ結果、

「おねえちゃん、エビあげる」

 食いかけのエビフライを蓮穂にあげた。


「……うん。ありがとう」

 食いかけを渡され、蓮穂はまたしても困った顔をしていた。その様子に雅彦は嘆息する。


「お前、食いかけをあげてんじゃねぇよ」

 そう言って、残りのハンバーグと、唐揚げを一つ残した上で全部蓮穂へあげた。


「ああっ!」

 華耶が切なく叫ぶ。


「小田切さん、私は平気ですから」


「ダメだ。野菜ばっかり食わずに肉も食え。育ち盛りなんだから遠慮すんなよ」

 華耶を無視して雅彦が言う。しかし、蓮穂は泣きそうになっている華耶を見て躊躇っていた。


「今晩オムライスを作ってやるから」

 そう、雅彦が華耶の頭に手を乗せると、

「ほんと?」

 泣き顔だった華耶は満面の笑みに変わった。


「ああ」

 好物を出せば大体機嫌が直る。簡単な奴で助かるな、と雅彦は苦笑まじりに返事をした。そして、華耶の許可が下りたので、蓮穂に大丈夫だと頷いてみせる。蓮穂は安堵した様子で食事を再開し、ハンバーグを食べた。


「凄く美味しいです」

 そう言って、頬を緩ませていた。そりゃ良かった、と雅彦は笑みで返した。


「そとでたべるのおいしいね」


「そうだね」


「またこうやって、そとでたべようよ」


「いいね。今度はサンドイッチを作って公園で食べようか?」


「いいね! ねっ?」

 姉妹の会話に和んでいた雅彦だったが、華耶から急に求められた。そうだな、と答えようかと思ったが、


「……まぁ……今度な」

 少し考えてから、雅彦はそう言った。


 華耶は雅彦の返事を肯定的に受け止めた様子で、

「やくそくだかんねっ!」

 と言って、無邪気な笑顔を向けてくるのであった。


 昼食をすませ、プログラムが再開される。全校生徒による応援合戦、生徒や職員同士の綱引き、そして学年別全員リレーが終了し、時はあっという間に過ぎていく。


 閉会式が始まり、そろそろ運動会も幕引きである。正直自分が行っていいものなのか悩んではいたが、雅彦は本当に来て良かったと思った。


 本当の家族ではなかった三人が、本当の家族のように参加した。


 最後の行事。


 自分にとっては僥倖だな。と雅彦は感じる。



『お前は、ここに居ていいんだよ』

『……まぁ……今度な』



 蓮穂と華耶へ言った言葉だ。


 嘘でもいいだろう。


 そう、雅彦は自分を納得させるために心の中で呟く。


 拍手に包まれる閉会式、雅彦は一人だけ置き去りにされるような感覚だった。

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