第11話 てをつないで
2020年6月3日。
君は、いつものように私の待っている研究室へと足を踏み入れた。
やあ、君か。待っていたよ。昨日の夜、翡翠と長電話してたんだ。それで、昨日の事を嬉しそうに色々話し込んでたらもう夜明け前だった。 もうずっと興奮しっぱなしで、今でもまだ眠くないんだよ。
さて、ここからが本題だ。五年前、蒼穹達は仔山村へ引っ越した。一昨日の深夜に、キニップ達は海を越えて仔山村にやって来た。昨日の朝、蒼穹とキニップは初めて出会った。
これから私がお話する事は昨夜、翡翠から聞いたばかりの出来事。全てを余す事無く、お話するよ。
* * * * * * *
2020年6月2日。丁度昨日の出来事である。
朝が来た。蒼穹は布団から起き上がると、翡翠と翔多に挨拶をした。
「お父さん、お母さん、おはよう」
「おはよう蒼穹」
「今日はお前の誕生日だったな。今日で何歳になったんだ?」
「8歳」
蒼穹は開いた左手に右手の指を三本重ね今何歳かを教えてあげた。
「もうそんなになったのね。今日の夜は誕生日パーティーするからね」
「うん」
「パジャマ姿じゃ外に出ちゃダメだから早く着替えてきな」
「分かったよ」
蒼穹はすぐさまパジャマを脱いで胸元に雲のマークが付いた水色のシャツと青いハーフパンツを身にまとった。
「今日も蒼穹はカッコよく決まってるな。さて、これから朝飯にするか!」
「えへへ、そうかな?」
「これからも蒼穹はとっても素敵よ。さあ、ご飯食べましょう」
家族三人で朝食を食べる。翡翠が作ったホットケーキは、今や母の味を超えていた。お腹いっぱいになった所で、蒼穹は母にこう言った。
「お散歩行ってきていい?」
「いいわよ。でもお昼までには戻って。あんまり遠くに行っちゃダメよ」
「はーい」
蒼穹は裸足で家を出発した。仔山村の地面は柔らかいので裸足でも特に問題ないという。
・・・
蒼穹は自宅から少し離れた草原にいた。地面には所々に黄色い花が咲いていて、空を見上げれば雲ひとつない空がどこまでも広がっている。蒼穹が散歩に行く時は必ず立ち寄る場所だ。
「今日も風が気持ちいいね。そういえば、お母さんが言ってたな。あなたは雲ひとつない晴れの日の朝に生まれたんだよって。僕が生まれた日もこんな感じだったのかな?」
しばらく青空を見上げていた蒼穹は視線を真っ直ぐに戻した。すると……
「あれ……誰かいる……?」
蒼穹の視線の先には、焦げ茶色の髪で褐色肌をしていて、桃色のタンクトップと赤いスカートを着ていた裸足の女の子の後ろ姿があった。
「誰だろう。こんな子、今までここで見かけた事無かったな」
蒼穹はその後ろ姿に近付くと……
「…………!?」
その女の子は気配に気付いたのか、ふっと蒼穹の方を向いたのであった。タンクトップの左胸にはいちごのマークがプリントされていた。
「わっ!」
「あっ!」
この場所で、二人は初めて顔を合わせた。
お互い同じ歳ぐらいの子供。でも他と違うのは、お互いの瞳が綺麗な色に輝いているという事。ここにいる男の子の瞳は水色に。女の子の瞳は桃色に輝いていた。
「え、ええっと、君はだれ?」
「エ…ア…アウ……?」
その女の子は蒼穹の言葉がよく分からないらしい。きっとここに来て間もないからだろうか。
「僕は……蒼穹……よろしくね……君は……誰なの?」
「ア…アウ…アウゥ……!」
お互い言葉が分からず、ぎこちなく会話を交わしていた。その時。
「
女の子の後ろの方から大人の女性の声が聞こえた。
「マーマ!」
その呼びかけに、女の子……キニップは後ろを振り向いた。その先にはスタイルの良い褐色肌の大人の女性がいた。
「あ、あの人、あの子のお母さんなんだ」
すると、その女性は慣れない話し方で蒼穹に話しかけた。
