家族の絆

野良たちがみかどを狙い、帝事務所をも標的にしているのならば、加藤かとうの依頼内容を嗅ぎつけて、帝事務所が対応する前に絆を切ってしまうかもしれない。


実篤さねあつについては既に絆に結び目をつけてある。

今日は、妻の奈津乃なつの実奈みなにも結び目を付けたい。


奈津乃なつのの人間関係は公永きみえが調査済みだ。

家族があると、よほど家が近かったり母親という共通点がないと会うのは難しい。

実奈みなが生まれてからというもの特に外出した様子がなかった。


奈津乃なつのは地方の出身だから、同窓会があれば泊りがけで出かける事になる。

一時期大流行したSNSに、ほんの数回記事を投稿しただけでアカウントが放置されており確認できた。

出身地や学歴、会社の所属や交際関係まで全世界に共有される。

世界と比較すると、日本でそのSNSを主として利用している者は少ない。


毎日料理の投稿をしている中で、投稿がない時は料理を作らなかったのか、作れなかったのか。

探してみると投稿がない日の前日に『明日は用事があって夕飯が作れないから明日の分も作った。』と書かれていたり、次の日に『昨日は外食だったから』と書かれていたりするものだ。

奈津乃なつののSNSには家族を残して外泊した痕跡はなかった。


たまに友人と外食するなら、つい書いてしまったりするものだ。

誰とどこへとまで書かなければ問題ない、と考えるだろう。

だが、相互フォローしている者の中で同じ日にレストランで撮影した料理の写真を載せている者があれば、

目星がつく。


料理が、その店にしかないようなものであれば、それだけで特定できる。

ありきたりなメニューでも、食器が独特であれば特定可能。

背景や道路に面した窓から外の景色が見えていれば。

調度品が珍しい骨とう品。

テーブルクロスが唯一無二の特注品。

写り込んだ店員の手に特徴がある。

などなど、特定できる要素は限りない。


加藤かとう家では月に一度、家族揃って外食をする日があったようだが、ここ半年ほどは確認できなかった。

依頼の発端になった事が半年以上前に起きていると考えらえる。


加藤かとうに送信したメールで、昼間のうちに外出しなかったとしても、今晩は家族そろって外食するようにお願いしてある。

公永きみえは残業する予定だ。


一人で食事をしていても目立たないような店を選ぶように依頼主へ願い出ても良いが、不自然にならないように家族で相談して決めてもらう方が間違いがない。

加藤かとうは、土曜日に仕事の電話をすることは往々にあるし、急に仕事の件で出かける事も稀にあるという。

外食先が決まり、出かける前にどの店で食事をするか連絡してもらう約束だ。


家族がいる前で、時間をやけにきにしたり、スマホをいつもよりも触ると怪しまれる。

依頼主の側に好きな相手を作る場合には、それでも構わない。

むしろ、性格的に依頼をした後にどう繕っても妖しく思われてしまいそうであれば、いっそ浮気を疑わせるべくわざと怪しい行動をとってもらう。


実篤さねあつは問題なさそうなので、しばらく様子を見てから最終的な方針を相談して決める事にしてある。

数日間、帝事務所の所員が家の周りで観察している事実を実篤さねあつは知っているが、それもあえて知らせていた。


冬色としきが現場に到着すると、公永きみえは観察位置で不満げだ。

デートの待ち合わせを装うにはちょうどいい。


「遅い!」


普段の公永きみえなら

「何かあったんですか?」

と聞くだろう。


事務所での会話はおおよそ3年間も一緒に働いているようには見えないが、仕事上の連携は打ち合わせなしでもスムーズだ。


「ごめん。

初めて来るところだから、迷っちゃって。」


冬色としきは演技派と言える。

自分ではない誰かを装うと、本当に別人のようで顔つきすら変わるから、いっそ俳優にでもなればいいのに。

と、公永きみえは密かに思っていた。


「初めての場所に行く時、私は迷う事を考慮に入れて早めに出るんだけど。」


公永きみえが頬を膨らませている。


「出かける前に地図を確認して迷わないようにってしてたら、出かけるの遅くなった。

寒い中で待たせてごめん。」


公園は思ったより寒い。

建物の中に避難する必要がありそうだが、めぼしい飲食店がないことは確認済み。

加藤かとうの出入りがぎりぎりわかるコンビニが一軒。


「そこのコンビニであったかい飲み物買おう?」


二人でこの場を離れると、加藤かとう家の動向を見逃す恐れがある。


「肉まんも。」


「肉まん、いいね。

おやつにはちょうどいいか。」


そう言って冬色としきは、スマホの画面で時刻を見せるふりをして画面に表示したメッセージを見せる。

『アラーム音で通話装い残る 休憩どうぞ』


遅刻の言い訳をしている間に、アラームのセットをメモの入力を済ませていた。

仕事用とプライベート用のスマートフォンがあるので、実際に電話をかける事も可能だがアラームの方が自然に見えるから冬色としきは好んでアラームを使用している。


「行こう。」


と、少し歩き始めて数歩進んだところでアラームが鳴る。

冬色としきは、画面を確認し。


「あ。

ごめん、出なくちゃ。

先に行ってて。」


結局、彼女がコンビニから戻ってくるまで電話は続き、公園で肉まんと温かい飲み物を。

と、いう流れを、一瞬の判断で作り出した。


誰がいつどこから見ているかわからないので、傍から見たら初めてこの地域に遊びに来たカップルとして常に振舞う。

公永きみえは無事にコンビニへ行き、手洗いを済ませたり、買い物をして程よく公園に戻った。


彼女を視界に捉えて焦って電話を切る彼氏は、スマートフォンの画面を必ず一目見る。

公永きみえがコンビニから送ったメッセージを確認して冬色としきはスマートフォンをしまい平謝り。


「ごめん。

電話長引いちゃった。

一人で買い物させちゃってごめんね。」


公永きみえは拗ねた彼女の仕草。


「もうかかってこないから。

かかってきても、出ないから!

