第12話 いっしょにあそぼう
2020年6月21日。
君は私の部屋のソファで目を覚ました。思えば、仔山村にキニップがやって来て蒼穹と出会ってから、ここ、眼光症研究室はいつにも増して忙しい毎日が続いていた。
この研究所にはいくつかの決まりがある。そのひとつが
【泊まりが続いてもシャワー浴びよう】
というものだった。君は着替えとタオルを持ってシャワールームへ行き、寝汗を流した。
綺麗さっぱりした所で、研究室に戻ると、そこには私がいつもの調子で佇んでいた。
やあ。朝からシャワーを浴びるとは関心するな。私も先程シャワーしてきた所だよ。この時だけは何だか、その。アスリートを目指していた青春時代を思い出しちゃうよ。
さて、今日はいよいよ、仔山村に遊びに行く日だ。準備は出来てるかな。その様子だと、ちゃんと出来ているね。外に車を停めている。それに乗って行こう。
私は君を研究所の外へ連れて行く。出入口の前には乗用車が一台停車していた。私は身体的事情から運転は出来ないので、研究所のスタッフが運転を担当する。
仔山村まで頼むよ。
運転手は笑顔を浮かべると車は私と君を乗せて出発した。
* * * * * * *
仔山村。6月は何かと雨が多い季節だけど、この日はよく晴れていた。
「おはよう、お父さん、お母さん」
「おはよう蒼穹。今日は俺仕事休みだしどこか出かけるか?」
「今日は久しぶりに求さんが来るの。それまで外で遊んで行きましょうか」
「求さんか。うん、分かった」
「んじゃ帰ったらいつもの修練しような」
翔多に見送られて翡翠と蒼穹は家を出た。 向かいの家からは、ちょうどキニップとモアが出てきた所だ。
「おはよう!ソウくん!」
「おはよう、キニィちゃん」
あれから蒼穹とキニップはお互いあだ名で呼ぶ程仲良くなっていた。
「ソウくん、今日は何して遊ぶ?」
「この青いボールで遊んでみる?」
「わあ素敵!じゃあいつもの所へ行こう!」
翡翠と蒼穹がここの言葉を教えてあげた事により、キニップは一週間ほどでそれなりに喋れるようになり、十分なコミュニケーションも取れるようになっていた。
「引っ越してすぐにお友達が出来て嬉しそうですね」
翡翠は笑顔でモアに話しかける。
「ええ。思えばあの時キニップを産んでから、夫以外の全てに見放された気分だったけど、今はみんなのおかげでここまで立ち直る事が出来たんだモノ!」
「そう、大変だったのね。ところで夫は今日はお出かけでしょうか」
「ガンツなら今日もベリーニ号に乗って隣町までサンドイッチを売りに行ってるヨ!おかげさまでこの辺りでも大人気で、今まで私とキニップが過ごしてた所には沢山の材料が積んであるヨ!」
モアも翡翠に笑顔で近況を語る。さながら主婦同士の井戸端会議である。
「実は私もキニップと同じように普通の両親から生まれてきたの。キニップを見ていると、何だか昔を思い出しちゃうの」
「そうだったノ?それでお母さんはバケモノ呼ばわりされてたノ?」
「有名人では無かったからそんな事は無かったし、普通の子供同様に私を育ててくれたのよ」
「そうだったのネ」
「その日々の中で、私を理解してくれる求さんや翔多君に会えて、蒼穹が生まれてキニップにも会えたからとても幸せ」
「私も夫の他にも分かり合える人と会えて今が一番楽しいヨ!」
そんな感じで井戸端会議は続いた。
「さて、これから蒼穹とキニップと一緒に遊んでいくわ」
「分かったワ。みんなの事見守ってるヨ」
翡翠は蒼穹とキニップの所に行った。
・・・
翡翠は、二人が出会った広い草原に来た。草原の所々には、黄色い花が咲いていた。
「この景色、昔夢で見た事がある……」
すると、翡翠の目の前から蒼穹とキニップの声が聞こえた。
「あはは」
「うふふ」
翡翠は声のする方向に走って行った。そこには息子の蒼穹と友達のキニップがいる。
「あ、お母さん」
「翡翠せんせぇ、おはようございます!」
水色に光る眼を持つ水色のTシャツを着た黒髪の男の子と桃色に光る眼を持つ桃色のタンクトップを着た濃い茶髪で褐色肌の女の子。しかし、翡翠にとっては普通の子供達と何も違わない。
「二人とも、今日も元気いいね!」
夢ではなく、本当にその景色が目の前にあるという事実に、翡翠は言葉に出来ない感情を抱いていた。
翡翠は万感の思いと共にこう言った。
「ねえ、一緒に遊ぼう!」
翡翠の呼びかけに二人は応えた。
「うん、いいよ!」
「お友達が沢山いると嬉しいよね!」
翡翠はまるで、子供の頃の姿に戻ったかのかのように、蒼穹とキニップと一緒に遊び始めた。
「待て待てーソウくーん!」
「キニィちゃんとっても速い!」
「これはどこまでも追ってきそうね」
広い草原で追いかけっこをしたり。
「行くよー!蒼穹!」
「キニィちゃん!」
「翡翠せんせぇ!」
