第6話 一緒にいるという事は
これが、向こうから届いた最新報告か。どうやら、元気にやっているみたいだな。可能であれば引き取ってこちらで育てたい所だったが、当人の意志を尊重する事にしたからな。
……っと、君か。先ほど遠くの研究チームから届いた報告書を見ていた所だ。実は翡翠以外にも、眼光症の患者は存在していてね。その子はかなり遠くに住んでいるんだ。今は現地の人達によって大切にされてきて、私の所にも、どのように暮らしているかが届くんだ。
その子の事が気になるか?彼の名前はペリドット・シュトロハイム。黄緑色の目を持つ少年で、以前現地に赴き色々と解析した結果、翡翠の眼光性に近い性質を持つ事が分かったんだ。思えば9年前、彼に会いに行くために、私は翡翠の住む所から離れていたんだった。
彼は特異な目を持って生まれながらも礼儀正しい好感の持てる少年だった。彼との触れ合いがどういう感じだったかはこれもまた別の機会に話す事にして、今日も翡翠と翔多の事を語る事にしよう。ちなみに、今回のお話は後で翡翠本人から聞いた話も織り交ぜて語る事にする。予めご了承頂きたい。
* * * * * * *
2011年6月12日、未明。
ピンポーン!ピンポーン!
翡翠の部屋にインターホンの音が響き渡る。翡翠はその音で目を覚ました。
「な…何……?」
ドアの覗き穴を見ると、そこにはあの翔多がいた。きっと何か訳ありだったんだろう。翡翠は翔多を部屋に入れた。
「こんな夜中に済まない。実はな、俺の家、差し押さえられたんだ」
「え……ええっ!?」
突然の事態に、翡翠は驚いた。翔多は説明を続ける。
「実は俺のオヤジが多額の借金を背負ってて、家も家財も全て差し押さえられ、オヤジとおふくろは俺を置いて別々に夜逃げしてこのザマというわけだ」
「それは……大変ですね……。」
「そこでお願いなんだが、俺をこの家に
翡翠は少し考えてこう言った。
「それじゃあ、自分で出来る事は自分でするのを条件に、この部屋で暮らしてもいいわよ」
「い、良いのか!?」
「今度は私が翔多君を助ける番。でも今は深夜だから静かにね」
「翡翠……ありがとう……!」
こうして、翡翠は路頭に迷っていた翔多を家に入れてあげた。突然始まった同棲生活。翡翠はいつものように教師のお仕事をして、翔多はアルバイトを転々とする日々を翡翠の部屋を拠点に続けた。
7月3日。
翡翠と翔多は、部屋のソファに座り二人でテレビ映画を見ていた。剣士の少年と魔法使いの少女が世界の平和を取り戻すために戦うお話。
「俺達も、この二人みたいにデカい事が出来ればいいよな」
「そうよね。この世の人達の考え方さえ変えちゃうぐらいに」
仲睦まじく語らう様子はまるで夫婦のようであった。
ピロン
「あら、求ちゃんからメール」
翡翠は携帯で私、求からの電子メールを確認した。
「なになに……突然だが、一ケ月の間遠方出張に行く事になった。しばらくは君に会えなくなる。だが引き続き、何かあった時はこちらに伝えておくれ。ですって」
「そうなのか。求ちゃんといい、俺といい、翡翠の周りには凄い人がいっぱいいるって事だな」
「そ、そうね……」
私は少し前に、遠くで暮らすある家族から、眼球が黄緑に光る子供が産まれたという話を聞いていた。それが先述したペリドット少年なのである。私は彼に会うために遠路はるばる会いに行く事にしたのだった。だがこの事は翡翠には教えていなかったのである。
ここからは、後日翡翠から聞いた話を元に、翔多とどう過ごしたかを語る事にする。
私が遠い所に旅に出た後も、翡翠と翔多は共同生活を続けていた。平日はそれぞれの仕事を頑張り、休日は二人で楽しい事をして過ごした。
「なあ翡翠、この服似合いそうか?」
「ちょっとセンスが独特かもしれない」
ある時は一緒に買い物に行き、
「ここのホットケーキ、一段と美味しくなったね」
「俺達が来るようになってから、来る度に味に磨きがかかってるな」
ある時は再会したカフェで食事をし、
「ジェットコースター、やっぱり楽しい!」
「もう三回目だろ……次は観覧車にしようぜ」
またある時は遊園地で一緒に遊んだりもしたのだった。
7月23日。
ザアアアアアアアアアアアアアア……
ピシャーンゴロゴロォ!!!