許して、里奈りな。」


公永きみえが送ったのは、名前だ。

冬色としきの役は幸樹こうき

事前に演じる役の人物設定をすることもあるのだが、今日は事前に決めていなかった。

冬色としきは名前を考えるのは苦手なので、公永きみえが大抵設定する。

直接対象者に接触する機会がある場合は、名前を覚えておく必要があるから、そういった管理も公永きみえの担当だ。


仮に今後、奈津乃なつのの恋愛対象を登場させて工作するのなら、その役割はみかどという事が決まっている。

女性の装いをしている時には例え長時間まじまじ見ていても男性だと気付かない者が殆どだが、男性の装いであれば女性の目を引く見た目と存在感なのだ。


奈津乃なつのの年齢を考えると、冬色としきは恋愛対象になり難い。

まして、子供がいるとなれば自分よりも年上の方が安心感があるだろう。

少なくとも10歳は若く見えるが、みかどは47歳。

実篤さねあつよりも年上だ。


今日は土曜日だし、こんな住宅街の公園で仕事で会うでもない。

カジュアルな装いで、ある程度関係性を調整できるようにしていた。


駅から少し離れた住宅街の中にある公園。

近所に住む子供が遊ぶため!という雰囲気ではないのが幸いしている。

わざわざその公園を訪れる程でもないが、ベンチで休んだりしていても不思議ではない。

もし声をかけられたら、こう答えればいい。

結婚を前提に交際をしている。

一緒に暮らす事を目的にいくつか候補を挙げた街の様子を実際に歩いてみて回っている、と。

加藤かとうが暮らしている街は、住む街として人気が高いから、納得してもらえるはずだ。


兄妹という設定でも良いが、冬色としき公永きみえでは兄妹の親密な雰囲気を出すのは難しいように思える。

どちらか一方が既に住んでいる事にすると、どこに住んでいるのかと問いただされた時に厄介だ。

妹が就職前に、先に東京の別の街に暮らしている兄が付き添い物件を探す下見に来た。

兄妹という設定にすると身分証明書の提示を求められてしまった場合に、面倒だ。


二人でいれば職務質問を受ける事はないだろうが、公永きみえが離れている間に冬色としきだけでいるのを不審に思って通報されたら…

最終的に二人の身分証明を見せる羽目になるではないか。


そういう訳で、二人一緒に行動する時は、カップルを装う事が多い。

呼び合っていた名前と身分証明書の名前が違う事など、今のご時世どうにでも出来る。

マッチングアプリで使っていた名前のままで呼び合っているとかなんとか言えば済む。


嘘をついていると思うと心が痛むが、設定をした人物になりきって仕事をしていると考えれば割り切れた。

もちろん冬色としきのことだから、割り切るまでにはそれなりの時間を要している。


公永きみえは演劇部だったので、最初から割り切っていた。

今回の里奈りなは、一言で表せばサバサバ系理論派女子。

毎回彼女の頭の中では細かい設定がされているが、冬色としきはその詳細を聞いた事がない。

みかどが以前聞いた事があるらしく、聞かない方が良いとアドバイスされたから自分が演じる役は自分で設定するから名前だけ考えて欲しいと言ってある。

思い返してみれば、そのことが冬色としき公永きみえの間にある奇妙な溝の原因なのかもしれない。


冬色としきが演じる時は、本の登場人物や大学時代の友人を参考にしている。

