第6話 一番の親友
あれから暴走しがちな能力も落ち着いてきたのか、週1だった奏宅の壁訪問も週3迄行けるようになっていた。
行く度に深夜まで話したり、時には一緒に映画を見たりしながら、リアルな友達のような関係を築いていた。
それが1ヶ月も続いたある日、奏の自宅に尋ねるとまだ帰宅していないのか、部屋は薄暗いままだったが、ふといつもクッションに目をやると、何か黒い塊が置かれているのに気付く。
何だろうと疑問に思いながら、目を凝らしているとうっすらぬいぐるみの様な形をしているのがわかり、耳の形からクマでは無いかと思い始めた。
目を細めたり、大きくしたりしながらそれを見つめていると、部屋の明かりが付き、元彌は声をかけようとして視線をやると、奏は別に視線をやりながらサッとラックを引き、元彌の視線を塞ぐ。
しばらくすると、奏とは別の男性の声が聞こえた。
「すぐ仕事に戻る。今日は服を取りに来ただけだ」
「そう・・・」
「何だ?寂しいのか?」
「・・・・」
「もう少しで大きな案件が片付く。そしたら、久しぶりに一緒に食事にでも行こう」
「わかった」
そのやり取りを息を殺しながら元彌は静かに聞いていた。ドアが開く音と、奏とは違う足音が行き来する中、奏がソファーにもたれている背中が見える。
「ねぇ、今日が何の日か知ってる?」
寂しそうな声で話しかける奏の声。その声に淡々と答える男の声。
「何だ?なんかあったか?」
「わからないならいいよ」
「すまん。もう出ないと・・・見送ってくれないのか?」
男の問いに黙ったままの奏。すると男の大きなため息が聞こえ、ズカズカと足音を立て部屋を出ていった。その音を聞きながら、ズズっと鼻を啜る音が聞こえた。
男が出て行った後も、しばらくソファーから動かない奏を心配して、元彌がわざとらしく声を放つ。
「おぉ・・今日はクマがお迎えかぁ・・・」
大きくもなく、小さくもなく、今来たかのような素振りで呟く。その声に、奏が振り向き、慌てて袖で涙を拭うような仕草をし、ラックへ近寄ってくる。
「いらっしゃい」
明らかに泣いた後が残る目元だが、奏は笑顔で元彌を迎える。そして、クマを抱き抱えてクッションに腰を下ろすと、元彌の目の前にクマを差し出す。
「この子はね、僕の一番の親友なんだ。この前、元彌が自分の友達の話をしてくれたから、僕も紹介しようと思って・・・それに、最近、ここで寝てしまう事が多いから、寝室に1人置いて置くのは可哀想だと思ってね。これからは、僕がいない時はこの子がお迎えするからね」
そう言って、クマの頭を撫でながら優しく微笑む。明るい所で見るそぬいぐるみは年季が入っているのか所々、糸がほつれていて、少し色も褪せていたが、茶色にクリクリとした黒い目の可愛らしいクマだった。
「お迎え、ありがとう。クマさん」
元彌がお礼を言うと、奏はどういたしましてと声を変えて答える。その声に元彌つい声を出して笑う。
「今日、来てくれて良かった」
俯きながら呟く奏に、元彌は慌てて話を繋ぐ。
「この子とは長い付き合いなの?なんか年季入ってるよね?」
クマの話題が正解だったのか、奏は嬉しそうに元彌を見上げる。
「この子はね、僕が5歳の頃に大切な友達から貰ったの。それからずっと一緒なんだ。可愛いでしょ?」
「うん。可愛いね。凄い大事にしてたのが伝わる」
「うん。僕の大切な宝物で大切な友達。・・・元彌、ありがとう」
「何が?」
「いい年してぬいぐるみが友達なんて言ってるのに、バカにしないでくれて・・・」
「バカになんてしないさ。奏だって俺がオタクで、リアルでは友達少なくて、その少ない友達もオタク仲間だって言っても、バカにしなかっただろ?」
「うん・・・でも、ありがとう」
クマを抱きしめながら微笑む奏に、元彌は顔を赤らめる。
(うっ・・・奏が可愛い・・・)
聞こえやしないかと心配してしまうほど、胸がドキドキしているのがわかる。無論、壁なので聞こえはしないのだが、それでも胸が騒がしいのが奏にバレて欲しくなかった。
「あっ、この子、名前もあるんだ」
「な、名前?」
急に声を上げる奏に焦りながらも、元彌は平常心を装って問うと、奏は笑顔のままで名前を告げる。
「もーちゃんって言うんだ」
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