第3話 夢は絶たれない
やあ、君か。ここに来るのも、これで三度目のようだね。
先日は翡翠にとって初めてのお友達が出来た話をしたね。やたらと圧が強い体育系女子。でも翡翠はその子に自身と同じものを感じていた。お互いの足りない部分を補い合い心を通わせる二人だった。あの日が訪れた後も。
運命のいたずらって、この間もお話したよね。しかし、あの時の事はちょっとお
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2001年12月9日。美山翡翠、15歳の冬。
高校入試を目前に控えた翡翠と求。二人はその前の最後の息抜きにと一緒に遊ぶ約束をしていた。朝ご飯を食べて、支度をして翡翠は待ち合わせ場所である駅の広場へ向かったのであった。
「今日は求ちゃんと何をして遊ぼうかな」
翡翠は、駅前の広場で求を待っていた。しかし、約束の時間を過ぎても、求は来なかった。携帯電話を使っても、応答は無かった。
「どうしたんだろう、求ちゃん」
すると、前方の少し離れた道路に救急車が通るのが見えた。サイレンの音も、良く聞こえた。
「救急車。今日も忙しそうだね」
それから、数分後。翡翠の電話に、着信が入った。
「はい、美山翡翠です。えっ、ええっ!?」
電話に出たのは、求の母親で、娘が事故に巻き込まれたという事を知らせたのだった。その後駅前広場に求の母の車が到着し翡翠は車に乗って病院へ向かった。先ほど、救急車が走って行った方角へと。
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病院に到着した翡翠と求の母は、医師から事故の様子を教えてもらった。二人の心境を察し、少しずつ、ゆっくりと、事故の状況を語ったのであった。
・事故が起きたのは午前9時過ぎ。
・運転手は酒気帯び運転をしてビルに激突。
・知人の話によると、運転手は昨日の宴会で飲みまくり、翌日自分の車で帰ったとの事だった。
・やめろと止める人は誰もいなかった。
・車両前部分が潰れてエアバッグが作動したものの、運転手は全身を潰されて死亡が確認された。
・巻き添えを受けた求は、左目を失明し身体の半分にも重い怪我を負った。
「かろうじて一命は取り留めたのですが後遺症が残るのは避けられません」
「そんな……求の将来の夢はどうなっちゃうのですか……?」
「おそらく、もう昔のように走り回る事は出来ないでしょう」
「求…きゅうっ……!!!」
医師から告げられた言葉に声にならない鳴き声を上げる翡翠と求の母親。こうして、求のトップアスリートの夢は不条理にも閉ざされ叶わぬ夢と消えていった。
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その後翡翠は、あの日求を誘ったせいで夢が絶たれるほどの事故に遭わせてしまった事実から、以前に増して、他人を避けて過ごすようになった。また、小学生時代の翡翠のような状態になってしまった。
志望の高校には受かったものの、求とは同じ学校に通えそうにもなく、喜べる気分では無かったという。
卒業式も近付く翌年の1月。求は退院して、翡翠の前に姿を現した。えぐれた左目を覆うように包帯が巻かれ、服の下にも沢山の包帯が巻かれている。
「やあ翡翠ちゃん、調子はどうかな」
もう、以前のような声の張りも失われていた。求だけど、求じゃないみたいだった。
「求ちゃん、わたし、わたしは……!」
「待て。私は決して君の事を恨んではいないさ。確かに最大の夢であるトップアスリートの夢が絶たれたのはとても悲しい。だが君は、そんな私にもうひとつの生きるべき理由をくれたのだ」
「えっ……わたしが……?」
「それは3月の卒業式の日にお話しよう」
「うん、分かった」
求の残った右目には、一縷の望みを宿した光が宿っているかのようだった。
「先に聞いておくけど翡翠の将来の夢って、あの時内緒って言ってたけど、今なら話せるかい?」
「いいの……?」
「ああいいとも。聞いておいた方が私の新たな夢に向かう意欲も高まるのでね」
「じゃあ、言うね」
翡翠は求に向かって将来の夢を話した。
