第21話 兄弟が出来るって

 やあ、来てくれたね。先日の蒼穹とキニップは仔山村で雪遊びを楽しんでいたね。翡翠達も童心に帰れたと語っているよ。


 季節は流れ、いよいよ春が始まる。春は出会いと別れの季節というけれど、蒼穹達にも大きな変化が訪れる事になる。何故ならば、今年4月から、蒼穹とキニップは正式に学校に通えるようになるからだ。


 しかし、蒼穹のいる美山家は春休みの間、あの少年を預かる事となった。そう、昨年転入してきた深海 遠だ。彼の母親は妊娠中って以前伝えていたね。母が元気な赤ちゃんを授かるまで美山家で暮らすと言う事だ。


 今日は蒼穹と遠の共同生活の話をするよ。


   * * * * * * *


 2021年3月19日。蒼穹達の登校日。


 卒業式も終わって6年生不在の学校で、遠は蒼穹にこう告げた。


「春休みの間、どうか我を蒼穹の家に住まわせてくれないか」

「え……何?急に」

「我が母は、もうすぐ赤ちゃんが産まれる。だからしばらく信頼出来る所に居たいのだ」


 するとキニップが近付いて来た。


「大丈夫だと思うよ!だって遠くんは仔山村に来た事があるんだし!」

「おお!来てもいいのだな!」

「お母さんにもちゃんと話すからきっと大丈夫だよ」


 蒼穹は帰宅後、翡翠と翔多に遠を家に泊めてもいいかを聞いてみた。


「……そういうわけで、遠くんをここに泊めても大丈夫かな」

「事情は分かったわ。春休みの間なら大丈夫よ」

「今から布団の用意しておかないとな」

「ありがとう!遠くんにも伝えておくね!」


 蒼穹は遠との生活を楽しみにしていた。次の登校日に蒼穹は遠に泊まりに行ける事を伝えてあげた。


 3月27日。


 曇り模様の天気。遠は父の車で仔山村へ行った。美山家の前に到着すると、遠は荷物を持って車を降りた。父も挨拶のために降りる。


「数日間ですが、息子を宜しくお願いします」

「しばらくお世話になるぞ」


 そこに翡翠が現れて挨拶する。


「ええ、遠君は蒼穹とも仲が良いのできっと大丈夫でしょう」


 翡翠の緑色の瞳を見た父は動揺した。


「……!?」

「どうした、父よ」

「いや、ちょっと昔の過ちを思い出した。あ、いえ、あらためて息子を宜しくです!遠!生まれたら教えるからな!」


 そう言うと父は車に乗ってさっさと走り去ってしまった。


「あの女性、明らかに昔俺がいじめようとしていた奴だったよな……とてもあの時、変な男子にやられた人ですなんて言える訳が無い……!」


 トラウマをえぐり出されながらも彼は妻のいる病院へ急いだのである。遠くで様子を見ていた蒼穹も心配そうに駆け寄って来た。


「遠くんのお父さん、どうしたのかな」

「何か思い出してたような素振りだった。あの人に何があったかはさておき……遠君、良く来てくれたわね」

「よろしく頼むぞ、蒼穹よ」


 幸い、翡翠は遠の父があいつだったとは夢にも思っていなかったという。今の幸せが過去のトラウマを押し潰しているという事か。ともかく、今日から遠の仔山村の住民としての生活が始まった。すると……


サアアアアア……


 雨が降ってきた。仔山村の草木を潤す雨。だが外で遊ぶ事を邪魔してしまう所もある。


「これじゃあ外では遊べないね。ちょっとキニィちゃん呼んでくるね」

「あの桃色の瞳の子か」


 蒼穹はキニップを家に入れると、遠も加えて三人で読書を始めた。蒼穹は可愛い絵柄の絵本を読んでいて、キニップは異国の言葉で文字が書かれた絵本を、遠は自宅から持ってきた西洋モンスター図鑑を眺めていた。蒼穹も興味を持って遠の本を見ていた。


