ニート男、訳あり少女達を匿う
第08話
「ねぇ、まさひこ」
「何だよ?」
耳障りと言ってもいいような甲高い声に、雅彦は投げやりに返した。
「テレビみていい?」
「好きにしろ」
「それ、おもしろいの?」
華耶が、それ。と言ったのは、雅彦が時間を潰すためにやっているオンラインゲームであった。
興味深そうな顔でパソコンを覗き込んでくる華耶に、
「全然面白くねぇよ」
と無表情の雅彦。
「じゃあなんでやってるの?」
無邪気な返答に眉間のしわが寄る。それから少し間を置いて、
「別にいいだろ」
と、雅彦はなるべく怒気を込めずに返事をした。
「テレビみおわったら、かやがあそんであげるよ」
そう笑いながら言う華耶。逆撫でされても、雅彦は感情を出さないように努めていたのだが、大体、何でガキに気を使わないといけないんだよ、アホらしいわ。と、雅彦は投げ出した。
だから、
「絶対に嫌だね!」
今度は怒気を込めた口調で言った。
「まさひこ。かやのこときらいなの? いつもチビっていうし」
言われた方の華耶は嫌われているとでも思ったのか、しゅんとして俯いた。
子供が落ち込む姿ほど罰が悪いものはない。
ムキになって言いすぎたか。そう雅彦は弁明しようと口を開いたが、華耶はそっぽを向いてテレビを見始めていた。
子供向けのアニメのお陰で、たちまち笑顔に戻っている。切り替えが早くて助かる、ガキに少しでも気を使おうと思った俺がバカだったと、雅彦は心の中で戒めた。
ガチャ、ギィ。
解錠と玄関のドアを開く音が部屋まで響いてきた。
玄関から部屋までは襖というしきりが一応あるのだが、木造1DKのアパートなので遮音性は皆無だった。
「おねえちゃん。おかえり」
さっきまで夢中にアニメを見ていたはずの華耶は、蓮穂が帰って来たとわかると嬉しそうに出迎えていた。
学校へは行かないくせに、蓮穂は毎日一時間ほど外出していた。何をしているのか気にはなったが、雅彦はあえて聞かなかった。
「ただいま戻りました。小田切さん、華耶のことを面倒見ていただきありがとうございました」
腰にまとわりついている華耶の頭を撫でながら、蓮穂は雅彦へお辞儀をした。
「コンビニに行ってくる」
雅彦は頭を下げる蓮穂を一瞥してから、ダッフルコートと財布を持って部屋を出ようとした。
「あ、はい。いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
雅彦が玄関へ向かう最中、蓮穂と華耶が言う。勿論二人の声は聞こえていたが、雅彦は無視をして外へ出た。
雅彦はイラ立っていた。
成り行きとはいえ、小学生二人を匿ってから三日が経っている。この事実が誰かにバレてしまえば即刻警察行きだろう。だが、それよりも荒んだ生活をしていた雅彦にとって、彼女達がいること自体そのものが精神衛生上よろしくなかった。
コンビニで弁当を買い終え帰路の途中、雅彦は蓮穂を見掛けた公園の前で止まった。少し物思いに耽ったが、雅彦は意を決し自宅へと戻った。
「お帰りなさい」
「おかえりー」
帰宅すると二人が声を揃えて出迎えにきたが、雅彦は内心苦々しく思い目を逸らした。
「ご飯、ご飯」
と、華耶が楽しそうにテーブルを叩いているところに、雅彦は弁当が入っているレジ袋を置いた。
蓮穂がレジ袋から弁当とお茶を取り出しテーブルの上に並べたが、雅彦は一つだけ温めていない弁当を取るとパソコンの前に座った。
「いっしょのテーブルでたべないの?」
「食うわけねぇだろ」
毎回呆気らかんとして雅彦を誘う華耶に、雅彦は鋭利な眼光で威圧するが、
「ふぅん」
と、まるで効いていない様子の華耶にそう返されただけ。雅彦はバカらしくなったので早速弁当を食べようと箸を取ったが、その時、蓮穂と華耶が弁当を前に手を合わせ、
「いただきます」
と言っている姿が目に映った。
「それ、やめろ」
雅彦は真剣な顔で言った。
「え?」
「なんで?」
蓮穂と華耶が不思議そうに聞き返したが、
「いいから、やめろ」
雅彦は重ねて言うだけだった。
「わかりました。華耶も、わかった?」
「うん。おねえちゃんがいうなら、わかった」
何かを押し殺すように言う雅彦に対し、二人は素直に従った。
雅彦の言葉で場が静まったが、弁当を食べ始める時には蓮穂と華耶は談笑していた。
……うるせぇ。
そう思って雅彦は舌打ち。テレビの音も相まって非常に耳障りだった。
雅彦は不快指数がマックスだったので、弁当をかっこむように早食いした。蓮穂と華耶は喋りながら食していたので、食べ終えるのに三十分以上要した。
「おい、お前ら」
二人が食べ終えたことを確認すると、雅彦は声を掛けた。二人共、雅彦へと顔を向ける。
「チビも全快したところで、話がある」
「は、はい」
雅彦の顔つきで重要さを認識したのか、蓮穂は険しい表情となった。
「お前ら、帰るところあるだろ?」
「かえるところって、あそこ? とうさまのところ?」
「華耶!」
「やっぱ……あるじゃねぇか」
雅彦は溜め息まじりに言った。
華耶がボロを出してくれたお陰で、真実が明らかになった。
その後、雅彦は少し間を置いたが、
「話したくないなら別にいい。関係ないしな」
そう、口を結んだ蓮穂の姿を見て深入りはしなかった。
「俺とお前らは他人だ。緊急事態だったから家へ入れたが、チビも回復した」
雅彦は二人を交互に見て言い、
「言いたいこと、わかるよな?」
今度は蓮穂だけを見た。
華耶は蓮穂をずっと見つめ、蓮穂は顔を伏せて何も答えない。雅彦は蓮穂からの回答を求めていたが、諦めて言葉を続ける。
「明日の朝、ここから出ていけ。家へ帰るんだ」
自分でも驚くほど感情がこもっていない声色だったと、雅彦は言った後に思った。
「……はい」
雅彦の言葉から数秒後、弱々しい蓮穂の返事で話は終わった。
この三日間。騒々しいとは言わないが、無機質なパソコンの音だけが響く部屋ではなかった。しかし今、家を出ることになった二人は何も喋ろうとはしなかった。お通夜のような静寂さの中で荷物をまとめ、早々と就寝した。
本来いるはずのない二人だ。
これを雅彦は望んでいた。
雅彦は二人と時を同じくして就寝したが、朝になり、二人が起きた気配を感じると目を覚ました。雅彦の瞼は閉じたままだったが、二人が着替えをして、部屋を出ようとしたのがわかった。
「あの、小田切さん。本当にありがとうございました」
そう言う蓮穂は、どうせ仰々しくお辞儀でもしているのだろうと雅彦は思った。
「ほら、華耶も」
「ん。まさひこ、ありがとう。バイバイ」
華耶らしい邪気のない言い方だった。そして、玄関まで歩く音が聞こえ、ドアが開き、閉じた。
蓮穂と華耶は、雅彦の家を出ていった。
雅彦は瞼を開き、身体を起こすとあぐらをかいた。
直ぐにタバコを取って火をつける。襲い掛かる焦燥感に囚われぬよう、タバコを吸うことに意識を集中していた。
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