第7話 気になる名前

「もーちゃん・・・」

翌朝、目が覚めてから元彌はクマのぬいぐるみの名を口にする。

「どこかで聞いた名前なんだけどな・・・」

ぶつぶつと呟きながら、ベットから這い上がる。顔を洗い、会社に行く身支度をしながら何度もクマの名前を呟く。

トーストの音に誘われる様にキッチンへと向かう。皿に食パンを乗せ、入れたてのコーヒーを持ってテーブルに置き、一口パンを齧ると、昨日の奏の顔が浮かぶ。

昨日は何の日だったんだろうか・・・結局、昨日は奏の悲しい顔を見たくなくて、別の話で盛り上がって寝落ちしてしまった。

最後ら辺は笑顔になっていたが、泣いた跡が残る目元が痛ましかった。

もう関係は修復できないのだろうか・・・相手が浮気相手に本気かどうか知らないけど、もし、修復できるのなら、奏がそれで笑顔になるのなら元に戻って欲しい。

そう思うと同時に胸がチクンと痛む。元彌は何故か痛む胸を摩りながら、最後の一口を口に詰め込み、コーヒーを飲み干し、会社へと向かった。


「思い出した!」

「びっくりした!」

元彌の大声にYUUが驚き、ミニテーブルに置いてあった缶ビールを溢す。

「何だよ、急に・・・」

慌てて缶を掴み、ティッシュでテーブルを拭く。

「これ、使って」

奥から女性がタオルを持って駆け寄ってくる。今日はYUUに彼女を紹介したいと言われ、いつもの壁としてお宅訪問していた。

最初はやっぱりびっくりして、ぎこちなかった彼女だったが、さすがYUUの彼女だなと思うくらいすぐに打ち解けてくれた。

「ご、ごめん。大丈夫?」

元彌は2人に謝りながら、思い出した事を話す。もう何度も奏の話を相談に乗ってもらっている内に、苗字こそは明かさなかったが、名前は相談の時についぽろっと言ってしまっていたので、躊躇わずに奏の名前を出す。

「実はさ、奏の力になれないかなって自分でこの都市伝説について調べてた時に、幽体離脱って能力の体験談見つけてさ。そこに寂しい思いをしている少年と出会った話が書かれてあったんだ」

俺は記事の内容を大まかに2人に話した。

「幽体離脱とか、本当に何でもありだな・・・」

YUUが呆れた顔で元彌に呟く。

「本当だよ。何でもありのクソ魔法だよ。あっ、彼女さん、ごめんなさい」

「いいんですよ。聞いてて楽しいし」

「・・・YUUは本当に素敵な彼女に出会えたんだな。羨ましい」

「だろ?俺は昔も今もこの先も彼女だけだ」

そう言って、YUUは彼女の肩を抱き寄せる。彼女は恥ずかしいのか、肩に置かれたYUUの手を叩く。

「それで、幽体離脱と奏さんと何の繋がりが?」

YUUの声に元彌はそうだと呟き、話を続けた。

「この前、奏が昔から大事にしてて自分の友達だって紹介されたクマがいるんだけど、その幽体離脱の人が出会った少年もクマのぬいぐるみを持ってたんだ」

「偶然じゃ無いのか?」

「持っているだけなら偶然なんだよ。でもな、その人が少年がクマに名前を付けてたって言ってて、その名前が奏が言ってた名前と一緒なんだよ。なぁ、これって偶然じゃ無いよな?」

「なんて名前なんですか?」

隣から彼女が問いかける。元彌は彼女に視線を向けてポツリと名を口にする。

「もーちゃん・・・」

その名前に2人は眉を顰める。

「クマにもーちゃん・・・確かに変わってるし、そうそうないな」

「だよな!」

目を大きく開き叫ぶ元彌にYUUは大きく頷くが、隣にいた彼女は、でもと言葉を詰まらせ俯く。

「どうした?」

YUUが彼女の顔を覗き込み、元彌も視線を向ける。彼女はゆっくりと顔をあげ、悲しそうな声で口を開く。

「それが同一人物なら、その奏さんは幼少の頃、すごく寂しい思いをして育って、本気で好きになった人には裏切られて、悲しい事だらけじゃないですか」

その言葉にYUUと元彌は息を呑む。

「うちも長いからわかるんです。この人とは互いに初恋で、嬉しい事にこの年まで互いに好きでいられて幸せなんです。その年月に練り込まれた出来事や想いはそう簡単に割り切れる物じゃない。やっと手に入れたかも知れない幸せが、人生の一部となってる年月がなくなってしまうってのは凄く怖いです。その人の想いが強ければ強いほど、辛いはずです」

最後は捻り出すような声で呟き、彼女は目を伏せる。YUUは彼女の肩をまた引き寄せる。

「お前にはそんな思いさせないからな」

そう囁きながら、彼女の髪に顔を寄せる。そんな2人を見ながら、元彌はただただ口を紡ぐしかなかった。

きっと今日も1人であの部屋にいるだろう奏の姿が思い浮かぶ。

今は壁で、無いはずの胸がチクチク痛む不思議な感覚が元彌を襲っていた。

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