第22話 花が咲く時
やあ、来てくれたね。すっかり春模様の季節になったね。研究所の窓から桜の木もよく見えるよ。
先日は蒼穹の友人の深海遠が母の出産のため美山家に預けられる事になったね。遠君は仔山村でどんな暮らしをしているかをいくつか語らせてもらうよ。そして、生まれてきた子供の事もね……。なに、君はいつも通り私の話を聞けばいい。
心の準備は出来たかな。では語ろう。
* * * * * * *
2021年3月28日。良く晴れた日。
遠は蒼穹とキニップと一緒にボール遊びをしていた。キニップにとってお気に入りである蒼穹の青いボール。去年の夏、キニップが無理して海を泳いで取ってきたボール。
「やあっ!」
「それえっ!」
「受けてみよ!我が全力を!!!」
バシーーーーン!!!
「うわあっ!」
遠が勢いよくボールを弾き、蒼穹はしっかり受け止めた。
「大丈夫か、蒼穹よ」
「うん、大丈夫」
「ソウくんすごい!遠くん!今度は私にもやってよ!それ!」
「やっぱり三人いると楽しいよね。キニィちゃんも遠くんも大切な友達だから」
いつも笑顔の蒼穹とキニップ。すると遠は蒼穹に質問した。
「そういえば蒼穹よ、なぜキニップの事をキニィちゃんと呼んでいる?」
「あ、それはキニィちゃんがここに来てまだ慣れてなかった頃。キニィちゃんはここの言葉を覚えるために一生懸命に勉強してたんだ」
「でも、ソウキューって呼ぶのはなんだかちょっと恥ずかしくって」
「そこで思いついたんだ。僕の事を『ソウくん』って呼んでみる?って」
「ソウくんって呼んだら何だか楽しかった!そしたらソウくんが、それじゃあ君の事は『キニィちゃん』って呼ぶねって!」
遠は二人が『ソウくん』『キニィちゃん』と呼び合う理由を知ったのであった。
「そうだったのか」
「この話、そのうちちゃんと話してあげるよ」
「さーて、ボール遊びの続きをするよ!」
三人はボールをトスし合った。ボールも応じている様子だった。
3月29日。
この日、蒼穹とキニップと遠は翔多と一緒に舞踊の鍛錬をした。パンチやキックなどの格闘技の動作を使った踊りだという。翔多は三人に舞踊のやり方を教えていた。
「まずは左手でジャブ、右手でストレート。踏み込んでラウンドハウスキック!」
「遠くんもやってみて」
遠は翔多が教えた通りに動いてみた。
「はっやっ!……うわあっ!」
パンチは問題なく出来たが、キックの時に体制を崩しそうになった。
「パンチは出来るが、キックが難しいな。これを、蒼穹はいつもやってるというのか?」
「そうだよ。お父さんがお仕事お休みの時はいつもやってるんだ」
「私も楽しくやってるよ。いい運動になるの」
三人が楽しく語り合う中、翔多はさらなる舞踊の心得を教える。
「パンチを打つ時はよく腰をひねって手打ちにならないように。あとやってはいけない事は、その動きを人に向けてする事だ」
「確かにこれで人を叩いたら痛いよな」
「その動きを人にぶつけた時点でそれは下手くそな舞踊になるから気をつけな」
翔多の教え方は、遠にも分かりやすかった。
「ああ、分かった」
「では始めよう」
「行くよ、遠くん、キニィちゃん」
「ファイトォ……オーッ!!!」
蒼穹とキニップと遠は翔多の動きを真似して武術の舞踊を踊ってみせた。今翔多が教えている技が、まさか若き日の父を懲らしめたものとは知らず、あくまでも『舞踊』として技を習う遠だった。
4月3日。夕飯を食べながら翡翠が言う。
「家の近くに、仔山村唯一の桜が立ってて明日はそこでお花見をするけど遠君も行きたい?」
「花見か。それもいいものだな。それと実は母の予定日が明日なんだ。その時突然父から連絡があるかもしれない」
「そうなんだ。元気な子が生まれるといいね」
「ああ、そうだな」
その日の夜、遠は蒼穹にこう言った。
「蒼穹よ」
「どうしたの?」
「まさかとは思うが、もし我が兄弟が蒼穹やキニップのような……いやっ!!!さすがにそれはありえんありえん!!!」
「どうしたの遠くん?」
「いや、今のは我がどうかしてた……。明日は花見楽しもうじゃないか!!!じゃ、寝るぞ、おやすみ!!!」
この時の遠は、楽しみな一方で、もしも産まれてくる兄弟が目の前の少年と同じように目が普通じゃなかったらと考えすぎてとても気が気じゃなかったのであった。
4月4日。一本桜の下で花見をする蒼穹達。
「お母さん、今年も桜が綺麗に咲いたね」
「そうね。キニップはどう?」
