第02話

 雅彦は何時間もゲームを続けた後、睡魔に抗うことなく欲望のまま就寝。


 何時間か眠り、起床すると起き抜けにタバコで一服。


 紫煙でくすんだ部屋の中、死んだ魚のような目でゲームを再開した。


 その後雅彦は、パソコンのディスプレイに映っている自分のキャラクターが、ダンジョンのボスモンスターにやられたことを確認すると布団へと倒れ込んだ。


 このゲーム、そろそろ飽きてきたな。


 そう思いながら、雅彦は仰向けのままテーブルに置いてあるタバコを取った。一本口にくわえ火をつけると、溜め息が紫煙と一緒に天井へと吐き出された。


 タバコを吸い終わると、今度は空腹を知らせる音が腹から響く。弁当を食べてからもうとっくに何時間も経過しているが、長年のニート生活が及ぼした弊害なのか、雅彦は時間の感覚が狂っていた。


 弁当はさっき食べたばかりなのだがと雅彦は舌打ちをし、仕方なくパソコンの時計にて時刻を確認する。


 午後七時ジャスト。


 雅彦の生活リズムは、ニートらしく実に不規則だった。


 寝たい時に寝る、食べたい時に食べる。したがって朝方寝ることもあるし、このように夕食時にお腹が空くこともあった。


 この時間帯はコンビニに人が結構いるので、雅彦としては行きたくない気持ちが強かった。それに、躊躇う理由が他にもあった。


 雅彦は立ち上がるとカーテンを開けて、室外との温度差で曇ったガラス窓を手で拭く。曇りが消えた箇所から、外の様子がわかった。


 見るまでもなく音でもわかっていたが、やはり土砂降りだった。


 一食くらい抜いても死にはしないのだから、別に今日はいいかと思ったが、更に腹からもう一鳴り。身体は意外と正直らしいと、雅彦は嘆息する。


 雅彦は嫌々ながらもダッフルコートを手に取り、玄関に置いてある傘を取って自宅を出た。


 傘を広げて歩き始めたが、直ぐ足を止めた。


 なぜなら、昨夜に見た人物がいたからである。


 雅彦が住んでいるアパートの道路の向かい側には、新築二階建てのアパートが建っているのだが、そのアパートの道路沿いに併設されている屋根付き駐輪場に、公園で見た女の子がいた。


 しかも、雅彦が確認していた女子だけでなく、幼稚園児かと思われる幼女も一緒の二人組であった。


 敷地内の外灯のおかげで、深夜の公園では判別できなかった服装や身なりがわかる。


 少女の方は細身で、肩までかかる黒い髪と、顔立ちは切れ長だけど大きめの瞳、小さい口元、鼻も整っている。服装は紺色のダウンジャケット、赤と黒のチェック柄のスカート、黒いタイツ、白色のスニーカー。


 幼女の方はややぽっちゃりしていて、小柄。身長百十センチから百二十センチくらい。黒髪の二つ結び、顔立ちは真ん丸で大きな目、口はやや大きく、鼻も少し高め。服装はファーが付いたピンク色のジャケット、緑色のスカート、黒いハイソックスに、赤いスニーカー。


 二人とも、普通に可愛い。


 可愛いというか、愛らしいと言った方が適切かもしれないと雅彦は思った。


 少女の肩には、大きめのショルダーバックがぶら下がっており、自転車が置かれていない場所に二人で肩を寄せ合って立っていた。


 雨宿りか?


 と雅彦は疑問に思ったが、少女と目が合ったため、傘で顔を隠してそのままコンビニへと向かった。


 コンビニに着くと、雅彦はいつものように緑茶を手に取り、適当に弁当を取ってレジへと持っていった。


 ふと、レジ横に置いてある売り物の傘が雅彦の視界に入る。


 そういえば、あいつら傘を持ってないよな。と、屋根付き駐輪場で凍えている二人が、雅彦の脳裏をよぎる。


「お弁当は温めますか?」

 いつもの男性店員ではない、高校生のバイトらしき少女が恒例の言葉で聞いてきた。


「要りません」


「六百九十円です」

 雅彦は思考を停止し会計を済ませ、結局傘は買わなかった。


 傘を広げて外へ出る。雨はまだ強く降っており、この状態だと当分止みそうにはない。雅彦は、進む速度を上げて帰路を辿っていた。


 自宅へ近付くにつれ、雅彦は少女達がいた駐輪場へと視線を移す。あれから三十分も経っていないが、雨も強く、何より凍て付くほど寒い。例え公園までダッシュできたとしても、びしょ濡れになり風邪を引くだろう。


 だから、まだいるはず。


 そう、雅彦は推察し駐輪場の中を見ると、やはり二人はまだ立っていた。更に、幼女は身体を小刻みに震わせている。


 そりゃ、寒かろうよ。


 と鼻で笑ってから、雅彦は表情を確認しようと傘を少し上へずらした。


 が、直後に眉をひそめた。


 なぜならば、幼女の顔が頬だけでなく、全体的に火照っているように見えたからである。それに、目も虚ろ。口は常に開いており、白い息が彼女の顔を度々ぼかした。


 雅彦は幼女の状態を目にし、一度溜め息を吐いてから、

「おい」

 と駐輪場へ近付き二人へ声を掛けた。


「……ひっ」

 少女は雅彦を見ると息をのみ、怯えた瞳を向けてきた。


 その反応に、雅彦は心の中で反省する。雅彦は、自分の姿が浮浪者の極みであることをすっかり忘れていたのだ。


「いや、別に取って食うわけじゃない」


 と言ってはみるものの、目線すら合わせてくれない始末。


 雅彦は舌打ちをしてから頭をかき、とりあえず言うことだけ言って帰ろうと口を開く。


「その小さい方、何かやばいぞ。熱があるんじゃねぇか?」


「……え?」

 雅彦の言葉を聞くと、少女は漏らすように声を出した。それから、幼女の朱に染まった顔色を確認すると、おでこに手を当てた。


「ちょっと、華耶?」

 その声色で、熱があることが雅彦にはわかった。だが、関係はないと思い、


「んじゃあな」

 雅彦はそう言って駐輪場から離れようとした。


「華耶!」

 自宅へ戻ろうと歩き始めた雅彦の後ろから、大きな声と自転車が倒れる音が聞こえた。


 咄嗟に振り向くと、幼女が自転車と一緒に地面へと倒れていた。


 ……関わらない。


 誰とも関わらない。


 そう決めていたのに、さすがに目の前で死なれたら、寝覚めが悪すぎるだろうが。と雅彦は眉間にしわを寄せた。


 そして再度二人へと近付き、


「おい」

 と声を掛ける。


 少女は雅彦の声に顔を上げたが、既に泣き顔だった。


「今から救急車を呼ぶから待ってろ」

 雅彦はそう言い踵を返したが、

「ま、待ってください! 呼ばないでください」

 強烈に後ろ髪を引くような声で、少女が雅彦の動きを止めた。


「はぁ? お前何を言ってるんだ?」

 親切心から救急車を呼んでやろうと思ったのに、雅彦は意味がわからなかった。


「あ……あの……病院とか……警察とかは……ちょっと」

 歯切れ悪く答える少女。幼女を抱きながら、白い息が目の前を散らしていた。


 ……わけが、ある。


 わけがなければ、深夜の公園にいたりはしない。

 雅彦はわかっていたつもりだったが、緊急時でも頑なに拒否をする姿勢に、戸惑いを隠せなかった。

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