「遠くんの本、なんだか怖かったりかっこよかったりなのが描いてあるね」

「ああ。これは我が心のバイブルである。彼らのチカラを理解する事で様々な物事に立ち向かうヒントが得られるのだからな」

「ソウくんの読んでいる本も、絵が可愛くて素敵だよ!」

「キニィちゃんの読んでいる本、字は所々まだよく分からない所もあるけど、絵から楽しい感じは伝わってくるよ」

「我から見れば、蒼穹とキニップは可愛いもの好きなのは一緒なのだな!」

「そ、そうかな……///」

「えへへ……///」


 三人はそれぞれの読んでいる本を見合って、楽しく語り合っていた。相手の好みを知る事も仲良くなるために必要な事だから。


「みんな、ホットケーキが出来たわよ」


 翡翠がホットケーキを持って部屋に入った。三人分美味しそうに焼けている。


「蒼穹の母のホットケーキ、実に美味いな」

「おばあちゃんの得意料理なんだ」

「私もこれ、おとーさんのサンドイッチと同じぐらい好きなんだよ!」

「我が母のホットケーキより砂糖が多い気がするが、普段からこんな感じなのか?」

「うん、僕達の目の研究をしている求さんによると、この眼光は糖分を消費して光っているらしいからって」

「そうなのか。ん、研究をしている人……?」

「お母さんの友達の求さん」

「あの人はとっても良い人だよ!」

「そ、そういえば何か言ってたな。眼光症の研究をしてる人がいるって」


 眼光症の研究者がいる事を思い出した遠は、心の片隅に覚えておく事にした。


 こうして三人が家で過ごしている内に雨は止んだが、もう日が暮れる時間になった。


「明日はあの青いボールで遊ぼうね!」

「それじゃあキニィちゃん、また明日」


 キニップが家に帰ると、蒼穹と遠は夕飯の時間までお風呂に入った。蒼穹は遠の背中を丁寧に洗っている。


「遠くん、気持ちいい?」

「ああ、いいぞ」

「僕にも兄弟が出来たら、こんなふうに暮らすのかな」

「そうだろうな。我が兄弟ともこのように仲良く暮らせればいいものだな」

「それじゃあ、背中流すね」


ザパーッ


「では我の番だな」

「優しくしてね」


 遠は蒼穹のやり方を参考に、蒼穹の背中を洗ってあげた。


 風呂から上がると、翡翠と翔多がカレーを用意して待っていた。


「今日は遠くんの歓迎メニューだよ」

「こういう時はこういうのを出しとけば大抵のお客は喜ぶみたいだしな」

「おお!心遣い感謝する!」

「それじゃあ、一緒に食べよう」


 遠はどうやら辛めのカレーが好きらしく、遠のカレーには辛味を増すソースが入ってる。蒼穹は辛い味が苦手なため普通に甘口である。


「やはりこれぐらいの辛さがないと我を満足させるには至らない。」

「僕なら一口でもう十分ってぐらいだよ」

「おかわりはまだあるからね」

「明日からは仔山村を楽しんでくれよ」


 翡翠と翔多も遠を快く受け入れている。笑顔が何よりの証だ。


 夕飯の後、蒼穹は遠を寝室へと案内した。蒼穹のベッドの隣に遠の布団が敷かれていた。


「我は寝る前に何か本を読んでないと落ち着かない。明かりを点けて見ていいか」

「いいよ」


 遠はあのモンスター図鑑を開いてぶつぶつ言いながら眺めていた。


「その本、僕も見ていい?」

「ああ、共に闇の住人達の事を知ろうか」

「じゃあ、最初のページから見たいな」


 蒼穹と遠は同じく布団の上でモンスター図鑑を読んでいる内にゆっくりと眠っていった。部屋に入ってきた翡翠は仲良く眠る二人を見て安心の表情を見せた。


「この様子ならきっと、遠は弟か妹とも仲良く出来そうね」


 夜はふけて、また新しい日の準備が始まる。遠が過ごす仔山村は、どう映るのだろうか。


   * * * * * * *


 というわけで、蒼穹の友人の遠はしばらく仔山村で暮らす事になった訳だ。生まれてくる兄弟はどんな人だろうか。まさか翡翠やキニップのような……いや、さすがにそれは……。


 だが、確率はゼロとは言いきれないのが生体研究の世界だ。万が一その子供が何か特別な所を持って生まれてきたならば私にとって研究所としても無視出来ない存在となるだろう。


 問題は、仮にその子供が生まれた場合にこちらに報告出来るかどうかだ。人は昔から、周りの人とは違うものを恐れて離れようとする。そんな時代を終わらせるのも我々の使命だ。


 さて、しばらくの間蒼穹とキニップと遠を見守ってあげようではないか。そして、生まれてくる命がどのようなものかもこの研究所のみんなで見届けるとしよう。


 では、また次回。


 第22話へ続く。

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