第10話 世界を超えて

 やあ、来てくれたね。

今日はいよいよ初めてベリーニ一家と

出会った日の事をお話するよ。

この前話した通り彼らはキャンピングカーで

色々な所を走り回っているから

最初の内はメールでのやり取りによって

お互いを理解し合った。やがて

そろそろ直接会って話がしたいという

気持ちになったのだ。

私はこの日にこの座標に来て欲しいと

メールを送った。それから私は

その座標へと飛行機に乗って出発した。


   * * * * * * *


 2019年12月1日。

キニップ・ベリーニ、7歳の冬。


 求が指定した場所は森に囲まれた草原。

ここからなら数日あれば着くであろう距離に

ベリーニ号はついこの間までいた。

移動販売をしながら目的地を目差して

この日の夜に辿り着いた。


「ここが、約束の場所か」

「キュウ・ハクブ、一体どんな人かしら」

「おとーさん、私も見ていい?」

「もちろんさ」


 ガンツ達が車を降りると、そこには

黒い髪で顔を隠す女性が立っていた。


「あなたが、キュウ・ハクブだな」

「いかにも。君達がベリーニ一家だね」


 求も科学者の端くれ。現地の言葉を

喋るのは造作もない事だった。


「その車で、あちこち走り回っては

サンドイッチを販売して

妻と子供を養っていたのだな」

「ああ、そうだ」

「彼はこうやって私達を養っているの」

「おとーさんのサンドは美味しいよ!」


 求はガンツにこう言った。


「よろしければ、そのサンドイッチを

私にも食べさせてくれるかな。

言っておくが私は不味い料理には

ビタ一文払わない主義だ」

「ほう。なら少し待っていろ」


 ガンツは車に戻ると、求に食べさせる

サンドイッチを作って持ってきた。

実家で栽培されたいちごと特製生クリームを

ふんだんに使ったいちごサンド。


「俺の代表作のいちごサンドイッチだ」

「ほう。では、いただきます」


 求はいちごサンドを味わって食べた。


「どうだ、俺の店の看板メニューは」

「…………」


 求は無言でガンツに近付いた。

そして、その手に一枚の地図を渡した。


「サンドイッチ、美味しかったよ。

でも生憎、現地の通貨を持ってなくてね。

これで勘弁してくれるかい?」

「うむ……こ、これは!!!」


 ガンツが開いた地図は、現在蒼穹達が

暮らしている仔山村の地図であった。


「ここに以前見せてあげた眼光症の人も

暮らしているんだ。流石に毎日車を走らせ

商売したりで安息の地が無いのも

疲れる事だろう。君がここに行きたいと

望むのであれば、ここですぐに返事をして

くれると、私は嬉しいよ」

「そうか……なら!!!」


 ガンツは意を決して言った。


「俺達もここで暮らしたい!!!