「わたしの夢は、学校の先生」
「ほう。大きく出たな」
「わたしみたいに他人と違う子供がこれから現れても、仲良くすればいいんだよって、教えてあげたいから」
「そうか。ならば私の夢は……っとそれは、卒業式の後、教えてあげるよ」
「声の張りが戻っている。やっぱりいつもの求ちゃんだ」
「わ、私はいつもどおりの私さ。こんな怪我、どうって事は無いさ。新しい夢の重みに比べたらな!」
元気を取り戻した求に、翡翠も笑顔を浮かべた。
* * * * * * *
そして迎えた、卒業式。卒業証書を授与され、学校の思い出や卒業の歌を歌い、涙いっぱいの時間を過ごした。
卒業式の後、翡翠は求と会った。
「やあ、翡翠か」
「求ちゃん」
「いよいよ、約束の時が来たようだな」
求は翡翠に改めて、自分の夢を語った。
「私の新たなる将来の夢、それは……。人間の特異体質を調べる科学者となって君の瞳の秘密を解き明かす事だ」
「ええっ!!??」
まさかの夢に驚きを隠せない翡翠。求はさらに続けた。
「あの事故から意識を取り戻した後正直絶望したさ。もう自分に生きる価値は無いとさえ思ったよ。本当ならこのまま自らを終わらせたかった所だが、そんな時、夢の中に翡翠が現れてな」
求は、あの時見た夢の話を翡翠に聞かせた。
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失望の中、眠りにつく求の夢。私がいたのは、真っ暗闇の中だった。
「私は、もう、ダメなのか……」
絶望で何も見えないほどの暗さだった。自分が今生きているのか、死んでいるのか分からない状態だった。しばらくここがどこだか分からないまま放浪していると、目の前に緑色の光が二つ見えた。その光の主は、他でもない。美山翡翠その人の目だったのだ。
「翡翠……翡翠なのか?」
「求ちゃん……どうしたのその姿は!」
私の身体は、左半分に痛々しい傷跡があって、左目も潰れていた。
「私は……ご覧の有様だよ。もはや夢は叶わない。このまま生きてたって、仕方あるまい」
「そんな簡単に諦めちゃダメだよ!求ちゃんにはもっと、人の役に立てる事が出来るはずだよ!」
「それは、どういう事なのか?」
「わたしにも、分からない。けど、求ちゃんならきっと見つけられると思うよ!だから……自分は価値の無い人間だなんて思わないでよ!!!」
翡翠に強く言われる中、私は目を覚ました。残っていた右目からは、涙が溢れていた。
* * * * * * *
「あの夢を見た後で私は未来の事を考えた。君の目が光る現象は、私が知る限り君だけだが、将来似たような症状を持つ人間が生まれる確率はゼロではない。だからかつての夢の代わりに特異体質の科学者への道を進む事にしたのだ」
「それじゃあ、求ちゃんの新しい夢って……!」
「みんなが翡翠の事、分かってくれる世界にしてみせる!!!」
「求ちゃん……きゅうちゃん……うわあああああっ!!!」
翡翠は泣いて求に抱き付く。求はしっかりと、翡翠の想いを受け止めた。全ての夢を絶たれた日を経て……その日、求の新たなる夢は動き出した。眼球発光症の患者が笑顔で暮らせる未来のために、求は生体学者の道を選ぶ事にしたのだ。
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さて、ここまで語ったならもう私が誰だか分かっただろう。私こそが、人類史上初の眼球発光症、略して『
あの後、私と翡翠は別々の高校に通う事になったが、翡翠から毎日の様子や変わった事などを聞いて、以前と変わらない交友関係を続けて来た。こうして、私は眼光症への理解を深め、科学者となるための勉強を頑張り、今ここで、君とお話しているのだ。
一方で翡翠は、高校生活を過ごす中で今まで以上に危険な目に逢うのだが、それを救ってくれる人が現れたのだ。だが今日の所はここでお開きとしよう。また来てくれたら、今度は翡翠にとっての運命の人との出会いのお話をしてあげるからね。
第4話へ続く。
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