万能ゆえの禁忌

みかどが頭を下げている様を、呆然と見上げていた冬色としき

一時停止状態を再生するかの如く我に帰った。


「頭を上げてください。」


恐縮し、慌てる冬色としき

みかどは、ゆっくり頭を上げてから静かに座る。


「今、思いつく限り片っ端から連絡してる。

もうこれ以上、冬色としきに危険が及ばないようなるべく早く解決するから。」


「そんなの無理ですよ。」


冬色としきは妙に冷静なことを自分で驚く。


「あ、いや、あの…

僕が危険な目に遭っても、構いません。

いつまでも、みかどさんに守られる存在でいたくない、です。」


師匠にとって弟子は子供みたいなもの。

みかどは、母以外の師匠へ初めて弟子入りをした時に言われたことを思い出していた。


「自分のことは、自分で守ります。

だから、禁忌の技のこととか絆師きずなしのことで知らないことがあるなら今すぐ知りたい。

相手がどんなことをしてくるのか知らないと、守れないから。」


冬色としきの思いを受け止め、みかどは自分の話を交えながら、禁忌の技や絆師きずなしについて知る限りを話した。


もともと、絆を操作して人間関係に干渉する方法はいくつかある。

絆の総量には限りがある。

だから、操作したい絆そのものではなく、他の誰かとの絆を多少なり動かす。


依頼者と繋がっている絆だけで目的の状態に到達しない場合には、依頼者と繋がっている別の者を主体として絆の操作を行うことがある。

絆は、双方が全く同量の繊維で結ばれているものではない。


仮にAという人間とBという人間の間にある絆を弱くさせるために、互いに1本ずつの絆の繊維を伸ばした極細の絆を最終目標として調整する場合。


AからBに対しては10本の繊維が伸びており、BからAに伸びる絆の繊維は20本だとする。

多い方の側が解きやすく、少ない方を無理に操作すると千切れやすい。

差が大きくなりすぎると絆の結び目が不安定になる為、やむを得ない場合を除き多い方から動かす。


まず均等な状態を作るために、BからAに伸びている絆の繊維を10本にしたい。

そうなると、操作するのはAB間の絆だけでなく、操作の対象者がBに移る。


B側の絆を操作すると、Aとの絆から外された絆の繊維10本が行き場を失くす。

浮いた10本の繊維は、BからA以外の誰かに繋がっている絆へとバランスよく移動させる。


既にある絆に、絆の繊維を足す時には結びついている相手側の根本を確認する必要はない。

また、近付けた時に相手側の絆の繊維が多いと、繊維が伸びてきて繋がろうとするためバランスもとりやすい。


人間5年も生きれば、軽く10人以上の相手と絆を結ぶもの。

外した10本を一本ずつばらけて移動させれば、Bを中心に見た時にAとの絆以外にはほとんど影響がない。


その後に、AB間の絆の繊維が互いに1本だけ結びついている絆にするべく、ようやくAB間の絆を中心とした操作に移る。

AとBの絆を弱くするだけの依頼ならば、A側でBとの間から外した絆の繊維はB側でするのと同じようにB以外の誰かと結びついている絆へとなるべく均等に結ぶ。


依頼内容がAB間の絆を弱くしてAC間の絆を強くするという場合には、AB間の絆から外した絆の繊維は、全てAC間へ移動する事になる。


実際には操作する絆がの繊維が10本程度ということは、まずありえないけれど。

ともかく、絆の操作は多角的に観察して依頼以外の関係性を大きく変化させないように行う。

それは帝事務所に限った事ではない。


絆の繊維は、操作した後に時間と共に元の状態に戻ってしまうことがある。

それは絆師きずなしでもどうにもできない事。

なるべくもとに戻らないよう絆師きずなしがいかように工夫をしても元の様に戻ってしまう絆は、世間一般では腐れ縁と言われていることが多い。


時折、絆の繊維が意思を持ったように動く事がある。

思いが強すぎて知らず知らずのうちに絆の繊維を動かしてしまい、他の者との間にある絆の繊維をも絡めとるケースだ。

程度に関係なく攻防戦による生命エネルギーの消費で、双方に倦怠感などの症状が同程度に現れる。


行き過ぎると、片方がもう一方を絆の繊維全てで相手を雁字搦めにし、生命エネルギーまで搾取する大変危険なケースに発展することも。

この場合は搾取された側が最悪死に至る可能性を考慮し、禁忌の技を行使する事も視野にいれつつ、大概は複数の絆師きずなしが同時に操作を行う。


絆師きずなしは調和を重んじるよう教えられ、多角的に物事を観察できるよう修行する。

だから、日常生活においても争わずに済む道を探す能力に長けている者が多い。


定期的に禊を行うため、私利私欲に走り他者を蹴落とすような輩はそういないのだ。


しかし、平和を好み禁忌の技を使わずに済むように何とか工夫する者が多い中、最初から楽をしようとして狡猾に抜け道を探そうとする者はいる。

何事にもグレーゾーンや際どいラインなどがあるものだ。


絆を断ち切るのは禁忌の技に当たる。

だから、病との絆だとて切れない。

けれども、病との間にある絆を弱くすることは可能だ。


病との結ばれる絆には、この世と繋がっている生命の絆に結ばれている絆の繊維が用いられる。

放っておけば病との絆がどんどん太くなり、生命の絆が徐々に細くなり死に近づいていく。


病との絆から生命との絆へと、絆の繊維を移動させる操作を行えば、病気の完治は出来ずとも延命する事は可能だ。

延命を目的とした捜査は、名家のお抱え絆師きずなしであれば日常的に行っていること。

度が過ぎなければ問題はない。


しかし、逆が問題だ。

敢えて病との絆を太く強くして、この世との絆を細くして、死を近づけ死期を早めてしまうこと自体は禁忌に当たらずグレーゾーンと言える。


絆師きずなしは、誰かを殺してほしいと言う依頼があると断る。

絆師きずなしでなくとも、人が人の命を故意に奪うことなどあってはならない。

だが、死へ近づけることは出来てしまう。


病との絆の結び目が、あまりにも堅く動かせそうもない時には、延命は望めない。

だが、死期を早めることは可能だ。

時には、早く楽にしてあげたいと言う意図での依頼もある。

それでも絆師きずなしは、死に近づける依頼ならば断る決まり。


人が死に向かう時、事故などの危険に遭遇する直前などは絆の繊維があの世に繋がると言われている。

この場合も、同じだ。

危険に近づいたためにあの世と繋がった絆を見つけて操作出来れば、あるいはその者を救う事が出来る。


絆師きずなしは、本人さえ気が付いていないタイミングで妊娠に気付く。

母親と胎児の間にできた絆を捉えるからだ。


禁忌の技の一つである絆を断つ事。

母親と胎児の間にある絆を切れば、胎児が命を落とす。


絆師きずなしは万能になりうる。

だから、万能であらぬように禁忌を定めた。


絆が強く結びついている者がいる場合、引きずられる事がある。

仲の良い夫婦が続けざまに、あるいは同日に亡くなる例だ。


とても強い絆で結ばれている者同士は、常にその絆が引き合っている。

だから、共に過ごそうとするし、離れれば寂しいと感じる。


「じゃあ、桃院とうのいん当主とみかどさんはどちらかの身に何かあると…」


冬色としきは、半ば無意識に言葉を発していた。


「それはね、実際に起きたのよ。」


桃院とうのいん当主とみかどの間にある絆は、芯のある絆だ。

絆には、生まれつき誰かとの間に繋がっているものがある。

師弟の絆もその類だ。

いわゆる運命の相手と言われる者同士に生まれつきの絆がある、という仮説があるのみせ、実態は不明。


桃院とうのいん当主の桔梗ききょうみかどの間には、絆師きずなしが『芯のある絆』と呼ぶ、切っても切れない絆がある。