この日は局地的な大雨と雷により、広いエリアで停電が発生していた。翡翠の部屋の電気も点かなくなり、翡翠は自らの眼の光を頼りに暗い中で過ごしていた。
「今日も翔多君はバイトだというのにこの天気で大丈夫かな。寂しいな……翔多君に会いたいな……」
そこに。
ガチャッ
「遅くなったな。翡翠」
「翔多……」
ずぶ濡れになった翔多が戻って来た。しかし今は停電で、お湯も沸かせないので、すぐさまタオルを用意して翔多の身体を拭いてあげた。
「いつも、済まないな。」
「大丈夫よ。翔多君が言うなら」
身体を暖めてくれる翡翠に対して翔多は言った。
「こんな事を言うのも何だが……翡翠は俺の事を、好きになったのか?」
「え、ええ。私、翔多君の事、好きよ。毎日頑張っている所も、私のために色々してくれる所も」
「思えば、お前を助けたあの日からいつか、こういう日々が来るんじゃないかなって思っていた」
外の雷雨は未だ鳴り止まず、部屋の電気も点かないままだった。翔多には、翡翠の瞳の緑の光だけが道標となっていた。
「翔多君、こっちだよ」
「お、おう」
二人は同じベッドに横たわった。翡翠の目の前には翔多がいて、翔多の目の前には翡翠がいる。このような真っ暗闇の中でもお互いの顔が良く分かる状態だった。翡翠には緑の光に照らされた翔多の姿が良く見えて、翔多には緑の光を灯す翡翠の顔が良く見えていた。
「今日の夜は、ずっと、こうしていたい。だからお願い翔多君、一緒に居て」
二人の心音は、次第に大きくなっていく。
「分かってるよ。もうお前に怖い思いだけはさせたくない。だから俺がずっと翡翠を守ってやる」
二人はお互いの手を伸ばして
抱きしめ合った。
「翔多君……嬉しい、嬉しいよ……」
お互いの体温が、伝わってくる。
「ああ、俺もだよ、翡翠っ……」
翡翠と翔多は、そのまま唇と、身体を重ねて、暗闇の中で一つになっていた。お互いの悲しい記憶を塗りつぶすかのように、翡翠と翔多は、お互いの愛情を確かめ合っていた。
もう
何があっても
この人となら……。
* * * * * * *
朝が来た。雷雨はすっかり止み、空には雲の隙間から朝日が差していた。
夜が明けた後も、翡翠と翔多は同じ所にいた。
「おかげで、夜を乗り越えられたね。翔多君、ありがとう」
「ああ、そうだな、翡翠」
二人はもう一度、口付けをした。この事については、私には内緒にしていたのだった。
・・・
8月29日。
そろそろ夏休みも終わり。翡翠は2学期に向けての支度をしていた。
「あとはこの書類を用意すれば……うっ……うっ!」
突然襲ってきた吐き気。翡翠はすぐさまトイレに駆け込んだ。
「うう……これって……もしかしたら…………もしかしなくても…………」
その後、翡翠は自ら妊娠検査薬を使い調べた所……。
「これ……私の中に……赤ちゃんいるって事だよね……」
翡翠は改めて、翔多と過ごしたあの夜の事を思い返した。暗闇の中、二人だけの世界。お互いの愛情は行き過ぎてしまったのだ。
* * * * * * *
そして私はペリドット君との交流を終えて帰還し、翡翠の所に来た所で、彼女の妊娠の事を知ったのである。あの時は私も彼女の事をよく見ておくべきだったと思っているよ。
さて、翡翠はこの後お腹に宿った新たなる命を産む事になるのだろうか。その話については、また次回にお話するとしよう。思えば、あの翔多と一緒に暮らしてるとは聞いていたが、まさかあんな事になるまでの関係になっていたとは。
翡翠の友人として君への忠告だ。君も、いつか異性と付き合う事になったなら、十分気を付けるのだぞ。では、また次回。
私は研究室を去り何処かへと行った。君の目の前の机には一枚のプリントが置いてあった。それにはこう書かれていた。
眼光症は遺伝する。でももしも眼光症患者同士が結ばれたならどのような事が起こるのだろうか。
そのテキストの下には二枚の写真があった。一方の写真には、黒い髪をした水色の眼の男の子が。もう一方の写真には、こげ茶の髪をした褐色肌の桃色の眼の女の子が写っていた。ふと思い出すと、この二人は少女時代の翡翠の夢に出てきたあの子達ではないか……!
君は、それを見なかった事にして研究室を去った。
第7話へ続く。
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