第17話 待ってる

深夜まで泣き続ける奏を元彌はずっと見守るしかなかった。奏の辛さが、何もできない自分の不甲斐なさが、元彌の涙を誘う。

それから奏はそのまま寝入ってしまった。元彌はその寝顔を見つめながら、ずっと泣き続けた。奏はあの人との別れを選んだが、必ずしも自分の元へ帰ってくるとは限らない。それでも、少なくても友人として側にいられるかも知れない。今はそれでいい。奏の気持ちが落ち着くまで、俺が想いを閉じ込めればいい。

これ以上、奏を苦しめたくない。

奏が元彌の前であんなに声を出して泣いたのは初めてだった。今まで1人でこの部屋で泣いている時も奏は静かに泣いていた。それが、あんなに声を上げて泣くなんて、余程辛かったはずだ。今はただ待っていよう。それしか今の俺にはできないかもしれない・・・


いつの間に寝てしまったのか、目覚めたら部屋に戻っていた。元彌は慌てて体を起こし、奏へメールを送る。

怪我は大丈夫なのか、起きてまた1人で泣いていないか、そしていつでも俺を呼んでと最後に付け足す。一度送信してから、少しの間だけ考えてまたメールを打つ。

(俺の事は心配しないで。時間かかってもいいから元気かどうかだけ返事待ってる)

もう一度送信してから、携帯をベットに置く。そして腫れぼったい瞼を冷やす為に洗面所へ向かった。

この前、腫らしたまま仕事に行ったら散々揶揄われたので、今日は念入りに冷やして仕事へと向かった。

その日の夕方、奏からメールが届く。

(昨日はありがとう。とりあえず元気です。これから会えませんか?)

その短い返事に元彌はすぐさま返事を返す。

(俺も会いたい)

(元彌の部屋に行くね)

奏からの返信に元彌は急いで身支度をして帰路へ向かう。足早に改札を抜け、まだ来ていないだろうと言うのに早る気持ちが足を動かし、いつの間にか自宅まで走っていた。

玄関に辿り着くと、奏の姿を見つける。息を切らしながら奏に声をかけると、汗だくになっている元彌にびっくりするものの、すぐに笑顔を見せてくれた。

頬には絆創膏が貼られ、昨日の事が現実なんだと実感する。

「中に入れてくれる?話したい事があるんだ」

奏の言葉に元彌は頷き、玄関を開ける。お邪魔しますと小さく呟き、奏は部屋へ入って行く。ソファーに腰を下ろす奏にコーヒーでも入れると言ってキッチンへ向かうが、奏に止められる。

「先に話をしよう。座って」

奏は自分の隣をトントンと叩いて招くが、元彌は敢えて向かい側に座る。その様子に少し呆れた様なため息を吐きながら、奏は話始めた。

「元彌、君はナナイロ児童福祉園って知ってるよね?」

いきなり何の話かと呆気に取られる。だが、奏の出した名前に確かに覚えがあった。昔、母が長期入院になって、父だけでは面倒が見れないからと5歳くらいの時に一時預かりでそこでしばらく過ごした事があった。

戸惑う元彌にやっぱりと声を漏らし、奏は話を続けた。

「君があのネットの記事を見せてくれた時に思い出したんだ。あのクマをくれた男の子の事を。それから、友達が君の事をもっくんと呼んでる事を知った時、もしかしたらと思ったんだ。そして、君の泣き顔を見て確信した」

奏の話に元彌は自分の記憶を辿る。ぼんやりと思い出されるのは、自分より小さな体の男の子。何故かその子とだけ仲良かった。あの当時元彌は泣き虫だった。急に預けられた事が悲しくて毎日の様に泣いていた。それをいつも慰めてくれていたのがその男の子だった。

「じゃあ、あの子は奏なの?古くからの友人って・・・」

元彌の呟きに奏はコクリと頷く。そして、大きめの鞄からクマを取り出す。

「これは君がくれたんだ。園を出る時に泣きながら僕にくれた。僕の事が大好きだから、自分の1番好きな物をあげるってね」

奏の話に当時の記憶が鮮明に思い出される。そうだ・・・あの時、あの子と別れるのが悲しくて、母からもらった大事なぬいぐるみをあの子にあげたんだ・・

「多分、僕の記憶違いでいつの間にか(もっくん)が(もーちゃん)に変わったんだ。小さい頃の事だからね。きっと僕も悲し過ぎて記憶が曖昧になってたんだ」

奏は優しい表情で、クマの頭を撫でる。そして、元彌に笑顔を向ける。

「元彌のおかげで僕は寂しさをこの子と分け与える事ができた。だから、今まで頑張ってこれた。どんなに辛い時でもこの子がそばにいてくれた。元彌、僕にこの子をくれてありがとう」

奏がクマの頭を下げながら、一緒に頭を下げる。それを見た元彌は自然と涙が溢れる。

「そっか。俺、奏の役に立てたんだな。良かった・・・本当に良かった」

膝の上に置いた拳をギュッと握り締め、元彌は俯きながら涙を流す。

「本当に君は昔から泣き虫だね」

そう言って笑いながら、奏は元彌の側へ歩み寄る。そして昔と同じように、片手は元彌の手を握り、片手で頭を撫でた。

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