「ア、エート、ムスメをミツケテクレテアリガトゴザイマスウ」
「え、あ、どうもです……」
その女性はキニップを連れて家に帰ろうとしたら……。
「あれ、二人とも何かお話してる」
蒼穹からは二人が何を言っているかはよく分からないけど、なんとなくあの子ともうちょっと居たいような感じに聞こえてくる。
すると、女性は頭を縦に振った。キニップは嬉しそうに蒼穹に向かって走ってきた。
「…………!」
「…………?」
キニップは蒼穹に向かって右手を差し出した。もしかしたら握手して欲しいという事だろうか。
「………………」
二人の間に少しだけ沈黙があった後。
「…………!」
蒼穹は自らの左手をキニップの右手に伸ばして、握った。
蒼穹とキニップは初めて、手を繋いだ。
お互いの手を繋いでいる間、蒼穹はこんな事を考えていた。
(この子の手、とっても温かい。まるで誰とでも友達になれそうな感じ)
キニップは、こう考えていた。
(この人の手、何だか優しい。みんなを包み込んでくれそうだわ)
一分以上が経過した後、キニップの右手は蒼穹の左手から離れた。
「…………♪」
キニップは笑顔で握った手を振り母と一緒に帰っていった。
「…………♪」
蒼穹も手を振って、二人を見送った。
「……そろそろ帰ろう」
蒼穹は不思議な気持ちを抱えながらも自宅へと帰っていった。
すると……。
「あ、あなた達が向かいの家に引っ越して来た家族なのね」
「ハ、ハーイ、そうデース!」
家の前で、翡翠は見慣れない人と話し合っていた。翡翠と話しているのは立派な体格の褐色の男性だ。
「お母さん、その人は誰?」
「昨夜この家に引っ越してきたベリーニさんよ。挨拶して」
「は、初めまして……美山蒼穹です」
すると翡翠は。
「No!No!My name is Soukyuu Miyamaよ!さあ、言ってみて」
「ま……マイネームイズ……ソウキュウ・ミヤマ……」
「オーウ!ナイスネーム!」
蒼穹は英語で自分の名前を言うと男性は褒めてくれた。そこに。
「パーパー!」
さっき聞いたような声が聞こえた。キニップの声である。母も一緒だ。
「アラ、ハジメマシテ。さっきマデこの子とイロイロなトコロを見てきたワ」
「わおっ!」
そこに居合わせていた蒼穹に驚くキニップを見て、母はすぐ前に蒼穹が立っている事に気付いた。その様子を見て翡翠は蒼穹に聞いた。
「蒼穹、この二人の事知ってるの?」
「うん、さっき草原で会ったんだ。」
「そうなのね、でもこの女の子、眼が桃色に光っている……」
「僕とお母さんの他にも眼が光ってる人はいたんだよ」
「なんて偶然……」
蒼穹と翡翠が話し合っていると、キニップの母が蒼穹に話しかけてきた。
「アラ、さっきの子。ドウモねー。アサ早くからこの子が家を飛び出したから色々探し回ってたらこの村の男の子とお話してる所を見ちゃったノヨ」
あらためて先程の事を語る母。
「え、あ、どうも……あっ、そうだ!」
「蒼穹?」
すると、蒼穹は何かを思いついたようにキニップの前に来た。
「My name is Soukyuu Miyama!」
先程翡翠から教わった英語で自己紹介した。すると、
「Wow! My name is KNIP Berryni!Nice to meet you!!!」
キニップも、英語で自己紹介をしてまたその右手を差し出した。
「ナ、ナイストゥーミートユー!!!」
蒼穹はそう言って左手を差し出してまたキニップと、手を繋いだ。
「Thank you!!!」
「せ、センキュー!!!」
挨拶を交わす事で、さっきよりも心の繋がりを強く感じる事が出来た。再びお互いの笑顔を交わした後、キニップは母に駆け寄り話し合った。
(…………!)
