第20話
飯を食いたいと言う向坂に対し、雅彦が選んだのは二十四時間やっているファミリーレストランだった。
金銭的な余裕はないので居酒屋は却下、正直コンビニのおにぎりでも良かった気がするが、じっくり話をする場としてはファミリーレストランが妥当だと雅彦は判断した。
ファミリーレストランに着き、早速雅彦は話を始めようとしたが、向坂が飯を食い終わるまで待てと言うので、ステーキやスープ、フライドポテト、その他サイドメニューを山のように頼んで食べる向坂に呆れつつ、雅彦はコーヒーを少しずつ飲んで食べ終わるのを待った。
そして食べ終わり、タバコを吸って一服しているところで話を始めた。
雅彦は初めから説明した。
公園で蓮穂を見掛けたこと。華耶が倒れて仕方なく家へ入れたこと。一度追い出したこと。大雪の日に見つけて、再度家へ入れたこと。家へ戻りたくない、施設には戻れないと蓮穂が言ったこと。山岸に酷い仕打ちをされていると思われたこと。先程まで山岸の家へ行っていたこと。
今までの、全てを話した。
向坂は黙って聞いており、タバコを吸うだけで何も言わなかったが、三本目のタバコに火をつけた時、紫煙と共に喋り始める。
「で。嬢ちゃん達を助けに家へ行ってはみたものの、手は怪我するわで追い返されたと?」
「はい。その通りです」
雅彦は自分の右手を擦って頷いた。
「やっていることが犯罪者なわけだが?」
向坂は問い詰めるような言い方ではなく、呆れている様子であった。
「別に、俺はどうなっても構いませんから」
「あっそ。で、なぜそれを俺に話そうとした? 根拠は?」
向坂の目つきが鋭くなった。
「間違いなく本件に関わっている。それが山岸との関わりかもしれませんけどね。それでも、俺は向坂さんしか頼る相手がいなかった。腹芸をするつもりも余力もないのではっきり言いますと、向坂さんが山岸のような悪人とは思えなかったからです」
雅彦が言い切ると、向坂は目を丸くしていた。
向坂は苦笑した後、吸っていたタバコを灰皿で揉み潰し、肺に残っていた煙を吐く。そしてジーパンから財布を取り出して、中から小さい紙を出すと雅彦に向かってテーブルの上を滑らせた。
「向坂……探偵事務所?」
雅彦は名刺だとわかると、そのまま読み上げた。
「そ、探偵。興信所だな。ま、この仕事だけじゃ食っていけないからバイトもやってんだけどな」
「山岸から依頼されていたんですか?」
「そうだよ。本当は依頼人と依頼内容を漏らすのは厳禁なんだが、事態は結構切迫しているみたいだしな」
淡々と話す向坂に、雅彦は少しムッとした。
「とはいえ、依頼されているのは山岸だけじゃないっていうのも重要でね」
「どういう意味です?」
向坂の意味有り気な言葉に雅彦は即座に聞き返すが、
「まぁ、それは順を追って話そう」
話を切られた。
「十二月十八日、嬢ちゃん達がいなくなったから探して欲しいと、山岸から依頼があった。次の日から捜索をしたんだが、この日にお前が嬢ちゃん達を保護してるわけだ。中々見つからなくてね。大きい方の子、蓮穂ちゃんだっけ? あの子が一人で小銭漁りしている姿を見つけられなかったらやばかったかもな。結局、お前の家に二人がいると確証できるまで、一週間以上掛かった。今回、山岸に見つかったのもそれが原因の一つかもしれん。山岸が他の探偵にも依頼している可能性だってあるわけだしな」
「あのバカ……」
向坂に聞こえない声量で、雅彦は呟いた。
「俺が山岸に報告したのは、公園で二人を見つけたこと、誰かに匿われている可能性があることだけで、それから捜査の継続を促した」
「なぜ俺の家にいると言わなかったんです?」
「言ったら俺が困るからだ」
そう言った向坂は水を一口飲むと、タバコを取り出して火をつけた。大きく吸い込んでからゆっくりと煙を吐き、雅彦を見据える。
「山岸は本件を警察に依頼していない。捜索願を出せば警察は動くし、しかも無料だ。ま、警察は腰が重いから、捜索願を出しても直ぐには捜索してくれないと危惧したのかもしれない。だとすれば警察に依頼した上で、俺にも依頼をすればいい。だが、奴は俺にだけ依頼してきた。……何かあると思ったわけだよ」
向坂は含みを持たせて言った後、タバコの灰を灰皿へ指で弾く。
「そして、同時期に別の依頼があった。山岸を調べて欲しいというものだった」
「それは誰からですか?」
「いずれわかる」
雅彦の問いに、向坂は簡潔に終わらせた。
雅彦は納得がいかなかったが、そもそも探偵なのだから、依頼者への守秘義務は当たり前か。と留飲を下げた。
「そういうわけで、山岸の調査を開始した。すると出てくるわけだ、えげつない性癖の数々が。ただ、山岸は名家出身のボンボンだ。揉み消されたことも多々あり、調査に時間を大分要することになった」
「だから俺と、俺の家に二人を放っておいたんですか?」
「そうだよ」
即答して口元を緩める向坂に、雅彦はハッとする。
「もしかして、調布で会った時に言ったことって、山岸に見つかる恐れがあるから蓮穂をしっかり見ておけ、外出させるなよって意味だったんですか?」
「そうそう」
向坂はフフッと笑い声を出して答えると、
「意味がわからなくても、警戒してもらえるだけで良かったんだ」
と、したり顔であった。
その姿に雅彦は小さく息を吐いてから口を開く。
「俺の家にいること自体が、危険だとは思わなかったんですか?」
「そりゃ思ったよ。とはいえ、俺が調べた時にはもう二人はお前の家。今更こっちに来てくださいって二人に言って、信じて来てもらえると思うか? 虐待されていた二人だぞ。そもそも、大人や男性に対して拒絶反応起こす可能性だってある」
向坂は答えながら紫煙を燻らせる。
「山岸には戻せない。警察もだめ。俺もだめ。消去法になるが、現状維持のお前しかいなかった。それに……」
続いた言葉を止め、向坂はタバコを一口吸った。
「お前のことも色々調べた。性格破綻や性異常者ではないと判断できたし、ニートだったはずなのに保護を続けようと働き始める奴だ。お前の言葉を真似させてもらうが、悪人ではないと思った。だから放っておいた」
「そうですか」
多少なりとも人格を肯定されているのに、雅彦は嬉しさを全く感じなかった。
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