第5話 叔母上は強敵だったようです
錬成術士とは、あらゆる素材と錬成術を行使し、薬や道具、魔導式を産み出す学者的生産職である。
優れた知識と技能、そして魔術の才能が必要不可欠あるため、就ける者は限られている。
しかも国家お抱えとなれば、公務員または官僚という役職さえ付く。
さらに一級とくると、厳選された同業者のまた一歩上を行く立場となる。
すなわち第一級国家錬成術士とは、その国最高峰の権威。
場合によっては政治や経済にまで直接介入できるほどの存在なのである。
「もしそこから一歩でも動けば、貴様の身体は百の魔導式の発動によってバラバラに引き裂かれるだろう。それもすべて自動認識・自動追従の優れモノよ。よってアタシを倒して済まそうなどとは思わない事ね」
そんな厄介過ぎる相手が今目の前に。
殺意をみなぎらせ、私に向けて魔術を放とうと魔力をほとばしらせている。
あの目の赤い輝き――もはや躊躇などみじんも感じられない……!
「ゆえに尋問させてもらう。少しでも怪しい事をすれば容赦はしない」
「あの、なにが」
「黙れ。今さら誤魔化しがきくと思うなよ? アタシはその声から相手の嘘が見抜けるのだからな」
魔導式もここに来る前からあらかじめ張ってあったのだろう。
この高い計画性……最初から怪しい人物を片っ端から連れてくるつもりだったに違いない。
さすが第一級国家錬成術士、やる事が極限にまで徹底されている。
これは生半可な相手ではとても敵わないぞ……!
「アタシに言われた事だけ正直に答えろ。嘘を付けば殺す。誤魔化しても殺す。敵意を見せれば苦痛を与えて殺す。いいな?」
だ が ぬ る い。
真実の見極めが遅い。
魔導式の張り方も甘いし練度も低い。魔力の濃度も薄すぎる。
これなら私が昔やり合った魔錬成博士ゴルザムの方がずっと強かった。
奴の敷いた包囲網はこの十倍とも言える物量だったからな。
それでも戦闘開始一分でその首をねじ切ってやったが。
それと比べればこの女の力などまるで乏しくて取るに足らん。
つい最近かじったばかりです、とでも言わんばかりになぁ……ッ!
「そうですか、言いたい事はわかりました。では私も面倒事が嫌いなので対処させて頂きますね」
「……えッ?」
ゆえに私は今、敢えて自ら一歩を踏み出していた。
叔母上へと向け、更に一歩、また一歩と。
あの憎たらしい顔が驚愕で歪んでいく最中に。
まもなく魔導式が輝きを放ち、光線が周囲から私へと向けて放たれる。
それも空間を埋め尽くさんがばかりに無数と。
「な、ならば死ねぇ!!! ――えッ!?」
だ が ム ダ だ。
光線は私に当たるも弾かれ、霧散し大気へ消える。
閃光筋が幾つも刻まれようとも、いずれも私の肉体を貫けはしない。
しかし私は一切魔術を使っていないぞ。ただ魔力を放出しているだけだ。
すなわち、これが魔力の質の差!
極限にまで圧縮された魔力は貧弱な魔術など一切受け付けん!
さらには地面にあった魔導式を強引に踏み抜いていく。
ズドン、ズドンと大地を揺らすほどに強烈な振動をもたらしながら次々と。
そうする中で睨み、ニヤァと不敵な笑みをも向けてやる。
「そ、そんな、そんな馬鹿なあッ!? アタシの魔術が、効かないィッ!?」
確かに第一級国家錬成術士の名は伊達ではないのだろう。
並の人間ならこれほどの光線を受ければ一瞬にして消し炭だ。
ただその実力はあくまで〝凡人〟というカテゴリの中の事に過ぎん。
私という超越者の前では貴様など所詮、井の中の水たまりにいるオタマジャクシの餌になるボウフラ程度でしかないのだから。
「全て甘いんですよぉ。魔導式の構築レベルも、魔力の濃度も、追尾性能にいたるまで、まるで素人レベルみたい。貴女、本当に第一級なんですかぁ?」
「あ、ああ……」
「あ、そっかぁ。ずぅ~っと聖護防壁に守られて生きてきたから、防衛本能が薄れて技術精錬度が落ちたのかもしれませんねぇ。可哀想な時代の産物なのでしょう。憐れみさえ抱きますよぉ……!」
確かに私は女性となり、実力が以前の十分の一以下となった。
しかしそれでもこの女の三〇〇%以上の魔力量は発揮できるのだよ。
そんな実力差の相手を、こんな玩具のごとき防衛機構で止められる訳が無い!
