第3話 気になる存在

「やっと来た・・・」

「ほ、本庄さん?えっ?本当に来れた・・・」

夜、本庄を思い浮かべながら眠りについた元彌は、目を開けると目の前で目も顔も赤くしてフラフラしている青年の部屋に来ていた。

「一週間、何してたんだよ?」

「あ、すみません。俺、まだ、コントロール出来なくて・・・本庄さん、酔ってます?」

「奏!かーなーたー!」

「か、奏さん。大丈夫ですか?え?あ・・泣いてました?」

「違う。でも、ちょっとだけ。すこーしだけ・・・グスッ」

鼻を啜りながら、大きなクッションにもたれ、側にあった缶ビールをグイッと飲む。

「か、奏さん、もう辞めた方が・・・」

「飲みたいんだよ。1人は嫌だ・・・何できてくれなかったの?」

目の前でグズグズといじける奏にオロオロしながら、ごめんなさいと謝る。

「本当、くそ魔法だよな・・・」

「奏さん、何かあったんですか?」

「俺の魔法、何だと思う?」

苦笑いしながら元彌を見上げる。元彌は少し考えて応える。

「心が読める・・・とか?」

「ふっ、惜しい・・・」

「何の魔法ですか?そんなに辛い魔法ですか?俺より?」

「確かに、壁も辛いよね」

奏は腹を抱えて笑う。その姿に少し安堵した元彌もつられて笑う。

「でも、奏さんは綺麗だからモテると思うんだけどな・・・」

元彌がポツリと零した言葉に、奏は笑うのをピタッと辞め、またビールを口にして黙り込む。

綺麗と言ったことが気に入らなかったのかと元彌は心配になるが、実際、奏は本当に男にしては綺麗だ。茶髪の少し長めのショート、目は大きいし、鼻もスッと伸びて口はほんの少しぷっくりとしている。

「・・・モテるねぇ・・・」

急に口を開いた奏に、元彌はビクッとする。奏は元彌に視線を向けながら、ぽそっと呟いた。

「俺、ゲイだから。しかも、抱かれる側だから一生童貞だよ?おかしいよな」

「えっ・・・?」

「どうやって、童貞捨てればいいんだ?今更、誰かを抱くとかできない」

ボソボソと呟きながら、ビールを口にする。

「なぁ。このクソ魔法、今すぐに無くしたいんだ・・どうしたらいい?」

「・・・奏さん、どんな魔法なんですか?」

「・・・嘘がわかる魔法。心が読めるわけでもなく、その人が嘘をつくと黒いモヤが胸の辺りを包むんだ。嘘をついた時だけ・・・」

元彌に向けられていた視線は、いつの間にか手元にあるビールへと向けられていた。

「・・・誰かに・・誰かにひどい嘘をつかれたんですか?」

「ふふっ・・・何となく気付いてはいたんだけどね・・・」

静かに涙を流す奏を見つめながら、元彌は悲しい気持ちでいっぱいになった。まだ、会ったのは2回だけで、そんなに沢山会話したわけでも、奏の事を知っている訳でもないが、今までや、ここ最近の壁体験が酷かった分、元彌を見ても物怖じせず笑ってくれたのは奏だけだった。それだけで、奏の優しさは充分にわかっていた。

こんな広い部屋で、1人で泣きながらお酒飲んで、いつ来るかもわからない元彌を待っていた奏を想像すると、胸が締め付けられた。

奏が言うようにゲイでネコなら、この先、魔法が解ける可能性はない。その事実が余計に辛かった。

「俺ね、ここには恋人と住んでるんだ」

「えっ?」

「高校からずーっと付き合ってる人がいるんだ。でも、ここ最近はほとんど帰ってこない」

「・・・・」

「だいぶ前からおかしかったんだ。最初は休みの日に1人で出かけるようになって、夜が遅くなって、外泊が増えて、今じゃ、一週間に1、2回しか帰ってこない」

奏は涙を拭いながらビールを煽る。それからふっと悲しい笑みをこぼす。

「このクソ魔法が使える様になってから、会うたびに、話す度に、あいつの胸が黒いモヤで見えないんだ・・・俺ね、ずっと一緒に暮らしていくもんだと思ってた。約束したんだ・・・年を取ってもずっと一緒だって。俺達の15年て何だったのかな?俺はまだ好きなのに、もう好きじゃないのかな・・・?」

「・・・奏さん?」

奏はクッションにもたれかかり、目を閉じた。元彌は慌てて奏の名を呼ぶ。

「奏さん!ここで、寝ちゃだめです!奏さん!」

「・・・んっ・・・大丈夫、ここ最近ここで寝てたから・・・」

そう言って、ラックにかけてある薄手のタオルケットを引っ張り、モゾモゾと動きながら自分にかけて、また目を閉じた。

ここでって・・・俺を待ってたのか・・・寂しかったんだな・・・

「崇・・・」

小さな声で呟く恋人の名であろう、その名前を口にしながらまた奏は涙を流す。その姿を元彌はずっと見守り続けた。

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