第8話 ようこそ仔山村へ
蒼穹君、順調に育っているんだな。私としても、とっても嬉しいよ。
……お、君か。こうして語り合うのもこれで八度目かな。
先日は、翡翠が翔多との間に身籠った新たなる生命の誕生をお話したね。雲一つ無い晴れた日に生まれた蒼穹君。今日は彼がどのように育っていったかをお話するとしよう。
* * * * * * *
2015年2月1日。美山蒼穹、2歳の冬。
母の翡翠は、息子の蒼穹に出来る限りの愛情をもって接して、父の翔多は引き続き様々なバイトを転々として養育費を稼いでいた。祖母の郁恵と祖父の慎吾も蒼穹を育てる手伝いをして、研究者の私は、翡翠と蒼穹の日々の変化を毎日記録してデータ収集をしていた。
そんな日々が、蒼穹が生まれてからこの日まで続いていた。立って歩き回るようになった蒼穹を見て、翡翠は考えを巡らせていた。
「この子はこれからどんな風に育てればいいのでしょうか。学校に通わせても、仲の良い友達が出来るとは限らない」
自分の経験から、蒼穹も同じような辛い思いをするのではないかと考えていた。私みたいに過酷な人生をこの子にも歩ませたくはない。翡翠はそう考えていた。すると
「翡翠、手紙だよ」
「あ、お父さん」
蒼穹の祖父の慎吾が手紙を持って部屋に入って来た。
「良い知らせだ。蒼穹を育てるのにふさわしい場所が見つかったんだ」
「どれどれ……?」
慎吾は翡翠に手紙を渡した。そこには、こう書いてあった。
―――――――――――――――――――――
翡翠さんへ。
お話は、貴方のお友達の求さんから全て聞かせていただきました。貴方の息子の蒼穹君は、目が水色に輝いているんでしたね。その子供を育てるためにふさわしい場所なら私が用意しています。
その場所の名は「
この村には、色々な事情を抱える人達が一箇所に集まって暮らしています。私は彼らが健やかに暮らせるようにこの村を作り、心の傷を抱えている人達や
社会に馴染めない人達を受け入れています。この村の暮らしを通して人間らしい心を学び再び社会に出られた人もいます。貴方達の一家もこの村に来れば、それぞれの望むものを手に入れる事が出来ると信じています。
仔山村に行きたいと思ったら、いつでもお返事を下さい。それでは、家族揃って仔山村に来ることを楽しみにしています。
―――――――――――――――――――――
「美山、風見って……?」
「その名前、初めて聞くかい?僕の姉だよ。その人は長い間人と自然を守る活動をしていて、仔山村を作ったのもその一環なんだ。僕もその活動を支援する仕事を郁恵と結婚する前からしている」
「そうだったのね。あら、手紙の他にも色々入ってる」
封筒には、先ほどの手紙の他にも仔山村への地図、村の様子を撮ったスナップ写真が数枚入っていた。
「小さな山の
「さすがにゲーセンとかカラオケとかは無いんだけどね。一応電気は使えるよ」
「よく考えてから結論を出しますのでそれまで待っててくれますか」
「分かったよ」
翡翠は思った。もしも相手があの求のような人だったら、選択肢はYES以外ありえないだろうと。翡翠は風見宛にこの村で暮らしたい理由や息子への想いなどを書いて、返事を出した。
* * * * * * *
3月21日。
全ての準備が完了し、翡翠と翔多と蒼穹は仔山村に引っ越しをする事になった。引っ越し当日、慎吾と郁恵が見送りに来た。
「翡翠よ、もう行ってしまうのか。父さんも母さんも寂しくなるな」
「ええ。もう私は迷いませんよ」
「やっぱり翡翠も蒼穹も普通じゃない人だからこそ選んだ道なのでしょうね、でも心配しないで。私も、慎吾も、みんなを愛しているわ。だって、翡翠はたった一人の娘で、蒼穹はたった一人の孫、そして翔多はその二人を支える立派な父だもの」
見送る翡翠の両親を前に翔多達も挨拶をした。
「今まで世話になった。でもお正月にはまた顔を見せに行く。それまで達者でな」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
「おかーさん?」
「大丈夫よ、蒼穹。さあ、行きましょう」
翡翠は翔多と蒼穹と共に車に乗って仔山村に向かって出発した。
「あ、ぶーぶ」
「車が沢山走っているよな」
「翔多君も蒼穹も楽しそうね」
外の景色を楽しみながら車を運転して数時間ほどで、翡翠達は仔山村に辿り着いた。
「ここが仔山村か。」
「あの青い屋根の2階建ての家が私達の暮らす家」
「あおーい」
3人は新しい自宅に入って荷物を置くと、村長の家に向かった。
「ようこそ仔山村へ。こうして会うのは初めてですね。私が仔山村の村長、風見です」
「あなたが、お父さんのお姉さんの?」
長い黒髪に凛とした表情で、慎吾の姉にしてはかなり若い印象である。風見は、翡翠と翔多に向けてこう言った。
