理解者

冬色としきが加藤の依頼について調査を進めるために帝事務所を出ようとした時、みかどから話があると呼び止められた。

交通手段が異なるため、公永きみえは既に出かけた後だ。


「加藤様からのご依頼が急を要する中だけれど、こっちも急を要するわ。」


デスクに近づくと、みかどは座ったままで冬色としきへ書類を渡した。


絆師きずなしの中には、探偵事務所を営んでいる者や、能力を隠しながら探偵事務所に勤めている者がいる。

帝事務所の中だけでは調査が難しい時に、彼らに依頼する事があった。

彼らの情報は、すべてみかどが管理しているから、冬色としきはまだ誰とも会った事がない。


詳しい話を聴くため、みかどに促されて共に会議室へ移動する。


「サシャに頼んでいた調査、一報がきたの。」


サシャというのは、いわゆるコードネーム。

それも、少なくともみかどはこの名前で呼んでいるというだけ。

他にいくつ呼び名があるか知れない。

絆師きずなしではあるが、みかども本名を知らないらしい。


絆師きずなしには、定期的な集会があるわけではない。

最年長者が、絆師きずなしの代表として公苑くおんと話し合うことはある。

地区の代表がおり、毎年連絡先が共有されるが顔は知らないことがほとんどだ。

桃院とうのいん家で顔を合わせたり、絆が繋がっている師匠以外に弟子入りすることで、ようやく顔見知りが増える。


その点、みかどは絆の繋がった師匠を除いて5人の師匠がいる。

当然、それぞれの師には絆が繋がった弟子がいたり、絆師きずなしではないものの、絆師きずなしのことを認識している家族がいる。

地区の代表や、最年長者のところには弟子入り希望者が集まりやすい。

師匠の中には、見識を広く持てるよう、他の師匠に弟子入りすることを奨めるものが一定数いるからだ。


みかどは、いわゆる情報屋として仕事を依頼している彼らを冬色としきはもちろん公永きみえにも紹介したことはない。

会っているのがみかどだけならば、個人的な付き合いだと言い逃れできるから。

何か依頼をしていた事がわかったとしても、個人的な依頼だと言えば済む。


禁忌の技について話すまでの間と決めて、みかどがあえて他の絆師きずなしと積極的には会わせないようにしてきから、冬色としき絆師きずなしとの繋がりを持たないのは当然。

一人くらいは、とみかどが引き合わせることを考えたこともあった。

それも叶わず、結果的に冬色としきの見知った絆師きずなしみかどだけ。


冬色としきが何かするとしたら、能力者の友人に声をかける事。

だが、全てみかどとも繋がりがある者だ。

それに、誰にどこまで話してよいか冬色としきにはまだ判断することが難しい。


みかどは、冬色としきの目の前で命の絆を切った人間に心当たりがあった。


以前から何度か、帝事務所が断った依頼人が、その後目的を遂げている不審な例を確認。

みかどはおかしいと思い、密かに都度調べていた。

全てではないが、絆が切られているのを目の当たりにしている。

そうして、判明した存在。

おそらくは野良の集団に属した一人であると疑っていた。


冬色としきには、少し気になることがあると話したきりだったけれど。」


絆師きずなしが絆を操作した時には、目印になるよう特殊な結び目を残す。

自然に解けてしまうことがあるけれど、少なくとも2〜3ヶ月は残るものだ。


残し方は人それぞれ。

みかどは当然の冬色としきの結び方を知っているから、見ればわかる。


帝事務所では、依頼を断る時にも結び目を残すようにしている。

切られていることを確認した絆は、冬色としきが関わった証として結び目を残したものだった。


依頼を断る場合、直接対応したものだけが依頼人の顔を見ているということはよくある。

顔すら知らない相手だとしても、冬色としきによる 結び目が残っていれば、帝事務所へ依頼するため訪れたことがあるということだ。


みかどが見つけた時にはまだ切り口は新しく、切られた当人は具合が悪そうに見えた。

絆は切られた直後から丸一日ほどは切った者を探し、失われた部分を補おうとする。


修復できれば影響はないが、修復がが叶わなかった場合は1ヶ月ほどは不調に悩まされることが多い。

よほど生命エネルギーに溢れる者ならほとんど影響を受けないが、とても稀だ。


サシャも絆師きずなしだから、切られた絆を何度か目にしていた。

みかどの情報とすり合わせ、一人の仕業ではないと判断。


