第8話 2人の過去

「いらっしゃい。最近、皆勤賞だね」

そう言って微笑む奏に釣られて元彌も微笑む。

「最近、コントロールできるようになったからな」

元彌はドヤ顔でそう言い返す。YUUの部屋に行った後から、元彌はほぼ毎日の様に奏の部屋に来ていた。今日でもう二週間だ。

「ふふっ。あっ、そうだ。明日は僕が用事あって遅くなるから、たまには友達の所に行っておいで」

壁の目の前にあるいつもの大きなクッションに腰を下ろし、床に持ってきたマグカップと最近用意してくれるストロー付きのコップを置く。ストロー付きはもちろん元彌の分だ。

「仕事?」

「・・・・彼氏と久しぶりに出かける」

ほんのり頬を染めながら呟く奏に、やっぱり胸がチクチクする不思議な感覚に襲われる。

「そっか。良かったな」

「ありがとう」

「じゃあ・・・3日後くらいがいいかな?」

「なんで、そんなに空けるの?」

身を乗り出して尋ねる奏に、チクチクが収まらない元彌は少し引き攣る様に笑いながら答える。

「ほ、ほら、久しぶりだからさ、何かこー盛り上がっちゃって、お邪魔しちゃったら悪いかなーと思って・・・」

そう言ってる間に元彌の胸はチクチクからズキズキに変わる。

「だめ。明後日には来て。多分、また仕事でいなくなるから・・・」

「そんな事ないよ。明日楽しめたらさ、ちょこちょこ帰ってくるかも知れないだろ?」

「・・・わかるでしょ?元彌、ここ最近ずっと来てるのに、彼に会った事ないじゃないか。それに、仕事、忙しいし・・・」

「それは・・・」

奏の言葉に元彌は声が詰まり返せない。確かにこの二週間、一度も帰ってきてない。多分、あの日声を聞いたのが最後だとしたらもっと長い間、帰って来ていない事になる。

「彼とはね・・・高校の同級生なんだ。僕の初恋の人。不思議と話がよく合ってね、僕の片思いかと思ってたんだけど、彼の方から告白してくれてそれからずっと一緒にいる」

懐かしむ様に語りだす奏の話を、元彌はじっと黙って聞く。

「大学は別々だったけど、その頃から一緒に住み始めた。最初は僕は寮に住んでたけど、彼が誘ってくれたんだ。それで、同棲し始めた日を記念日なんかにして毎年祝ってたんだけど、互いに就職して暫くしてからはそれも難しくなってきてね」

記念日・・・その言葉にあの日奏が呟いた何の日か知っているのかと言う言葉を思い出す。

「彼の仕事、IT関連でね、今は自分で会社立ち上げて小さいけど、一応、社長さんなんだ。あ、僕は市の図書館で仕事してる。本が好きなんだ。彼と出会ったのも実は学校の図書館」

ふふッと笑いながら話を続ける。

「会社立ち上げてからはずっと忙しくてね。それでも、何とかうまくやってたんだけど、3年前くらい前からかな。彼があまり帰らなくなった。何となく影があったのは気づいていたんだ。多分、こう言うのは一度や二度じゃない。まぁ、きっと遊びなんだろうけど、ここ最近は違うんだよね。今だって出張だと言ってたけど、それはきっと嘘だ。彼は僕にバレてないと思ってるけどわかるんだよなぁ・・・そう言うのって。特にこの能力が付いてからは嘘がわかるから・・・」

寂しそうな表情で少し沈黙した後、奏は元彌の目の前に左手をかざす。

「見て、これ」

そう言われて奏の手に視線を向けると、左手の薬指にキラキラ光るリングが目に入る。

「25で会社立ち上げるってなった時に彼がくれたんだ。これから大変だと思うけど、ずっと俺の側で支えてくれって。それから、この先も変わらない愛を誓うから、僕も誓ってくれるならリングを受け取ってくれって・・・ふふっ、真っ赤な顔でさ、まるでプロポーズみたいだった」

なのに・・・とかざした手を下ろし、手に視線をやりながら親指でリングを摩り呟く。

「どこでズレたのかな?どこから、間違えたんだろう・・・」

「・・・なぁ、奏」

元彌は重い口を開く。元彌の声に奏は顔をあげ、にこりと笑う。

「何?」

「きっと大丈夫だ」

「うん・・・ありがとう」

大した慰めの言葉も出ない自分が悔しくて、ついぽろっと口にする。

「俺がいるから・・・」

「えっ?」

奏の返しに、元彌は自分が発した言葉に気付き、慌てて誤魔化す。

「あっ、違う!俺は友達だろ?友達の俺がいるから大丈夫だって事。いつでも応援してるし、何かあったら話聞く」

「あ・・・うん」

気まずい雰囲気が流れるが、焦った元彌は口が止まらない。

「奏、携帯開いて」

「うん?」

「俺の電話番号登録してくれる?あ、何かあった時用に・・非常用でいいから!」

「・・・そうだね。僕達もう友達だから連絡先交換しようか」

「いいの!?俺はただ、お守り的な意味で知ってて欲しかっただけだから・・・ちなみに今、かけても体ないから電話取れないぞ」

「ぷっ、そう言えばそうだ」

声を出して笑う奏に、胸がドキドキ高鳴る。

(体無いのに、なんで俺の胸はこんなに忙しいんだ!)

冷や汗が壁に垂れる感触がして、更に元彌は焦る。

「うわぁ・・・どうしたの?」

「えっ?何が?」

「何か壁に水見たいのが垂れてきた」

明らかに引いた顔で壁を見つめる奏に元彌は言葉を取り繕う。

「な、何だろう?急に暑くて・・・」

「えっ!?体の方が火事とか無いよね?」

「えっ?い、いや、大丈夫だと思う」

「心配だから戻って!」

「いや、寝ないと戻れな・・・いたっ!」

話の途中で奏が元彌の頬辺りを叩く。何事かと視線を上げると、手を振り上げ怖い顔で元彌を見下ろす奏の姿が見える。

「今すぐ寝れないなら、気絶させる・・・」

「え・・・ちょ、ちょっと待って・・・」

「待てない・・・何かあったら遅いでしょ・・・」

「え・・いや・・・ちがっ・・待って」

容赦なく叩く平手打ちに、奏のご希望通り気を失う元彌だった。

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