「突然ですが、今あなた達が一番欲しいものは何でしょうか」
戸惑う翡翠達。
「え……?」
「急に聞いてくるな」
「ん?」
その様子を見た風見はこう言った。
「では、私が当てて見せましょう。翡翠さんは、先生の仕事がしたい。翔多さんは、定職に就きたい。そして蒼穹君は、楽しく暮らしたい。で、合っていますよね」
「え、ええ。そういえば、話は全て求さんから聞いたって書いてましたね」
「はい、蒼穹君が生まれて数ヶ月後に、求さんがあなた達をこの村に住まわせるようにお願いして、求さんの研究所との全面協力によって今回こうして新しい家を建てる事が出来ました」
「すごい……」
私が風見と協力してみんなの暮らす家を用意してくれた事に驚くばかりの翡翠達。
「しかし、この仔山村、まだまだ問題も多いです。まず、この村には学校はありません。子供は基本的に家の大人が教育しています」
「そ、そうなのですか」
「そこで教師の経験がある翡翠さんが、塾のようなものをこの村で開いてみんなを教育してあげるのはどうでしょうか」
「よ、よろしいのでしょうか」
「きっと蒼穹君も村のみんなと勉強すれば沢山の大切な事を覚えて、みんなと仲良くなって友達も出来る事でしょう」
「わ、分かりました!やってみます!!!」
この村で教師になれる事に驚きと喜びを隠しきれない翡翠。
「それと翔太さん、この村には唯一の雑貨店があって、食べ物や衣類などはみんなここで買う事になってます。しかしここ最近働き手が足りずに困っているのです」
「そ、そうなのか」
「そこで沢山のバイトを経験した翔多さんには、是非ともこのお店で働いて欲しいと思っています」
「つまり、この俺が定職に就くってのか?」
「その通りです。息子のために村人のために、働いてくれますか」
「ああ分かった!明日からでもいいか?」
「ええ、もちろんです。ただし具合が悪い時はちゃんと休むのですよ」
「ありがてえ……ありがてえ!!!」
翔多も念願の定職に就く事が出来て喜びに打ち震えていた。
「そして、蒼穹君、あなたはここで沢山の人達に支えられ、大きくなって行く事でしょう。私も、お手伝いします」
「おー」
仔山村の創始者である美山風見への挨拶を終えた3人は、改めて新しい家に足を踏み入れ、これから始まる仔山村の生活を夢に思い描くのであった。
翌日から、仔山村での生活が始まった。翡翠は仔山村の先生として子供達に勉強を教えるようになった。翔多は仔山村の雑貨店で店員として家計を支えるようになった。蒼穹は両親と、求と、風見達に見守られすくすくと育っていった。村人達によると、蒼穹は物静かで引っ込み思案な所も多いけど、やりたいと思ったことには積極的に挑戦する一面もあるという。
* * * * * * *
2019年6月2日。美山蒼穹、7歳の誕生日。
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
「お誕生日おめでとう!」
「さあ、ロウソクを消して」
「ふーっ!」
「おめでとう!!!」
翡翠と翔多は、すぐに明かりを点けて、蒼穹にお祝いの拍手をした。
「はいこれ、新しいTシャツ。着てみて」
「うん」
翡翠はプレゼントに、蒼穹の目と同じ水色をした、胸元に雲のマークが付いた一枚のTシャツを手渡した。
蒼穹は受け取ってすぐに着てみた。
「どう?似合う?」
両親に問いかける蒼穹。その姿を見て、翔多は言った。
「超カッコイイじゃないか!最高に似合っているぜ!なあ翡翠!」
「ええ、そうね。まるで、いつかどこかで出会った水色の瞳の男の子みたいで……ハッ!!!」
「どうしたの?お母さん」
「い、いや、とっても、素敵よ……」
その日の晩、翡翠は一人考えていた。確かに今日の蒼穹の姿は、幼い頃の夢に出て来たあの男の子そっくり……いや、そのものだったのである。
「じゃ、じゃあ、あの夢に蒼穹と一緒にいた桃色の瞳の女の子は一体誰だというの……!」
* * * * * * *
これが、昨年の誕生日の出来事だった。今年の誕生日は、あと数日後だ。今度はどんな誕生日を迎えるのだろうか。
今回翡翠は、あの夢に出て来た片方の子供が息子の蒼穹であると確信した。ではもう一方の子は……。実は、あの子の家族とは既にコンタクトを取ってあるんだ。桃色の瞳で褐色肌の女の子。彼女の名前はキニップ・ベリーニ。ここから遠い所で生まれ育った。ペリドット君とは別の場所でだよ。
彼女の家族は、キャンピングカーであちこち走り回っていたから、会うのに一苦労したよ。その話はまた今度にするとして、今日はこの辺でお開きにしよう。では、また次回。
第9話へ続く。
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