ドラマは見ないし、映画は読んでいた本が実写化された時に興味が湧けば、という感じだ。

妹の池秋ちあきに誘われて観た映画の登場人物は、非現実的過ぎてあまり参考にならない。


「そんなに何度も謝らなくたっていいのに。

なんだか逆に拗ねたくなるよ。

ほら、冷める前に食べよう。」


元から怒っていない人間に対して過剰に謝ると、事情を知らずに傍から見た者が謝られている側の人間に対して悪印象を持つことがある。

怒られたくないから怒る隙を与えない程に謝っているのだろうが、自分を守る事ばかり考えずに周囲に与える影響を考慮した方が良い。

と、冬色としきは思った事をよく覚えている。


意図的にやれば完全に印象操作だ。

むやみやたらに謝れば、謝られている人が。

『あの人そんなに怒りっぽいの?』

と、思われてしまう。


ごめんなさいとありがとうは相応しい時に、適切な加減で言うのが良い。

と、言うのが冬色としきの持論だ。


ある時、冬色としきが不意に口にした言葉を、近堂こんどうがえらく気に入って使っていた事があった。


大学の時、同じ講義を受けている人の中に、過剰にお礼を述べる人が居た。

直接の知り合いではなく名前を知らなかったので、冬色としきの中では”ありがとうの人”と名付けていた。

口に出した事は一度もない。

だがその時は漏れてしまった。


「恩着せられがましい…」

口元で発しただけの言葉は、隣にいた冬色としき近堂こんどうの耳にだけ届いた。


「なんだそれ。

おかしな日本語だけど、言いえて妙だな。」


面白い事が大好きな近堂こんどうは、以来その言葉をチャンスがあれば逃さずに使っていた。


良くも悪くも気に留まる言動は、過剰と感じるものがほとんど。

役に特徴を持たせたいなら、何かを過剰にすれば良い。

過少というのは実は過剰に少ないと言えるから、結局は過剰。


印象に残らない人は、何もかもが適度なのだろう。

なんとも皮肉な真理だ。


公永きみえには悪いが、目撃者には公永きみえを中心にカップルだったという事だけを覚えていてほしい。

彼氏がすごく謝っていたという印象は残っても、背格好や顔立ちは印象に残りにくい。

一方の公永きみえは元より華があるから外見の印象が先行する。

ちょっと性格が悪いのかも知れないという印象を持たれるかもしれないが、重要な要素としては残らないはずだ。


冬色としきは、依頼の度に最低でも一人二役はこなす。

印象に残る事は業務に支障をきたすこと。


なんだかんだと公園に居座るカップルは、少なからず印象に残るだろう。

冬色としきが到着してから1時間弱が過ぎた頃、実篤さねあつから、車で1時間ほどの場所にある規模の大きいショッピング施設に行くという連絡が入った。


平日に奈津乃なつの一人では行けない場所だから、実篤さねあつの休みに予定がなければ行くようだ。

大量の食料品を買い込む事になるので、帰りは真っすぐに戻るけれどそこに買い物に行くと夕飯は家で決まったメニューを食べる。

だから、夕飯を外食にするのは難しい。


せめてシッピング施設には行きたいが、会員制で施設の中に入るために会員証が必要であることを冬色としきは知っていた。


(帝事務所で法人会員になって、会員証を複数作っておいてよかった。)


