#06 ~ 花言葉
「城木くん、これの世話ってどうするの?」
「しおれた花は、取り除いてあげないと駄目なんだ。ほら、こうやって――」
「なあ弟子。水はこんなもんでいいのか?」
「だから弟子じゃない。……ちょっとやりすぎだけど、夏だし、まあ今日はいいかな」
呆れた様子で言う恭一を、祐真は特に気にするでもなく「そうか」と頷いた。
お花係として顔を合わせた祐真、琴羽、恭一の三人は、何だかんだとつるむことが増えた。
これは単純に、花の世話する日が被っていることが最大の理由だ。
他の生徒がサボることも多い中で、この三人は担当の日には必ず中庭に出向いていたこともある。
お花係として一日の長がある恭一は、花壇の世話のやり方を祐真と琴羽に教えた。二人とも――祐真は意外にも――真面目で、恭一に反発することもなく彼の教えを受け容れていた。
「……なあ。その弟子って、一体何なの?」
ある日。恭一は、いよいよ気になっていたことを祐真に訊く。
彼はその問いに、こてんと首を傾げる。
「弟子は弟子だろう。今なら特典もつけてやるぞ。さあ今すぐ頷け」
「なんでだよ、嫌だよ」
「おかしい……何故だ……」
羽虫が役に立たないだのと意味不明なことを呟く祐真に、恭一は呆れた目でため息を吐いた。
「その思考が何故だよ、こっちとしては」
「そうよ祐真。そんなに、そのデシってやつにしたいなら……その、アタシにすればいいじゃない」
「え、やだ」
「ムッキーーーッ!! なんでよ!!」
ムキになって手を振り回す琴羽に、恭一は思わず苦笑した。
千堂祐真という少年は、出会い方も最悪で、態度は無茶苦茶に偉そうだし、とにかく変わった少年だった。いつまで経っても『弟子』呼びをやめてくれないし。
……なのに不思議と、拒否感や嫌悪感はない。
下級生だから、という理由もあるだろうか。
ただ、会話するようになって思ったのは、コイツは意味の分からないヤツではあるが、悪いヤツではないということ。きっと、たぶん。
何だかんだ花の世話も真面目にやるし、恭一の情けないところも見ているだろうに、それに触れることもない。
これまで出会ってきた誰とも違う。
不思議ではあるが、なぜか惹かれてしまう……そんな相手だ。
では、綾辻琴羽はどうか。
彼女は、最初に会った時とはずいぶんと印象が違った。
というか、祐真と会話している時だけ態度が違うのだ。
その理由を何となく察して……いつの間にか恭一は、そんな二人の関係を微笑ましく見るようになっていった。
そして自然と、その中にいられる自分。
それは今まで感じたこともない――恭一を、どこか温かい気持ちにさせた。まるで母と父がいたあの頃のように。
だからなのだろうか。こんなことを切り出したのは。
「二人は、花言葉って知ってる?」
恭一の言葉に、二人は首を振る。
そっか、と恭一は頷いて、花壇の前に座り込んだ。
「花言葉っていうのは、えーと……その花の持つ意味っていうのかな」
「意味?」
「うん。たとえば赤色のチューリップなら『思いやり』とかね」
へえ、と琴羽が曖昧に頷く。多分よく分かってないな、と苦笑しつつ、恭一は言葉を続けた。
「……花言葉ってさ、僕はその花に込められた願いみたいなものなのかな、って思うんだ」
「願い?」
「たとえば好きな相手に、その花言葉を持つ花を渡すんだ。それって、自分の願いとかを花に込めてるっていうかさ」
恭一の説明に、「よくわかんない」と首を傾げる琴羽に、恭一は「だよね」と苦笑した。
もっとも彼の言ったことは、昔読んだある絵本の受け売りだ。正直、恭一自身もよく分かっているとは言えない。
……引かれてしまっただろうか?
そう思って二人の顔を見ると、
「――ほう」
興味深そうな顔をしたのは、意外にも祐真だった。
「花言葉か。面白いな。弟子、もっと教えろ」
「え? いや、別にいいけど……」
求められるまま花言葉の説明をする恭一に、祐真は興味深そうに耳を傾ける。
意外だった。傲岸不遜そのものと言える祐真が、花言葉に興味を示したのは。だが彼の態度は本当に面白そうで、真剣そのもので……気がつけば、恭一も熱心に花言葉を教えていく。
「で? お前の育ててるやつの花言葉は何なんだ?」
花壇の一角を指さした祐真に、恭一は一瞬目を見開き……そして、薄く笑った。
「それは秘密で」
――気がつけば。
二人との関係は、恭一にとって居心地の良いものになりつつあった。
友達なんて、まだとても言えない。
それでも、孤独であることを忘れられた。
だから、恭一は気づかなかった。いや、忘れていた。
とっくに知っていたはずの……自分に向けられる悪意に。
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