絆を切る禁忌の技を行使するのは、野良くらいのもの。

証拠はないが、野良絆師きずなしの仕業とみかどは考えている。


野良絆師きずなしは、現状野放しだ。

もし集団として活動しているのであれば、由々しき事態。


かつては禁忌の技を使った者が見つかると、桃院とうのいん公苑くおんの指示の下、絆師きずなしの能力剥奪を強行していた。

対処していたみかど 母・内田うちだふみが亡くなってから、禁忌の技を使うものはいない。


「29年経つから、間違いなく収拾がつかなくなっているはずよ。」


内田うちだふみへと向ける恨みがあるが、当人は死人。

だから、その子供であるみかどを標的にしたと考えれば、弟子であり帝事務所に勤めている冬色としきが狙われたと想像がつく。

決して理解はできないけれど。


そもそも、禁忌の技を行使した絆師きずなしの能力を剥奪するよう指示していたのは桃院とうのいん

直接の依頼は公苑くおんがしていたのだから、いずれ桃院とうのいん公苑くおんを襲うかもしれない。


「母が亡くなった直後から野良が集まり始めたなら、主力が2世へと移っていたとしても不思議ではないわ。」


2世と言うのは、実の子供ではなく弟子のこと。

仮に当時10代のメンバーがいたとして、今40代。

25歳までに弟子は見つかるのだから、師弟揃って野良の集団に属している事は十分に考えられる。

あるいは3世代存在している可能性も。


中心人物が定まっていないとしても、結束力があれば人数が多くとも集団はまとまるものだ。

志ある師ならば、弟子は追いかけるだろう。


どのくらいの人数が集まっているのか。

目的は何なのか。

今はなにぶん情報が少ない。


「推測を繰り返していても仕方がないわね。

ただ、このまま放っておけば、また誰かが絆を切られるかもしれない。」


話を聞いた冬色としきは、明らかにいつもと違う表情をしていた。


「調査は引き続き依頼しているのですか?」


また誰かが亡くなる前に問題を解決したいと言う思いは同じ。


「もちろん。

調査を依頼しているのはサシャだけじゃないわ。

何かわかったら、すぐに知らせる。」


「はい。」


「今話すことは以上よ。

一先ず切り替えて、加藤様の調査お願いね。」


「はい。

行ってきます。」


冬色としきの発する言葉には抑揚がなく、気持ちを汲み取るのが難しい。

そもそも、感情の起伏が緩やかだ。

緩やかだからこそ性質が悪いとも言える。


その場では反応している様子がなくとも、噛みしめた挙句に長い時間をかけていずれかの感情に至る。

喜怒哀楽、いずれの感情でも同じだ。

どの感情についても、至れば長引く。


いずれの感情にも至らず終わるケースは多い。

冬色としき感情を動かすのは、山を動かすかの如く困難なこと。

と、みかどが度々冗談半分で言う。


だから、池秋ちあきに対しての反応の早さは異常。

しかし、それすらも判りづらいのが冬色としきだ。


そんな冬色としきも危機的状況には反応が早い。

ただし、第三者から見たら落ち着き払っている様にみえるだろう。


みかどでさえ、冬色としきの感情は読みきれない。

だが、この時は明らかに怒っていた。


冬色としきの顔立ちは、よく見れば整っているとわかる。

イケメンに分類できるだろう。


だが、とにかく印象が薄い。


一度会った事がある人に、初めましてと言われた事は一度や二度ではない。

不安げに先日はどうも、と挨拶されることもあった。

冬色としきの中でも衝撃的な出来事として印象に残っているのは、一部近所の人に3人家族だと思われていたこと。


たしかに早くから家を離れたが、それでも15歳までは生活していたし、顔を合わせれば挨拶していた。

その時ばかりは涙が出そうだった。


兄妹年が離れているし、高校入学後は長期休暇に帰省する程度。

状況としては、親戚と思われてもおかしくないかもしれない。

と、なんとか自分を説得した。


冬色としきは母に似ている。

似た顔をしているのに、どうしてか印象に残らない冬色としきは、無表情でいることが多い。

母親が目を引くのは、笑顔でいることが多いからかもしれない。

系統としてはしょうゆ顔にあたるのではないかと思う。


父は出身地が南の方だと思われがちな、いわゆる濃い顔だ。

池秋ちあきは顔立ちがそっくりなのだけれど、性別が違うというだけでこんなに印象が違うものかと思う。


冬色としき池秋ちあきは間違いなく同じ両親の元に生まれた兄妹なのだが、疑われるほどに似ていない。


