第9話 出発!ベリーニ号
やあ、待っていたよ。……ん?私の手元にあるファッション雑誌が気になるのかい?
私はファッション雑誌のページを開いて、君に見せてあげた。そのページには、しっかりとした体格の褐色の女性が凛とした表情でオシャレなファッションを披露していた。
彼女の名はモア・モナード。ここから遠い場所で超一流ファッションモデルとして名の知られた人である。彼女は人気絶頂の中でいちご農家の名門であるベリーニ家の長男、ガンツ・ベリーニと結婚した。ここまでは幸せな二人だったが、子供が産まれた日に、その生活は大きく変わる事になってしまったのだ。
今日は新たなる輝く瞳の生まれた時の話をしてあげるよ。
* * * * * * *
2012年6月2日。
蒼穹達の暮らす場所から遠く離れた暖かい場所での出来事。
「ああっ……ああああっ!!!」
分娩室で、力んで叫ぶ女性。彼女が、モア・ベリーニである。
「赤ちゃん、出ますよ!」
「ああああああああああっ!!!」
赤ちゃんが体外に押し出される。医師が赤ちゃんを取り上げる。
「出ました……うわっ!!!」
オギャア!!!オギャア!!!
まるで医師の驚く声を怖がったかのように泣き叫ぶ赤ちゃん。
「ついに、産まれたのか!」
筋骨隆々の夫ガンツが様子を見に来る。モアは自ら産んだ女の子の目に怯えていた。
「う、産まれたけど……!」
「な……なんだ?この目は?」
モアの傍らにいる赤ちゃんの目は桃色の光を灯していた。驚きを隠せない両親。
「これが、俺とモアの子供だってのか?」
「なんで、こんな子が……?」
この子もまた、眼光症を持って生まれてきたのである。しかし、この辺りでは初めての事であり、当時はまともな研究データも無かったのである。
一世を風靡したファッションモデルのモアが産んだ子供は目が光る。その話はたちまち世間に広まった。人々は目が光る子供を産んだ彼女をバケモノ呼ばわりした。そして表舞台から、姿を消したのであった。
6月10日。
モアは自室の片隅で娘を抱え泣いていた。
「なんで……こんな事に……」
「モア、落ち込まないでくれ。生きてりゃ何とかなるってものだ」
ガンツだけが、バケモノ呼ばわりされたモアの唯一の味方だった。
「そういえばこの子、名前どうするんだ?」
「……本当にこの子を育てるつもり?」
「もちろんだ。良い名前を思いついたからここで言ってもいいか?」
「分かったわ」
「では言うぞ。この子の名前は……」
「PINKを逆読みした名前だ、どうだ」
「まあ、不思議で素敵。でもこれからどうやって暮らしていくの?」
「俺に良い考えがある。モアもキニップも俺が大切に守ってやるからな」
ガンツはその日にとあるガレージへ行き中古のキャンピングカーを購入して、大規模な改造も依頼したのだった。
6月15日。
「モア、キニップ!これを見てくれ!」
「まあ、これは……!」
ガンツは妻と娘に改造したキャンピングカーをお披露目した。
「これから俺はこの車でサンドイッチの移動販売を始める。その間モアとキニップは車の居住スペースで過ごしててくれ。仕事の合間にみんなで外に出てキニップに色々な世界を見せてあげる。どうだ、名案だろう」
「まあ……今日からこれに乗ってみんなで暮らすっていうの?」
「万が一の時は一旦ここに戻るようにするし、旅の途中で光る目の事も調べられればいいなと思っているさ。どうだモア。乗ってくれるか?」
「私はもう社会的に忘れ去られた存在だからここでの暮らし、受け入れるわ。ね、キニップ」
「あ~う~」
「よおし!これで決まりだ!俺達の家、名付けて『ベリーニ号!!!』これより出発だあ!!!」
モアとガンツは、ベリーニ号に生活に必要な色々な物と、道中で売るサンドイッチの材料などを入れて家を出発したのであった。
「まあ、二度とここには帰らないつもりでの出発だ。俺としても、これは一世一代の挑戦だな!」
こうして、ベリーニ号は3人を乗せて家を出発した。平日は、通りかかった街に出店を開きサンドイッチの販売をした。
「いらっしゃい!いらっしゃい!ウチのいちごサンド、美味しいよ!