それほど沢山食べる人間はいないから、利用する機会はそうそうないのだが、以前受けた依頼の際に作っていた。

懇親会として年に2回は短期バイトに入ってくれた能力者を招いてバーベキューやパーティーをしてきた帝事務所。

依頼ではいつ必要になるかわからないから、持っておく方が良いと判断し、途中解約はしなかった。


絆師きずなしについては、みかどが自腹で高級な食事をご馳走している。

往々にして絆師きずなしは人が大勢集まるところを嫌う。

そして、もう一つ。


幸樹こうきは免許取らないの?」


先ほどもう電話は取らないと言ったが、メール連絡が入り仕事に行かねばならない、というやり取りを済ませたあと。

ふいに里奈りなが問いかけた。


「視力検査で引っかかるから、取れないんだ。

たまに日常生活でも困るときがあるよ。

話した事なかったね。」


絆師きずなしは、乗り物の運転が出来ない。

目の前を絆に遮られる時が、あるからだ。


制御してもしきれない主張の強い絆というのが、世の中には存在している。

みかど桔梗ききょうの間にある絆もその一つだ。


実際には目で見ているわけではないが、確実に視界を遮ってくる。

絆師きずなしが絆が少しも見えないクリアな世界を見たいと望むなら、絆師きずなしでなくなる他ない。


ちなみに、いつもはパンツスタイルの公永きみえが、今日はジャンパースカートを着ている。

原付バイクで移動する時はパンツスタイルで、駐車場にの近くにあるトイレで着替えた。

ジャンパースカートなのは、その方が着替えやすいから。


冬色としきは、公永きみえと別れたあとにすぐ駅へ向かった

電車を待つわずかな時間ホームにいる間、加藤かとうの友人関係の中で、特に心を許してなんでも話しそうな人物を突き止めるよう公永きみえにメールで指示した。

表向きの会話では、あくまで幸樹こうき里奈りなとして会話をしなければならない。


これから向かう目的地は、電車の後バスでの移動が必要になる。

バスは時刻通りに動いていない事が多い。

タクシーを使うのが良さそうだ。

帝事務所の財布を握っているのは冬色としき

金銭的な忖度は的確に出来るとみかどの信頼が厚いため、都度確認しない事になっている。

もちろん、公永きみえが移動する時に使用するガソリン代は、職務上かかる交通費として通勤時の交通費とは別に支給している。


冬色としきは、電車の中で実篤さねあつ返信を済ませた。

最寄駅の一つ前の乗り換え駅から、タクシーを使用してショッピング施設へ。

道路はどこも混雑していた。

電車を利用している分、冬色としきの方が先に到着し店内へと入った。

会員制の施設だから、入り口は限られている。

入り口が見える範囲で適度に動き回り、加藤かとう家の到着を待った。


加藤かとう家は食糧品を買いに来ているため、付かず離れずの距離を保とうとすると、必然的に食糧品売り場の近辺を回ることになる。


買い物をしている風を装いつつ、奈津乃なつの実奈みなの絆へ結び目をつけ、しばらく様子を観察した。

用事が済んでから籠の中を見ると実に混沌とした状態になっている。

目的が全く見えない品々だ。


帝事務所用に買うものは現在特にないから、全部プライベートのもの。

ピントが加藤かとう家である間に、何を入れているのか自覚なくカゴへ入れてしまっていた不要品を棚へと戻してから、今度は真面目に買い物をする。


一般的なスーパーならば不審な行動かもしれないが、このショッピング施設は誰もが惑わされる場所。

何も怪しまれることはない。

この場所独特の空気に飲まれて、ついついカゴに入れてしまったんだね。

わかる、わかるよ!と、言う同情の視線を多少浴びるくらいだ。


冬色としきは、保存がきくトマトホール、ツナ、白桃の缶詰と大容量のパスタを手早くかごへ入れる。

ちょうど昼休みの時間になりそうだから、お昼に食べるものも一緒に買う事に。

個人の財布から会計を済ませた。


加藤かとうを調査するための外出だから、帝事務所の財布も持ってきている。

公枝きみえがコンビニで買い物したものは、既に精算済みだ。

冬色としきの移動にかかった交通費も都度帝事務所の財布から出している。


お昼ご飯を食べるのに適当な場所を探していると、近所に大き目の公演を見つけた。

みかどへ、これから休憩にり休憩が済んだら事務所に戻る旨を連絡する。

せっかく電車で1時間以上かかる場所まで来ているし、いつもよりも豪勢な食事を選んだ。

もちろんデザートもある。


以前にも訪れた事はある場所だが、前回は周囲を散策する時間はなかった。

腹ごなしに散歩するのも良いかもしれない。

駅までは3km程ある。

1時間ほどかかるが、歩いてみよう。


冬色としきが撤収して事務所に戻ると、15:30になるところだった。


絆に目印の結び目をつける時、他者との絆の中で一番強固な絆を選ぶ。

そうすると依頼対象の絆であることが多い。

