第6話 マルルちゃんのためなら一肌脱ぎましょう

 叔母上襲来から数日が過ぎた。


 あれから叔母上も従順な犬となり、今では私の言う事を何でも聞く。

 というか言ってもいない事までやるという優秀っぷりだ。


「ねーねーミルカちゃん、なんでお姉さんの背中に座ってるの?」

「ワタクシ、ご主人様のメス犬ゆえ! こうして椅子になる事もまた本望ッ!」

「叔母上、ちょっと黙っててもらっていい?」


 で、今は四つん這いになって私の椅子になっている。


 こうして余計な事まで始めちゃう所はもうママ上とそっくりだよ。

 さすが姉妹と言わざるを得ないな。

 少し趣向が歪んでいる気がするが、もう気にしてはいけない。


 一方のマルルちゃんや他の友達はこんな変態を前にしても平常運転。

 なので、今はひとまずこのままほっとく事にした。

 叔母上は息を荒くしているだけで特に害も無さそうだし。


「きょうは貴族ごっこしましょ!」

「まぁたのしそう! おーっほっほー」


 マルルちゃん達も恒例の人形おままごとを始めていて、とても楽しそう。

 私はちょっと性格上参加しづらいので、いつも通りそばで眺めるだけだが。

 参加する場合は基本的にマルルちゃんの夫役だけと決めているのだ。


 そこで私は叔母上からもらった経済新聞を片手に、今までの三年間をまとめてみる事にした。


 どうやら私の推測は正しかったらしく、聖護防壁は世界から消え去った模様。

 おかげで世界中にて魔物が暴れ、既に一部の地方が壊滅したという噂も。


 魔物は一体でも一般兵が苦労して倒せるというくらい強いから、数で攻められたらひとたまりも無いだろう。

 ま、私を排除した結果がこれなのだから自業自得だな。


 なお私の断罪を行った帝国は今、世界中から非難のマトになっている。

 で、非難したのも賛同国と……これも救いが無い。


 処刑を望んだ民衆も自分を棚に上げていて情けない話だ。

 聖護防壁がなくなった事を今さら責めた所で意味も無いだろうに。


「確かここアウスティア王国も魔戦王の処刑に賛同していたような」

「ハッ! 我が国はかの魔戦王とかかわりが薄いゆえ! しかし処刑の際は益が無いからと、高位魔術師派遣を拒みました!」

「なら聖護防壁が消えても文句言えないと思うのだけれど?」

「その通りでございますゥ! なればその件で責め立てたワタクシめをどうか存分になじってくださいませェ!」

(もうダメだコイツー!)


 ついでに今の祖国も反魔戦王派ときたか。

 もうどうでもいいはずなのだが、やはり鼻に付くな。

 世間が早くその名を忘れてくれればいいのだが。


 幸い、叔母上にも私が魔戦王である事はまだバレていない。

 しかし呪縛から解き放たれるまではとても安心できんな。


 もっとも、私はこの村で目立たず平穏に暮らせればそれでいいのだが。


「わたくしせんじつ、十三人目の愛人をついほーしましたの」

「まぁすてき、わたくしは夫の不倫相手を罠にはめてしょけいしましたのよ」


 一方の子ども達のおままごとは果てしなくドロッドロで平穏もクソも無いけどな。

 一体どこからそんな貴族情報を得たんだ君達は。農民なのに!


 というか今の貴族って本当にそんな事してるの!?

 叔母上でさえドン引きしているじゃないか……!


「メリーさんが、やってきました。こんにちはー」

「いらっしゃいメリーさん、きょうもまずしい身なりなのね」

「このどていへんがー」


 そこでメリーさんことマルルちゃんの登場だ。

 手作りの人形でせいいっぱい下層階級の少女を演じている。

 こういうおままごとでもイジめられ役なのはもはやお約束である。


「あっ!」

「「あーーーっ!」」

「ん、どうしたの?」


 けど盛り上がろうとしたその時だった。

 突然、場違いな大声が子ども達から上がって。

 それでふと私も覗き込んでみたのだが。


「人形の足、とれちゃった」


 どうやらマルルちゃんの人形が壊れてしまったようだ。


 なんでも、この人形はマルルちゃんが生まれた時から持っていた物らしい。

 両親に作ってもらって以来、今までずっと大切に使ってきたものなのだ。


 ただ品質はといえば、元々劣化した毛糸を編んだ物だからすごく悪い。

 もう繊維が限界なようで、触るだけで欠片がポロポロと落ちてしまう。

 これでは例え直す事はできても、使う事はもう叶わないだろう。


「うー……パパとママに作ってもらったお人形なのに……!」

「「泣かないでマルルちゃん!」」

「う、うぇえええ~~~!」


 しかしそんな都合など子どもにわかる訳もなく、とうとうマルルちゃんが泣き始めてしまった。


 だがこんな事態を、私が見捨て置くなどありえないッ!!


「マルルちゃん悲しまないで! こうなったら私がマルルちゃんの為に、遊ぶための新しい人形を作ってあげるから!」

「……えっ?」


 ゆえに光の速さで傍へ寄り、こうしてすかさず励ます。

 彼女のためならば、私はどんな事でもしてみせよう。


 ならば遊ぶための人形を造るなど、造作も無い事だッ!

 やった事ないけど!






 ――で、その日の夜。


「よし、まずは構想から始めよう。さすがに私も人形を造った事はないし。石膏像ならあるけど、あれは動かないからなぁ怪光線が発射できるだけで」


 私はまず早速、机に向かってペンを走らせていた。


 私の性格上、造るならば徹底的にこだわりたい。

 それにマルルちゃんのためなのだから最高の逸品を贈りたい。

 ならいっそ究極に実用的な人形を造ろう、と思い立ったのだ。


 だがしかし、この構想が困難を極めた。

 粘土で人体を模してみたものの、小さいし生物と構造が違うからまるで上手く行かない。

 人造人間を造った経験など、人形造りにはまったく通用しなかったのである。


 そこで私は目的をしぼり、まず関節機構の構築から始める事にした。

 人のように、かつ機構的に動かせる素体の開発だ。


 ただこれは考えるだけではダメだ。モデルがいなくては。


 そう思い立った私はすぐに近くの山へと発ち、最近残虐だと噂の山賊一味をまとめて収縮魔術で縮め、ビン詰めにして捕縛回収。

 その夜の内に、手に入れた素材を実際に動かして可動域を脳にインプットした。


 こうして全素材を消費しきった所で、構想がようやく理想形に。

 なお使い果たした素材はちゃんと土に還したので心配はいらない。


 それから私は三日三晩を一切眠らず、構想設計通りに人形を造り始めた。

 昼間はマルルちゃん達と遊びに、夕暮れは家事の手伝いをして、手が空いた時と皆が寝静まった後に人形製作作業を続行だ。


 そして来たるべき四日目の朝。


「遂に、遂にできた……ヒッ、ウヒヒッ!」


 私はとうとうやり遂げたのだ。

 マルルちゃんにプレゼントするための、完全可動人形の素体完成である。


 これにはさすがの私でもハイテンションになってしまった。

 三日三晩動きっぱなしはこの身体には酷だったらしい。


 しかし感無量だ。

 ここまで人らしい動きができる人形は他にあるまい。

 自立さえできる新時代のおままごと人形フィギュア、その名もMGミルカグレードモデル!


 さて、後はこれをプレゼント用に仕上げるだけだ。

 マルルちゃんの喜ぶ顔が目に浮かぶようだなぁ……ぐひひっ!




 だがこの時、私はまだ気付いていなかったのだ。

 この人形にはまだ大いなるポテンシャルが秘められていた事に。

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