「ソウくんと一緒に見ると何でも素敵に見えちゃうの!遠くんもどう?」
「そうだな、一本だけでもこれだけ咲けば粋でいなせだな。意味は良く分からぬが」
蒼穹達は一本桜の下でお花見を楽しんだ。そこに翔多とガンツとモアも来た。
「よう遠、仔山村の生活はどうだ?」
「ああ、みんなのおかげで楽しめてるぞ」
「サンドイッチ持ってきたゾ!」
「みんなで食べましょうネ!花よりサンド!」
「あはは」
「うふふ」
桜を見ながら、サンドイッチを美味しく召し上がる中……
ピリリリリッ
遠のスマホに着信が入った。父からだ。
「もしもし、遠か?」
「父よ、ついに産まれたか?」
「今周りに人はいるか?」
「花見の最中だ」
「なら一旦トイレに行くと言ってその人から離れてくれ」
すると遠は蒼穹に言った。
「家のトイレ、使っていいか?」
「いいけど」
「ああ、すぐ戻る」
遠は足早に蒼穹の家のトイレに駆け込み
トイレのドアを閉めて改めて父の電話に出る。
「父よ、もしかして、産まれたのか!?」
「ああ、産まれた。男の子だ。母子ともに健康」
「そうか!良かった!」
「だが、一つだけ内緒にして欲しい事がある」
「内緒って……何だ?」
すると、父は遠にこう言った。
「実は、お前の弟は……!」
目 が 黄 色 く 光 っ て い た 。
「……何だって……!?」
「今スマホに写真を送るぞ」
遠のスマホに送られた写真には眼が黄色く光る産まれたての赤ちゃんが写っていた。
「これが、我が弟……!?」
「お願いだ、周りにこの事を教えるなよ。明日の朝迎えに行く。それまで大人しくしてられるか?」
「……ああ、分かった。ではまた」
遠は電話を切ると蒼穹達の所に戻った。
「あ、遠くん、もしかして赤ちゃん産まれたの?」
「………………」
「え、言いたくないの?」
「どうやら、何か事情があるみたいね。後で話を聞いてあげるから」
「ああ、分かった」
「私も心配だよ」
その後、蒼穹と翡翠は遠とキニップを連れて美山家でさっきの電話の事を話す事になった。
「遠くんの弟が……眼光症だったの!?」
「この事は誰にも内緒だと父は言ったが今頼れるのはお前達だけだ」
遠の目の前には、水色と、桃色と、緑色の眼光症の患者がいる。弟が眼光症で産まれる事は多少は考えていたがいざ本当の事になると心が揺らぐ。
「もし誰かに話した事がバレたら我もどうなるか……」
「おかーさんも、私が産まれた時すごく大変だったから」
「何とかならないかな……」
心配する子供達を前にして翡翠は少し考えて、遠にこう提案した。
「私達の撮ったアルバムが役に立つかも」
翡翠はアルバムを持ってきて遠に見せた。そこには、仔山村に来てから現在までの楽しい日々の様子が写っていた。目が光る以外は普通の家族と変わりは無い。
「おお……これならきっと父は分かってくれるかもしれない!」
「それから、これだけじゃ足りないと思うからもう一つ付け足すね。ちょっと待ってて」
翡翠は自室に入ると、10分程で一枚の手紙を書いた。誰かに宛てた訳ではないけど、翡翠の今まで生きてきて感じた事を書いた手紙。
「アルバムの最後に挟んだからね。これは、出来れば家族みんなで見て欲しいな」
「分かった……感謝するぞ、皆の者!!!」
「また何かあったらいつでも連絡してね」
「私達が助けてあげるから!」
翡翠と、蒼穹と、キニップの想いを受け止めた遠はアルバムを胸に決意を決めた。
4月5日。遠の父が迎えに来る。
「翡翠よ、世話になったな」
「困った事になったらいつでもおいで」
遠は父の車に乗って、母と弟の待つ病院へと向かった。遠のバッグの中には、蒼穹と一緒に読んだモンスター図鑑と共に翡翠の想いを込めたアルバムが入っていた。
* * * * * * *
さて、まさかの事態になってしまった訳だが翡翠は遠君にアルバムを託した。眼光症でも普通の人と変わらぬ暮らしが出来る事を証明しなければならない。
周りに知らせるなという約束を守って遠君の両親の心を開かせる事が出来れば私の研究が無駄じゃなかったと証明出来る。君は今日まで、良く頑張ってきたよね。これは、今までの研究の集大成になる予感だ。
さて、遠君はアルバムを両親に見せるのか。弟はこの世界に祝福されるのか。全ては天に任せるつもりだよ。
今は、結果を待とう。
第23話へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます