第2話

病院にて。

ピッピッピッピッ、、、、

心電計はベッドに横になっている女性の心臓の動きを伝えている。

女性の脈は安定している。

こじんまりとした白亜の一室のベッドに女性が横になっている。

傍で男性が女性の手を両手で優しく包んでボーッと心電図の様子を眺めている。

 女性は瞼を閉じながらも、瞼がピクピクと小刻みに振動している。瞼の下の眼球が絶え間なく動いているのだ。

 レム睡眠。

 身体は弛緩し、休んでいるが、脳は活動を続けている。人はレム睡眠の間、夢を見ていると言う。

 彼女は一体どんな夢を見続けているのだろうか?

 此処は央都中央病院の個人病室511号室。部屋の表札には「北條」と記載されている。

「すず、調子はどうだい?」

北條秋月は横になっている女性にそう尋ねた。

北條すずからの返事はない。以前と安らかな表情で眠り続けている。

「すずはいつまで眠っているんだい?もう朝だよ。」

すずからの返事はなかった。秋月は思わずすずの身体を揺さぶった。通常のレム睡眠の人は眠りが浅いため、少しの刺激が加えられれば、起きるはずだった。しかし、すずは以前安らかな寝顔を浮かべて起きることはなかった。

 

 今から約一ヶ月前のこと。その日の朝は、重く雲が垂れ込みどんよりした日だった。

「すず、おはよう」

 秋月は眠たい目をこすりながら隣のベッドで眠っているすずに声を掛けた。

 いつもであれば、「ぐぬぬぬ、、、」というような奇妙な鳴き声をあげるがその日は一切反応がなく眠り続けていた。

 朝の弱いすずのことだからと、いつものように、先に起きてコーヒーを淹れる。

「すず、コーヒーが入ったよ、、、まだ眠ってるのか〜、この眠り姫め〜」と言いながら秋月は再びベッドに近づく。

 いくら揺すってもすずからは全く反応が返ってこず、すずは眠り続けていた。

「すず、起きて!どうしたの?ねえ、起きてよ!」

 いくら呼びかけても揺すっても眠りが一向に醒める気配はない。

 まさか、死んでないよね?

 急いで呼吸を確認するとスースーと規則的に静かに呼吸をしていることが分かった。

 よかったが、問題は何一つ解決していない。

 その後救急車を呼んで、近くの病院に向かった。医者も異常事態であることはすぐに察知したが、原因が分からなかった。

 何件かの病院をたらい回しにあったが、この央都中央病院でようやく病名が分かった。


 慢性的不起症(Chronic non-waking symptom)


 北條すずは起きなくなった3月3日から4月4日の三十二日間に渡り、眼を醒まさずに眠り続けている。

すずの手を握る秋月の掌が震え、頬から一筋の水滴が流れ落ちる。

「すずが頑張って闘っているのに、僕が弱気になっちゃちゃダメだよね、、、」

秋月は袖で頬を拭い、気を紛らわすように、病室のTVをつけた。

 「次のニュースに移ります。次のトピックは慢性的不起症(Chronic non-waking symptom)に関してです」

 秋月はハッとした。

 人気絶頂のアナウンサーである井場琴美がゲストの白衣を纏った医者然とした男に話を振った。

「慢性的不起症という単語は全く耳にしたことがないのですが、これはなんなのでしょうか?」

「これは、通称眠り病と言われている症状のことです。このおとぎ話のような名前が巷には広まっていますが、耳にしたことがあるのではないしょうか?」

 アナウンサーの井場は聞いたことがあると言うように強く二三度頷いた。

「みなさんも何処かで耳にしたことがるのではないでしょうか?その名前の通り、患者は眠りについたまま覚醒することがありません。今まで、医学会ではこの症状に懐疑的であったため、様々な根も葉もない噂が飛びかておりますが、、、本当に存在する症状です」

「私もネットでそんな症状が最近流行っているという噂を見たことがあります」とベテランコメンテーターの安斎敏樹が言った。

「そういった根も葉もない噂が広がっておりますが、ようやく医学会でもこの症例が認められたのです」

 医師は語気を強くして語っている。

「私も長くこの症状の究明ための努力を行ってきました。最近、この慢性的不起症の患者数が増大しております。五年前には世界で同様の症状が見られたのは三十件だけでした。しかし、現在では日本国内だけで約百二十件もの症例が確認されております。」

「なぜ、日本国内でそんなにもの数の症例が確認されているのでしょうか?」と井場が尋ねる。

 この症状の一番難しい点はまだ原因が解明されていないことです。私も長らくこの慢性的不起症に向かい合ってきた者ですが未だに原因が分かっておりません。そもそも通常の病とは決定的にその症状が異なっております。患者の症状は何も健常者と異なる点はないのです。ただ、眠りの時間が極端に長いと言う点を除いて。患者は眠りについてから覚醒することがありません。その間、レム睡眠に陥っており、夢を見続けていると考えられております。レム睡眠とは浅い眠りのことで、夢を見るときの睡眠です。

 通常の睡眠ですと、レム睡眠とノンレム睡眠を大体三十分ごとに繰り返す睡眠パターンになるのですが、慢性的不起症の患者は常にレム睡眠、つまり夢を見続けているのです。

「そんな症状があるんですね、、、ただ静かに眠り続けるなんて、、、」井場は難しそうな顔をする。

 井場もきっと自分の大切な人が眠り病になっことを想像しているのだろう。秋月はTVからベッドの上で眠るすずに視線を下ろす。彼女の瞼は小刻みに揺れていた。やはり、すずも何かしらの夢を見ているのだろう。その夢が幸せなものであることを願った。

「症状以外に分かっていることはありますか?」とベテランコメンテーターの安斎が医師に尋ねた。

「どうやら、全ての患者には何らかの精神的ストレスがあったことは確かなことです。強い精神的トラウマ、例えば大地震等の自然災害、争いや戦争による荒廃等の過度なストレスが発生した時期と患者数が増えたと予想される時期は一致しております。しかし、精神的ストレスがあった人が全て慢性的不起症に陥るわけではないので、また別の要因もあると我々は考えております。」

 

 

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