モアとキニップに安定の暮らしを

させてあげたい!!!」

「ガンツ……」

「おとーさん」


「いいよ。その心意気、私も好きだ。

ならばこれから君達が仔山村で暮らすために

家を建てるように手配してくるよ。

お代は、そう。さっきのいちごサンドだ」

「本当か!!!ありがとう!!!」

「これで安心の日々がやって来るのね!」

「おとーさんのサンドのおかげ!」


 喜ぶガンツ達に、求は言った。


「家が出来たらすぐ報告する。

それまで君達は仔山村へ行く準備を

してくれたまえ。交通費も出す。

では、健闘を祈るよ」


 求はガンツ達の前から去り、そのまま

研究所へと帰るために空港へ行った。

それから、ベリーニ号はしばらく

サンドイッチ販売を続ける一方で

仔山村へ行く準備を進めたのであった。


   * * * * * * *


 2020年5月27日。

美山翡翠、34歳の誕生日。


 その日の朝、翔多と蒼穹は

翡翠に挨拶した。


「誕生日おめでとう翡翠」

「おめでとう、お母さん」

「二人ともおはよう。あとありがとう」


 朝から誕生日をささやかにお祝いする

翔多と蒼穹。


「そういえば、半年ぐらい前から

家の向かいに新しく家が作られて、この間

完成したよな。誰が引っ越してくるんだ?」

「風見村長の話によると、遠くから

やって来るみたいですって」

「どんな人かな。良い人だといいな」

「そうだな、蒼穹」


 蒼穹達の家のすぐ前には、赤い屋根の

二階建ての家が完成して、ここに住む家族を

待っているのであった。


・・・


 時を同じくして、とある港町。


ガンツはベリーニ号を大型船に載せて

海を渡って仔山村を目指すのであった。


「ベリーニ号は四人目の家族。キニップと

数日歳の離れた妹だからな」

「もうガンツったらカッコつけちゃって」

「そうなんだ。これは私の妹なんだ。」

「それぐらい、この車を愛してるって

事なんだよ。着いた先でも引き続き

サンドイッチの販売をしたいんだしな」


 ベリーニ号への愛が強いガンツは

行った先でも商売が出来るように

車も一緒に乗せて行くことになった。


ボーーーーーーーーー!!!


 汽笛の音が鳴り、船は出航した。


「わあ、綺麗な海!」

「この向こうにはどんな人が

暮らしているのかしら」

「今確実に言えるのは、キニップと同じ

目が光る人が暮らしているって事だな。

楽しみか?」

「うん!私も早く会ってみたい!」

「この子に友達が出来るなら

早く会いたいわね!」


 モアとガンツとキニップは、海の向こうの

新しい場所での暮らしと人々に期待しながら

大海原を進んで行った。


 やがて、船が港に着くと、ベリーニ号は

この地に上陸し、キニップ達を乗せて

仔山村を目差して出発したのであった。


   * * * * * * *


 6月1日。

蒼穹とキニップの誕生日の前日。


「赤い屋根の家、誰が住むんだろう」


 これからキニップが暮らす家を

見つめている蒼穹。


   * * * * * * *


 仔山村に向けて走るベリーニ号の中で

新しい生活にワクワクするキニップ。


「今日の夜には着くんだってね。

仔山村の友達ってどんな感じかな!」


 その日の深夜。

ベリーニ号は仔山村に着いた。

村長の風見が出迎えてくれた。


「夜遅くまでお疲れ様です。

皆さんの家はこちらです」


 風見はベリーニ号を家の車庫へ案内した。

車庫は十分な大きさで余裕で停車出来た。


「ガンツさんの家はいちご農家だと

聞いています。だからこういうのも

用意しておきました」


 家のすぐ横にはいちご畑が出来ていた。

いつもサンドイッチに使っているいちごは

仔山村の環境と相性が良く、大きく美味しく

育っていた。


「なんと、至れり尽くせりな」

「この辺りでは上質ないちごが

沢山栽培されているんですよ。

これならここでも引き続き、美味しい

サンドイッチを沢山作れますよね」

「まあ素敵。家も綺麗なログハウスで

キニップに見せたら喜ぶかもしれないわ」

「気に入ってくれて良かったです。

これから、仔山村の暮らしを

楽しんでくださいね」


 家に帰る風見を見送ると、ガンツとモアは

この家で暮らす準備を始めた。


 キニップはベリーニ号のベッドで

すやすやと眠っていた。

これから始まる楽しい暮らしを

夢に見ながら……。


   * * * * * * *


 これが、キニップ達が仔山村に来た。

つい昨日の出来事なんだ。


 求の部屋のデジタル時計は

2020年6月2日10時30分を指していた。


 今頃、二人は出会った頃合いだろう。

今日の夜に翡翠と電話して、どんな様子が

話を聞く事にするよ。

さて、これからこの研究所は忙しくなる。

蒼穹とキニップ。二人の輝く瞳は

これから何をもたらすのか。

その研究をするのが、私と君の一生を賭けた

最大の任務となる。ここまで来たからには

最後までお付き合い願うよ。

明日もまた、ここに来るがいい。今まで

語った中で最高のお話が出来る予感がする。

君の心の準備が出来てからでいい。

その時に、お話してあげるよ。

では、また次回。


 あなたは研究室から出た。

その日の夜、これまでに求が語った

色々な出来事を振り返っていた。


 緑色の瞳を持つ翡翠が生まれて。


 体育少女の求が新たな夢を見つけて。


 強くて優しい翔多と出会えて。


 翡翠と翔多の間に蒼穹が生まれて。


 海の向こうでキニップが生まれて。


 輝く瞳を持つ子供が仔山村に集まって。


 そしてこれから、何が起こるのか。

そう考えて、あなたは眠りについた。


 第11話へ続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る