重要な絆だからこそ、自分ではどうにもできずに帝事務所を訪れる。


実篤さねあつの方に既に付けてあった結び目は、想像通り奈津乃なつのとの間にある絆にあった。

結び目は根元付近につけるから絆そのものを切られても、意図的に解いたり結び目そのものを切ったりしなければそのまま残る。


禁忌の技を行使する者はリスクを最低限にする為、なるべく根元から離れている場所を切る。

その方が切り落とされる絆の繊維の量が少ない。

最悪、持っていかれる生命エネルギーが少ないと言うことになる。


切った絆に襲われても、絆師きずなしの能力で絆の繊維を食い止めることは可能だ。

そう簡単には諦めないが、いずれは諦める。

切られた部分が少なければ、襲おうとする時間が短くなると言う理屈だ。


加藤かとう家の絆、出来れば調整したくないです。」


家族の間には特別な絆が結ばれることがある。

加藤かとう家の3人にはそれがあった。


「あったのね、家族の絆が。」


実篤さねあつ奈津乃なつのの間にある絆。

奈津乃なつの実奈みなの間にある絆。

実奈みな実篤さねあつの間にある絆。

三つの絆の間に結ばれる三又の絆。

それが家族の絆だ。


実篤さねあつは、ただ家族を守りたいだけ。

ならば、家族の絆はそのままで守る方法を探したい。


「もう、これは本人に聞くしかないわね。」


絆をどうこうする前に、別の切り口で協力できる場合があるかもしれないと提案したことは以前にもある。

依頼人が元より冷静ならば、別の手段など必要ないから早く縁を切れ言われるだけだ。

だが、実篤さねあつは。


「おそらく、提案すれば話は聞くと思います。」


買い物をしている様子を見た冬色としきには、感じるところがあった。


「では、一度来てもらいましょう。」


「打ち合わせ場所は帝事務所ここで大丈夫でしょうか。

野良のことがありますし、加藤かとう様の依頼に気付かれたら…」


狙いがみかどなら、帝事務所ここは確実に見張られている。


公苑くおんに相談する必要があると考えていたから、一緒に行きましょう。」


先日、禁忌の技について冬色としきみかどから話を聞いた折、冬色としきからもみかど 話したこと。


「今まで話す機会を逸していたのですが…

僕には、動物や植物の絆が見えます。」


この時ばかりは、さすがのみかども言葉を失った。


植物の絆が見えるのは相当な能力者だけ。

絆師きずなし師は弟子が生まれると、公苑くおんから『絆師きずなし・師の心得』を渡される。


公苑くおんが手作りしている冊子だが、元は江戸時代にまとめられた指南書。

師として、弟子に対して必ず伝える事などが記されている。


「“動物や植物の絆を捉えられる絆師きずなしは、桃院とうのいんに申し出ること。”

師の心得に書かれていることよ。」


みかどは頭を抱えた。


「すみません。

それほど重要な事だと思わなくて。」


どのようなやり取りだったか、細かくは覚えていないが冬色としきはいつからか動植物の絆が見える事を言ってはいけないように感じていた。

まずありえないものだと決めつけられた覚えもないし、そう決めつけられたところで自分がおかしいとは思わない。

みかどに対して、そう思われる恐怖を感じる事もあり得ない。


師であるみかどよりも能力量がある事実を、自分自身が許容できなかったのだろうか。

モヤモヤした感情があった事は記憶にある。

日記を読み返したら、あるいはそこに答えがあるだろうか。


「巡り合わせかしらね。」


どう転んでも、この時期に桃院とうのいんを訪れる運命。


「そうなのかもしれませんね。

僕自身、何故この話をこれまでせずに今に至ったのか、思い返してみてもよくわからないんです。」


そんなやり取りがあった。


「加藤様の依頼についての方針も決まった。

機は熟したって感じね。」


加藤かとうの依頼が片付くまで、とても桃院とうのいんを訪れている場合ではないと考えていた。

一報は入れてある。

野良のことは、本来は公苑くおんが対処すべき問題だ。

しかし、公苑くおんとは言え、有志を集めるのは容易ではないだろう。

なにしろ、相手は命の絆を躊躇なく断つ。

冬色としきにその光景を見せた効果は絶大だ。


何人いるかはわからないが、少なくとも二人の絆師きずなしだけで対抗するのは不可能な事は見当がつく。

公苑くおんに報告した後、みかどはこれまでの師匠に声をかけていた。


同じ目的を持ち、集まっているのか、ここがバラバラに活動しているのかはまだわからない。

絆師きずなしに弟子が出現する年齢は13歳から25歳までの間とされている。

集団になっているとするなら、29年の間に集まった野良の絆師きずなしが一体何人になっているか、まったく見当がつかない。


「行きましょう、桃院とうのいん家へ。」

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