第16話 奏の答え

「いらっしゃい」

笑顔で元彌を迎える奏はどこかスッキリした顔をしていた。たった一週間会えなかっただけなのに、奏の顔を見た瞬間、目頭が熱くなる。

「もう、泣かないで。元彌、これから崇がここに来る。今までホテルに泊まって1人で考えてたんだ。それで、やっと答えが出た」

奏の話を必死に涙を堪えて聞く。

「少し隠れててもらうけど、僕の出した答えをここで聞いてて欲しい」

「わかった・・・俺も奏の答えを見守るために来た。どんな事でも黙って聞くよ」

「ありがとう」

奏のお礼が出たと同時に玄関が開く音がして、奏は元彌を隠すようにラックを引く。

「奏・・・」

「元彌から僕に会いたがってるって聞いた」

「・・・あいつは何なんだ?」

「それより、話をしよう。座って」

奏に促されて崇はソファーに腰を下ろす。

「奏、俺が間違ってた。他の人はみんな切ってきた。だから、俺ともう一度やり直してくれないか?もう裏切ったりしない。俺は奏を愛してるんだ」

「・・・・」

「お願いだ。帰ってきてくれ。俺にはお前しかいないんだ」

「ねぇ・・・崇、気付いてた?」

「・・・何をだ?」

奏の問いにわからないとばかりに首を傾げる。奏はゆっくりと崇の手元を指差す。

「リング・・・付けてないよね?それも、だいぶ前から」

その言葉に崇は慌てて手元を見る。

「誰かと会う時に外してそのまんまでしょ?僕、気づいてたよ。初めて崇が別の人の香水を漂わせて帰ってきた頃から、時折、リングを外してる事も・・・最初は隠してたのに、だんだんそれが習慣になったのか、しなくなったよね?」

「それは・・・」

奏の指摘に崇は言葉を詰まらせる。奏はゆっくりと自分の指からリングを抜き、テーブルに置く。

「もうこれは意味がないね」

「待ってくれ、奏。リングなら買い直そう。そうだ、また新しいリングを買って俺に誓わせてくれ」

「崇・・・もう遅いんだよ。見ないフリをした僕も悪い。その都度、嫌だって怒れば良かったんだ。でも、僕は、僕には崇しかいなかったから、そう言った事で崇を失うのが怖かった。崇は1人だった僕を救ってくれた。片思いだったはずの僕に愛を誓ってくれた。僕はそれにしがみついてしまった。だって、僕は崇を愛していたから。長い事、崇だけを想ってきた。一度もわき目を降らず、崇だけを見てきた。だから、わかったんだ。崇の気持ちがズレて来ている事に・・・」

奏の声が涙声に変わる。それでも元彌は必死に耐えて話を聞く。

「もう愛してないのか?あいつ・・・あいつの所に行くのか?俺は確かに他所に目が行ったが、愛していたのは奏だけだ。今でもそれは変わらない。なのに、お前は裏切るのか?」

「裏切る?」

「そうだ。俺は心だけは裏切ったつもりはない」

「ふっ、一緒に抱き合って寝た後に、他の人の名前を寝言で呼ぶのに裏切ってないの?」

「・・・・」

「もう終わりにしよう。崇の事は好きだけど、もう愛してない。前みたいに愛する力が湧かないんだ。僕の心は枯れてしまったんだよ」

「・・・あいつだな。今日も来てるんだろ?」

そう言うと崇はラックの方へと歩いていく。その後を慌てて奏が付いてくる。

「やめて、彼には関係ない」

奏の言葉を無視して崇はラックを薙ぎ倒す。怒り狂った崇は壁を蹴り飛ばすと、元彌は崇の顔を睨みつける。

「お前のせいで奏がおかしくなった。消えろっ!奏はここから出さない。二度と現れるな」

「いやだっ。あんたの言うことは聞かない」

「この野郎っ!」

腕を振り上げる崇の姿を見て、元彌は歯を食いしばる。ここで気絶してはダメだ、最後まで奏を守らなきゃ・・・そんな思いが湧き上がる。

バチンッと鈍い音がすると同時に奏が倒れ込む。

「奏!」

元彌と崇の叫び声が重なる。唇を切ったのか口元から出る血を拭いながら、奏は元彌の前に憚る。

「やめて・・・元彌は僕の古くからの友人だ。手を出さないで」

奏の言葉に元彌は眉を顰める。古くからって何のことだ?

「何故、そいつを庇うんだ・・・本当にもうダメなのか?」

「もう僕の心が無理なんだ。さっきの崇の言葉は嘘じゃ無いってわかってる。でも、もう無理なんだ・・・辛いんだよ・・・」

涙を流しながら奏は崇に訴える。崇の目からも涙が溢れる。

「ごめん・・・奏、ごめん」

嗚咽交じりに崇は奏に謝る。そして、ゆっくりと立ち上がり、少しだけ俺にも時間をくれと言い残し部屋を出ていく。

奏は玄関の閉まる音を聞きながら声を出して泣き続けた。

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