(…………♪)
嬉しそうに語り合うキニップと母。
「……何て言ってるのかな。」
「あれはきっと(初めての友達が出来たのね!)(おかーさん、私嬉しいよ♪)って言ってるみたいよ」
「僕も勉強すれば喋れるようになるかな」
「ええ、なれるわよ。でもここではこの場所の言葉が喋れれば色々便利よ。良かったら、蒼穹君もこの子に沢山の事を教えてくれるかしら」
翡翠は蒼穹に期待の眼差しを向けた。
「僕にも、教える事は出来るかな?」
「最初から何でも覚える必要は無いわ。少しずつ、教えて行きましょう」
すると、キニップの母は翡翠の方を向いて自己紹介を始めた。
「私はモア・ベリーニ。この子がキニップでそこにいる素敵な男がガンツよ」
「愛車のベリーニ号と一緒に来たぞ」
「ヨロシクね!」
キニップが言ったその言葉は、先程蒼穹が言った言葉だった。
「う、うん!よろしくね!」
蒼穹も挨拶した。これから沢山世話になるのだから。するとモアはこうも言った。
「あとそういえば、キニップが今日は誕生日ナノヨ」
そこで翡翠はこう返した。
「奇遇ですね。うちの蒼穹も今日が誕生日なのです」
「えっ!?」「エッ!?」
誕生日が同じ事に驚く蒼穹とキニップ。
「そ、それジャアお誕生日会は一緒にやりますカ?」
「そうだな!オトモダチの家でやるなら親睦も深められるしナ!」
どうやらモアとガンツも乗り気のようだ。
「それじゃあ今から準備を始めましょう。蒼穹も手伝ってくれる?」
「うん、分かった!」
こうしてベリーニ家が引っ越して早々に、蒼穹とキニップの合同誕生日パーティーが開かれる事になった。ガンツは気合を入れて大量のサンドを作り翡翠はホットケーキを沢山焼いた。
* * * * * * *
そして、その日の夜。
「ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデートゥーユー♪ハッピバースデーディア蒼穹ー♪ハッピバースデーディアキニップー♪ハッピバースデートゥーユー♪」
この歌だけは、どこで歌っても同じ歌詞で同じメロディーである。
「はーい、蝋燭を消してー!」
ふーーーーーーーっ!
「お誕生日おめでとう!!!」
パチパチパチパチパチパチ……
明かりが点くと、そこには蒼穹と、翡翠と、翔多の笑顔と。キニップと、モアと、ガンツの笑顔が優しい光の中で輝いていた。
* * * * * * *
そして夜は更けてみんなは眠りについた。……以上が、昨日の出来事の全てだ。
長々と話をしていた私は、正直かなり疲れていた。
今回の話も、よく聞いてくれたね。君は偉い。本当に偉いよ。私の話を真面目に聞いてくれる人は翡翠と君の他にはいない。本当に嬉しいよ。
私の前髪の向こうの表情は、穏やかな笑顔を浮かべていた。
最後に、君に重要なお知らせだ。6月21日に、私と一緒に蒼穹とキニップとその家族に会いに行くために仔山村へ行く事になった。日帰りとなるけど、きっと良い景色を見る事が出来るだろう。眼光症の人に直接会うのは初めてかな。でも君なら心配はいらないだろう。私の話をここまで真摯に聞いたのだからな。君と話をしていると私もとても嬉しい表情になれるよ。
私はこの部屋のベッドで少し横になるよ。君は自分のやるべき事をすればいい。ひとまずのご清聴をありがとう。ではまた適当な時間に起こしてくれたまえ。
私は部屋のベッドで眠った。君は今回の話をレポートに記録した。
第12話へ続く。
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