池秋ちあきは趣味こそ違うが性格は母に似ている。

冬色としきの、表情や声に抑揚のないところは父方の祖父にそっくりだ。

冬色としきの父は、見た目も性格も祖母にそっくりだから、池秋ちあきが歳を取るときっと祖母のような容姿になるのだろう。


祖父と冬色としきが言葉少なにわかりあう様を、家族や親戚は傍から首を傾げて見守っていた。


小学校低学年頃までは、冬色としきは無邪気でよく笑う子だった。

中学の一年の頃は、いつ喋っているのか誰もわからない程に誰ともろくに話さなかった。


妹大好きの兄バカが始まったのは、冬色としきが中学3年に上がってからのこと。

みかどと関わるようになったことで、いつの間にか何重にも鍵をかけてしまっていた心が開き始め、以降少しずつ表情が出るようになって今に至る。


凝り固まって動きにくくなっていた表情筋は、みかどから毎日やるように言われたマッサージで徐々に柔らかくなり、愛想笑いができるほどまでになった。

仕事用に作っている表情なので、感情は伴っていない。


素の状態だと、感情がまずうごかないので、表情に反映しない。

仕事柄ポーカーフェイスは必要だから、無理に変えることもないだろう。

敵を欺くにはまず味方からと言うし、味方すら表情を読めないことがいずれ役に立つことがあるかもしれない。


冷淡な印象を与えたり、恐怖感を抱かれるほどの表情をしているのでもなければ良し。

と、冬色としきは開き直っている。

抑揚のない口調も、かえって聞き取りやすいらしいとわかったから安心している。


冬色としきは忖度しない。

つまり、空気を読まない。

読めないのではない、読まないのだ。


楽しければ楽しいと言う。

さすがにつまらないとは言わないが、楽しくない時に楽しいとは決して言わない。

それをわかってさえいれば、冬色としきは実に付き合いやすい人間だ。


聞かれたことには素直に答えるし、正直。

声を荒げることなど滅多にないから、受け取る側が卑屈になったり被害妄想を抱かなければ平穏。


冬色としきに限ってのことかもしれないが、人付き合いで起きる問題は、大概受け取り側に端を発しているのではないだろうか。

もちろん、あからさまな嫌悪や悪意を露呈しているのならば話は別だが、冬色としきには当てはまらない。


もっとわかりやすくしろと抽象的に苦情を言われた事が何度もある。

その度に、なにが問題なのだろう?と、不思議に感じていた。

なにしろ、なんとも思っていない。

思っていないにも関わらず、そう思っていると感じさせているのはお前のせいだと言われる。

何を怒られているのか何をなおせばいいのか、理解ができなかった。


みかどに相談したところ。


「あなたが変わる必要はないわ。

自分の機嫌は自分で取るものよ。」


と、返ってきた。

これまで冬色としきの言動に対して苦情を言ってきた人達は、機嫌が悪かっただけ。

何を考えているのかわからない様子を見て腹を立て、八つ当たりをしていたのだと気がついた。

しかも、冬色としきは滅多なことでは怒らない。

言いやすかったのだろう。


あるいは理解して欲しいのか、理解したいと思っているのにわからないことがもどかしいからなのか。

いずれにしても自分に非があるわけではない。


「もっと愛想良くしろ。」などと言う抽象的な文句に、愛想を良くするとは具体的にどう言うことなのか説明を求めれば。

「そんなの常識で考えればわかるだろう。」

と、放棄する。


みかどは、理由を説明しどうすれば良いのかを具体的に示してくれた。

おかげで。

「普通に考えればわかるだろ。」「察しろ。」「そんなこともわからないのか。」

そう言った主張が、理不尽でとてつもなく礼を欠いたものだと気がついた。


池秋ちあきにも教えられた。


「そんなの、自分のことを理解してもらったり、お兄ちゃんのことを理解しようとする努力を放棄して楽しようとしてるだけじゃない。」


言われてみれば確かにそうだ。

感情をわかりやすく表に出せとか、仏頂面を見るとバカにされているようで腹が立つとか、そんな言い分を押し付けられる筋合いはない。


「何でもかんでもお兄ちゃんのせいにして文句言ってるだけじゃない。

お兄ちゃんが気に病むことないよ。」


池秋ちあきだけは、些細な表情の変化を読み取れる。

兄のことが大好きだからだ。

冬色としきが家を出る時は大泣きした。

正に相思相愛の兄妹。


