第41話


 開会式が始まり、校歌斉唱。雅彦は遊具に身体を預け、聴き入る。母校の校歌でもないのに妙に落ち着くのは、子供が歌っているからなのかも。と、そんな気がした。


 準備体操が終わり、生徒が競技に入る。華耶が参加する三十m走を皮切りに、玉入れまでひたすら走るプラグラムである。


 雅彦は場所取りに失敗していたので、華耶と蓮穂を探すように動き回っていた。


 見つけると携帯電話のカメラ機能で撮影、それを繰り返す。玉入れは人が多すぎて全くどこにいるのかわからなかった。これは場所取り関係ないよなと、雅彦は自分に言い訳をしていた。


 玉入れが終了し、いよいよ華耶のダンスが始まる。


 またも雅彦は華耶が見える場所を探すため、動き回る。校庭を一周したところで、華耶が良く見える場所を発見し、雅彦は携帯電話を片手に立ち見でスタンバイ。


 曲が始まり、一斉にダンスが始まった。


 華耶も曲に合わせて足を上げたり、腰をくねらせたりしている。携帯電話の動画モードで撮影しているが、折角ならちゃんとしたカメラで撮影したかったなと、雅彦は思った。そんな時、雅彦の前に陣取っていた家族の声が聞こえた。


「お母さん、あそこに優子いるよ」

 高校生くらいだろうか、黒髪セミロングの少女が母親に話し掛けた。


「え? ああ、いたわね」

 少女が指さす方向を見て、母親は気付いたようだ。


「踊り可愛いなぁ」

 少女が言うと、母親は頷いてから、

「あなた、優子しっかり撮れてる?」

 と横にいた父親に確認をした。


「あれ? 優子どこだろ」

 父親はビデオカメラを構え、必死に子供を探している。その様子に少女が笑い、

「あそこだよ、そうそう、二つ結びの子の前」

 華耶の前にいる子を指さし、父親に位置を教えていた。


 雅彦はその光景をただ眺めていただけなのに、突如フラッシュバックした。



『母さん、和彦見てよ』


『あの子、ピースなんかしちゃって』


『カメラに気付いたんじゃない?』


『あなた、ちゃんと撮れてる?』


『ああ』


『父さん、録画ボタン押してないよ』


『……え?』


『ちょっとあなた!』



「優子こっちー」

 少女の声で雅彦は身体を震わせ我に返った。


 変な汗が滲む。


 ……集中しろ……最後なのだから。


 華耶をしっかり撮る。それだけに集中しろ。


 雅彦は呼吸を整えながら、そう自分に言い聞かせていた。


 ダンスが終わると、次は蓮穂が参加する騎馬戦である。丁度蓮穂が見やすい位置にいたので、雅彦は動かず撮影を続けた。


 蓮穂は小学生にしては身体が大きいので、やはり騎馬役だったが、三人の騎馬の中で前方を担当していたので見やすかった。蓮穂は雅彦の姿を確認したのか、恥ずかしそうに唇を噛んでいた。雅彦にとっては、華耶に引き続き微笑ましい光景であった。


 騎馬戦が終わり、プログラムを再確認する。


 そういえば、運動会に参加すると決めた時、蓮穂に言われたことがあった。と雅彦は思い出した。


『華耶が出る大玉ころがしは保護者も参加できますので、前の競技が行われている時に入場門の前で待機していてください』


 もう大玉ころがしの前の競技が始まると思い、雅彦は入場門へと向かった。いた場所が入場門の近くだったので直ぐに着いたが、早かったのかまだ誰も来ていなかった。


 時間の経過と共に、生徒達や保護者達が集まり始める。


 そんな中、

「おーう」

 と手を上げのそのそと歩く、横柄な態度で華耶が登場。憎たらしい子供だなと、華

耶を知らない人ならそう思うかもしれない。


 しかし雅彦はわかっていた。


「何だお前、照れてるのか?」


「てっ……てっ! てれてない!」

 華耶は図星だったのか、雅彦に笑いながら言われると赤面し酷くどもっていた。


「あしひっぱらないでよ」

 華耶は顔を背けて言った。


「嬉しいくせに、こっち向けよ」

 雅彦は引き続きニヤニヤしていた。


 すると、

「バーカ!」

 と言って舌を出し、華耶は生徒が群がる方へ去っていった。


 仕方のない奴である。


 大玉ころがしは生徒五名と保護者数名、一定の距離を進み、三角コーンを回って戻ってくるというものだった。


 したがって華耶だけでなく他の生徒、その生徒の親御さんらしき年配の方とも一緒に行う競技であり、しかも玉がかなり大きく意外とバランスを保つことが難しかったが、華耶と一緒に楽しくできた。


 競技が終わり入場門の外で一息ついてると、蓮穂が来た。


「あの?」


「ん? あ、そっか。次二人三脚だもんな」

 一瞬、大玉ころがしが終わったことへの労いかと雅彦は思ったが、次の競技に蓮穂が参加することを思い出した。入場門にいて当然なわけである。


 頑張れよ。と雅彦は声を掛けようとしたが、蓮穂はなぜか俯いてもじもじしていた。


「どうした?」

 様子がおかしく、雅彦が眉をピクッと動かすと、蓮穂は手を弄りながら喋り始める。


「実は、ですね。私と二人三脚をする予定の子が、五十m走で足を挫いてしまって。その……相手がいないんです。代わりに小田切さんに出てもらえないかなと思って」


「え? 俺が出てもいいのか?」

 直ぐに雅彦は聞き返した。


 そう、華耶の大玉ころがしの際、二人三脚はどうするのかも確認していた。その時、友人とやると蓮穂は決めており、保護者とやる場合は事前にエントリーが必要だから、と雅彦は言われていたのだ。


「大丈夫です。先生には許可を取りました」

 蓮穂は雅彦が懸念していたことを払拭した。


「そっか。じゃ、俺でいいんだな?」


「はい」

 答えた蓮穂の顔は赤くなった。


「よっしゃ、やりますか!」

 声を上げ、雅彦は蓮穂の肩をポンと叩いた。


「あ……はいっ!」

 肩に触れられた手を見て少し声を出し、それから元気良く応えた。


 入場門の外で待機し、競技の準備が整うと、雅彦は蓮穂と一緒に入場門をくぐって中へ入る。校庭の真ん中辺りまで歩くと、競技の順番を待つため並んでいた。


「紐、結んじゃいましょう。私が結びます」

 雅彦の左側に立っていた蓮穂が紐を出してかがんだ。


「いや、待て。お前右利きだよな?」


「え? ……はい」

 雅彦の問いに、何のことだろう、と不思議そうな顔で蓮穂は見上げていた。


「じゃあ、位置を変えよう。こっちに来て」

 雅彦は蓮穂の左側に立ち、蓮穂を右側にした。


「あの……何か意味が?」

 蓮穂は未だに要領を得ないような表情であった。


「二人三脚は利き足を結ばない方がいいんだ。利き足だと余計な力が入っちゃうからさ」

 雅彦は小中高と運動会を経験している。勿論、二人三脚も初めてではなかった。


「そうなんですか。え? でもそれだと小田切さんがやり辛いですよね?」


「何で俺に合わせるんだよ。気にしなくていい」

 蓮穂が何を言いたいのかわかり、雅彦は薄く笑みを浮かべ紐を結んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る