エッグサンドにカツサンド!サンドなら何でもアリのベリーニ号にいらっしゃい!!!」
ガンツが商売をしている間モアとキニップは車の居住スペースで生活していた。ガンツの明るい人柄もあってサンドイッチの売り上げは妻子の養育費として十分なものとなった。店を開けてない時は現地の市場で材料を買っていた。
「ここの市場にもウチの家のいちごが入荷しているんだな。この分だと何処へ行っても材料には困らないな」
ガンツの行く所で、実家のいちごは安定して手に入れる事が出来た。休みの日はモアとキニップを自然豊かな場所に連れてキャンプを楽しんだ。
* * * * * * *
2017年3月12日。キニップ・ベリーニ、4歳の春。
「わーい!いいてんき!」
「今日も美味しいサンドイッチをいっぱい作って来たぞ」
「キニップも元気に育って、私もガンツと一緒に色々な所へ行ける。幸せな毎日だわ」
とある草原で、楽しい一時を過ごすキニップと両親。
「おとーさんのサンドイッチ、今日もおいしいね!」
「だろお!俺は昔からサンドイッチが大好物で子供の頃からよく自分でも作って食べてたんだ!」
「こんな形でもガンツが私達を支えてくれる。とっても素敵な毎日ね」
「おかーさん!なにしてあそぶ?」
「今日はこのフリスビーで遊びましょ」
モアの投げるフリスビーをキャッチしては投げ返してくるキニップ。
「それえっ!」
しっかりキャッチするモア。
「すごいわねえキニップ。私じゃこんなにまっすぐ飛ばせないわよ」
「将来すごいスポーツ選手になるんじゃないかな!ハハハッ!」
娘の日々の成長を喜ぶモアとガンツ。こんな楽しい日々が長く続いたのであった。
・・・
その日の夜。
「おやすみ、おとーさん」
「おやすみなさい、ガンツ」
「ああ、明日からまた商売だ。張り切っていかないとな」
妻と娘を寝かせ、ガンツはパソコンを立ち上げ、目が光る現象の事を必死に調べていた。
「………………こ、これは!?」
ガンツは、ある人物の名前に辿り着く。その人の名前は、キュウ・ハクブ。何を隠そう、眼光症の研究者たる私である。
* * * * * * *
3月13日。私のパソコンに一通のメールが届いた。
「何だいこれは……」
―――――――――――――――――――――
初めまして。私はガンツ・ベリーニという者です。私と妻の間に生まれた娘は桃色に光る瞳を持ってます。これは一体どういう事なのか私達には分かりません。以下に写真も添付します。何か分かる事があればどうか教えてくれますか。よろしく頼みます。キュウ・ハクブ。
―――――――――――――――――――――
「添付ファイルもある……これは!」
私の見た画像にはガンツとモアとキニップが写っていた。確かに、キニップの瞳は桃色の光を灯している。
「私も返事を打っておかなければな」
* * * * * * *
その日の夜、ガンツはメールを確認した。
「おお……これは!」
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メールありがとうガンツさん。貴方の娘の写真、見させていただきました。私の身内には、眼光症を持つ者がわずかですが存在します。眼光症は我々にとっても未だに謎の多い現象です。これを解明して、これから生まれるであろう彼らが安心して暮らせる世界を作るのが私達の使命です。もし私達の信念に感銘を受けたなら是非直接会って話がしたいと思っています。どうか良いお返事をお願いします。
白部求
追伸、これまでに会った眼光症の人の
写真を添付しておきます。
―――――――――――――――――――――
「写真もあるのか……おおっ!」
メールには翡翠と、蒼穹と、ペリドットの顔が写った画像があった。緑色と、水色と、黄緑色に輝く瞳の人。
「キニップだけじゃ、無かったんだな」
「ガンツ……どうしたのよこんな夜に」
「モア、見てくれ、この人達を」
「あら……本当に目が光っている!」
「きっとキニップにも……友達が出来るかもしれないぞ!!!」
* * * * * * *
後日、私の所にガンツからメールが来た。直接会うのはもっとお互いの事を理解してからにしよう。と。そのために私は研究の成果や翡翠と蒼穹の暮らしをガンツさんに送信した。するとガンツさんも妻と娘の様子を見せて嬉しそうだった。
そして今から半年前。君がこの研究所にやってくる前に、私はガンツさん達と直接会う事になったのだ。次回は私がキニップ達に出会った日の事をお話するよ。そして、私がみんなを導いた事も……。それはまた楽しみにしていてくれたまえ。では、また次回。
第10話へ続く。
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