妹の言い分は決して贔屓目ではない。

説明しなくてもわかって欲しいと願うのは自由だが、それを相手に押し付けるのは理不尽そのものだ。

そう言う人こそ。

「どうして欲しいのか、ちゃんと言ってくれないわからない。」

などと言うのだから、なんと勝手なことかと思う。


理不尽にぶつけられていた怒りなのだとわかっても、不思議と怒りの感情は湧いてこなかった。

ただ、それまで不可解だったことが腑に落ちただけ。


冬色としきが一番人間関係に悩んだのは、大学生のころ。

中学2年生の時には底辺になっていた人付き合いに対するモチベーションが、上がっていたことも原因の一つだ。

人に興味を持ち、友人関係を構築することに前向きになったからこそ生まれた悩み。


そんな冬色としきと大学入学直後に出会って以降、ずっとそばで黙って見守っていた人がいる。

大学を卒業した後も付き合いのある、唯一の友人だ。


名前は、近堂こんどう千翼ちひろ

友人と言っても、年賀状のやり取りがあるくらいだ。


大学時代、近堂こんどうの言葉に、冬色としきは救われた。


「友達を作るにはどうしたらいい?」


まともな友人関係を持たなかったから、冬色としきにはどうしていいかわからない。

思いつく限り頑張ってみても、イマイチうまくいかず、半分無意識に漏らしていた。

絆師きずなしが人間関係に苦労しているなんて、なんと皮肉なことか。


「友達って頑張って作るもんじゃないよ。

なるものでもない。

お互い自然体で一緒にいるのが心地よいから、ある時気がつくものだと俺は思う。」


近堂こんどうの言葉には少しも嫌味がない。


「僕の努力は無駄ってこと?」


この時の冬色としきは少し卑屈だったかもしれない。


「いや、無駄な努力なんて一つもないさ。」


変わらず飄々と応えた。


「そうか。」


「そうだよ。

気が済むまでやればいい。

俺はここにいるから。

ああ、邪魔なら言ってくれ。」


近堂こんどうがしているのは、あくまで仮定の話だ。


「邪魔じゃなわけないだろ。」


「そうか。」


「そうだよ。」


以来、冬色としきは無理に友人を作ろうとしなくなった。

だが、今度は友人である近堂こんどうとの付き合いについて“友人たるもの”と、考えるようになった。


ある時、ふと思いつくままに言った。


近堂こんどう家に遊びにくる?」


冬色としきは、できれば来て欲しくないと思っていた。

友人が家に来たことなどなく、何をすれば良いのかわからない。


「心にもないこと言うな。

友人だからこうしなければならないなんてことはないんだ。

俺たちには、俺たちの関わり方がある。」


完全に見透かされていた。


「そうか。」


安心した。


「そうだよ。」


友達だからといって、常に何もかもを一緒にしなければいけないと言うわけでもない。


「わかった。」


周囲から。

「それって本当に友達?」

と、言われようが、お互いに友人だと思っているならそれで良い。


また別の日。


「食堂行くけどどうする?」


お昼休み前の講義が終わり、近堂こんどうが問いかけた。


「僕、弁当だから。

今日は天気が良いし、外で食べる。

あ!デザートだけ食堂で食べるよ。」


一緒にいたい時に、相手も一緒に居たいとは限らない。

少なくとも、友達だからと言う理由で無理に合わせる必要はないのだ。


「プリン?」


近堂こんどうは一緒にご飯を食べた時、冬色としきがよくプリンを食べていることを覚えていた。


「今日はコーヒーゼリーが良い。」


食堂で食べられるデザートは限られているから、確かにプリンを選択することは多い。

けれども、4回に1回くらいはプリン以外を選んでいた。


「買っておくよ。

金はあとでいい。」


すっかり荷物をまとめた近堂こんどうに対し、冬色としきはまだ荷物がまとまっていない。


「わかった。

また後でね。」


冬色としきを教室に残し、近堂こんどうは食堂へ。


そんな風に近堂こんどうと友人付き合いをしているうち 、大学卒業までの間に何人か友人ができた。


けれども、卒業後も連絡をとっているのは近堂こんどうだけ。

冬色としきは、一人の友人がいるだけで十分だと感じている。


加藤にも、そう言う友人がいるはずだ。

何か事情を知っているかもしれない。

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