それゆえに今、笑みを絶やさないまま叔母上の眼前に訪れてやった。
向けられていた杖をそっと除け、胸がくっつかんばかりにぴったりと。
そうして下から覗き込んでやった時、叔母上の顔が一瞬にして蒼白へと変わる。
把握したのだ。
理解させられたのだ。
私との圧倒的な実力差に。
「あっああッ!? はあッ、はあッ、はッはッ――!!?」
「どうしたんです? 息が荒いですよぉ?」
それは私が極限の魔力波動を解き放った事で、精神が極限に委縮したから。
こうなればもはや蛇に睨まれた蛙、呼吸器さえまともに機能しない。
つまり藪をつついたのは私ではなく、この女だったという訳だ。
「はッひッ!? こここ殺さないで、殺しゃないでェェェーーー!!!!??」
そう完全に理解したようで、叔母上が膝から崩れ落ちる。
まるで糸の切れた吊り人形のごとく、ガクンと力を失って。
でも視線は私に釘付けのままだ。
離そうにも離せなかったのだろう、恐怖の余りに。
「おおおお願いします、何でも、何でもしますから命だけはぁ!」
「へぇ、本当に何でもするんですかぁ?」
「ししします! 忠誠を誓いますゥ!! 言う事聞きますからお願いしましゅゥゥゥ!!!」
「そう……! なら誓約・完了♪」
「……へ?」
あとはこの一言を引き出せば、もはや私の勝ちは確定。
そこで私はすかさず叔母上の首に人差し指を突き当てる。
するとたちまち魔力が集まり、一瞬にして首輪が形成された。
「ッ!? こ、これは!?」
「これは〝誓約戒の首輪〟。今貴女が言った事を守らせる戒めの証よ」
「それって一体、どういう――」
「もし貴女が今の誓いに背いて私をとがめたり、おとしめたりするような事をしたらぁ……パァーン! 首輪が自動的に爆発、貴女を消し去ります」
「ヒッ!?」
「壊そうとしても無駄ですからね? 少しでも叛意を見せたら即座にドッパァーンなので」
「あ、ああ……」
「でももし貴女が心から服従し尽くす時が来たなら首輪も消えますから、それまでせいぜい死なないようがんばってくださいねぇ~」
これにて、
これでコイツは私に一切手出しができなくなった。
それどころか、この女を利用して政治へ好きに介入できるかもしれないな。
実にいい手駒が手に入った。
「ウッウッ……びぃええええーーーーーーんっっっ!!!」
「んなッ!?」
「ごわがったよぉぉ~~~!! じぬのごわがったよぉぉぉ~~~~~~!!!」
ただちょっとやりすぎたらしく、叔母上がまるで幼児のごとく泣きじゃくり始めてしまった。
精神を揺さぶり過ぎて退行現象をも引き起こしてしまったみたいだ。
おかげで顔もどこもかしくもグッチャグチャ。
なのでちょっと罪悪感。
そこでマルルちゃんの事をふと思い出し、彼女のように優しくそっと背中を叩いて励ましてあげた。やりすぎてごめんねー……。
ま、まぁこれでひと段落付いたし、もういっか!
仕方ない、尊厳くらいは守ってやるとしよう。ここだけの秘密って事で。
――で、その翌日。
「姉さん! ご主人様はいらっしゃいますか!」
「あらぁイーリスちゃん、今日はワンちゃんごっこ? 楽しそうねぇ~」
叔母上がまた騒々しくやってきた。
それも誓約戒の首輪に自らリードを括りつけて。
おまけに犬耳と尻尾の玩具まで付けて、もはやその気満々である。
待って、もう既に誓約戒の首輪が薄れ始めてるんだけど。
一体どうしてこうなった。
つか私、ここまで求めたつもりはまったくないんだけどー!?
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