ボールをトスし合ったりして楽しんだ。
「わたし、とっても楽しい!」
「喜んでくれて良かったよ」
「さあ、ドンドン行くよー!!!」
蒼穹もキニップも楽しそうに遊んでいる。翡翠もこの時を全力で楽しんでいた。
「今日も僕達と遊んでくれてありがとう。」
「みんなとまた一緒に遊びたいな!」
ひととおり遊び終わると、二人は翡翠に感謝した。
まるであの時の夢で見た姿のままのその二人が今、翡翠の目の前にいる。
翡翠は、二人にこう言った。
「ええっと、あなた達のお名前は?」
「僕は美山蒼穹」
「私はキニップ・ベリーニ!」
気がつくと、翡翠はここにいる自分は、もう大人の女性で、今この出来事は夢じゃなかったと認識して、こう言った。
「やっと名前を聞けた。やっぱりあの夢は未来に生きる二人が私に会いに来たのね」
「ん?どうしたのお母さん」
「私翡翠せんせぇと初めて会ったのついこの間だったよ!」
戸惑う二人に、翡翠は語りかける。
「実は子供の頃に、瞳が輝く二人の子供と遊ぶ夢を見ていたの。その夢に出てきた子は蒼穹とキニップによく似ていて。今日はこれが夢じゃないって分かったの」
「そうだったんだ」
「だからせんせぇは名前を聞いたのね」
二人は翡翠が突然名前を聞いた事に納得した様子である。
「さて、続きをしましょ……あら」
「今度は何?」
「車が来た。あれはきっと求ちゃんね」
翡翠の目線の先にはちょうど仔山村に来た一台の車があった。
・・・
さあ、着いたぞ。ここが仔山村だ。
君は私と運転手と共に車を降りた。爽やかな風が身体を通り抜ける。なんと心地よい村だろう。
すると、向こうから大人の女性と小さな男の子と女の子がこちらに向かって歩いているのが見えた。遠目から見ると特に普通の人と何ら変わりは無いのだが、こちらに近付くに連れてその瞳が緑色と、水色と、桃色に輝いている事に気付くのであった。
「やあ翡翠、お久しぶり」
「求ちゃん、また会えたね」
翡翠と私は久しぶりに再会した。
「さっきガンツさんの車とすれ違った。あのサンドイッチ、美味しいよな」
「ええ、そうね。蒼穹もお気に入りなの」
「そうかい。蒼穹とキニップは元気かな?」
「ええ。おかげさまでこの通り。ほら」
「求さん、こんにちは」
「おとーさんが戻ってきたらみんなでサンドイッチ食べようね!」
私は翡翠達と語り合う。
「君もここまで生きてきてこんなに素晴らしい関係を築いていくとはね」
「ええ。どれもこれも、私を育ててくれた両親と、私の事を理解してくれた求ちゃんと翔多君がいたから、私は今こうして暮らす事が出来たのよ」
「そうだな。だがそれだけではなく、君自身の努力があるからこそだよ。
今は仔山村の先生をしているんだってね」
「私が知っている色々な事を子供達に教えられて嬉しいわ」
「そうか。そういえば、君に会いたい人が今ここに来ているよ。おいで」
私が呼ぶと、そこにはやや中性的な青年の姿があった。
「車は僕が……運転したんだ…よ」
「あなたは、確か……!」
「清水……聖流…です」
清水聖流。かつての翡翠の教え子である。
「聖流……こんなに立派になったのね」
「僕も……求さんみたいに……未知の体質を調べて……沢山の人に眼光症の事を知って欲しい…から」
「彼は言葉が途切れ途切れでも、しっかりと仕事が出来る期待の新星だよ」
「また色々……よろしくね……先生」
「よろしくね、聖流君……それと、後ろにいる人は?」
翡翠は君の事をその緑に輝く瞳で見つめた。
「この人かい?ああ、この人は私の自慢の助手だ。何せここに来る前に君の今までの出来事をその耳で沢山聞いてきたすごい人だ」
「あら、そうだったのね。あの話は正直聞かれたくない話も少しあったかもだけど、そんなに聞いて面白かった?」
「黙ってるって事は、その通りって事なんだよね」
「もう、求ちゃんったら」
翡翠と私のやり取りはこんな事を言うのも何だが見ていて微笑ましい。中学時代からの付き合いだったからこそだ。
「さて、私達も仔山村の暮らしを少しだけ堪能するとしようか」
「はい……求さん……」
「それじゃああの草原に集まりましょう」
「こっちにあるよ」
「みんなついてきて!」
翡翠は私達を黄色い花が咲く広い草原にご案内した。
・・・
君は今、辺り一面に輝きを纏った景色の中に立っている。
「それじゃあ、これから挨拶しましょう」
翡翠がそう言うと、蒼穹とキニップは君の前にやって来た。
「初めまして。僕は美山蒼穹」
「初めまして!私はキニップ・ベリーニ!」
二人は自分の名前を言うと蒼穹は左手を、キニップは右手を君の前に差し出してこう言った。
「「さあ、一緒に遊ぼうよ!!」」
あおぞらきのみ
第2期へ続く。
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