「私が死にかけた時、本当に桔梗ききょうも死にかけ。

死の危機を脱したら、二人とも元通りよ。」


みかどは、他のどの絆師きずなしよりも絆によって起こる事象に詳しい。

禁忌の技についてはもちろん、それ以外にも。

自分自身の身に実際に起きた経験として、知っているから。


「この絆ね、放っておくとどんどん太くなるの。

でも私はこの絆を操作できない。

工氏郎こうしろう師匠がご存命の頃には、1か月毎に出来る限り芯だけになるようにしてもらっていたのだけれど。

他界されてからは、限られた人へ限られた機会にお願いするものだから、半年に一度くらい。

ここ8年は、増やさないようにするので精一杯になってる。」


桔梗ききょうとの間にある絆を指し示し、ため息をつきながらも愛しそうな視線を向けるみかど


桃院とうのいん当主の絆だから、と嫌煙されたり。

『禁忌の一族』なら自分でやれとか言われたり、まあ色々な理由で断られるのよ。」


抜け道を探すことなどせず容赦なく禁忌の技を行使し、みかどにも同じことをさせようとしていたみかどの母。

『禁忌の一族』と呼ばれる所以は母にこそあり、みかどには何の非もない。


冬色としきがやってくれる?」


ほんの軽い気持ち。

本気で考えてはいなかったみかど


「はい。」


みかどの役に立てるのならば。

冬色としきはそんな気持ちだった。


「え。」


「僕に、やらせてください。」


桔梗ききょうみかどの間にある絆は、それはそれは複雑に絡まり合っている。

1日がかりで操作しても変化を感じられないほど。

みかどと懇意の遠方に住んでいる絆師きずなしが、仕事や桃院とうのいん家への用事で首都圏近辺を訪れる時にお願いするのだが、帰るころには疲弊しきっている。


桔梗ききょうみかどの間にある絆から外した絆の繊維の行き先が、そもそもの問題なのだ。

みかど側には、割と多く浮いた絆の繊維を割り振る他の絆がある。

けれども、桔梗ききょう側にはほとんどない。


桃院とうのいん家が営んでいるビジネスで桔梗ききょうと関わる人間はいるが、殆どインターネットを介してやり取りをするため直接の関わりがない。

インターネットを通じてでも多少なり絆は結ばれる。

だからこそ、どこの誰と繋がっているのがわからない。

そんな絆を無闇に結びつけるわけにもいかない。

ビジネスを左右してしまう可能性があるからだ。


一般の依頼時にも、どこの誰かわからない絆を結びつけるのは危険だ。

だから、なるべく太い絆へと移動させる。

元々仲の良い者同士が、さらに仲が良くなってもそれほど影響がない。


桔梗ききょうの両親が亡くなった後は、古くからの使用人や側使えの公苑くおんなど、本当に限られた人との絆に集中している。


冬色としきが10年前に桔梗ききょうの絆を見た時にはまだ両親との絆が存在していたものの、元より両親との絆さえも弱弱しいものだった。

あってもなくても、それほど変わらないだろう。

そんな調子だから、桔梗ききょうの絆は操作が困難だ。


冬色としきも、桔梗ききょうがいかにみかどに執着しているのかを理解している。

その思いは、やがて絆を動かしてしまうかもしれない。

しまいには、みかどを雁字搦めにするほどに。


「ありがとう。」


そこにあるのは、安堵と感謝だけ。

次に訪れたのは、心配だった。


「本当に大変なのよ。

芯だけの状態に近づけるには、最初は1週間位かかると思う。」


冬色としきは、珍しい笑顔で応えた。


「大変なのは、初めからわかっていますよ。」


言いながら、冬色としきは心の中で呟いた。

大変なのは絆の操作そのものではなく、当主の方に違いない、と。

とはいえ、嫌いというわけではない。

仲良くできる気は、全くしないけれども。


冬色としきは絆を操作する事が苦手だが、操作そのものは得意なのだ。

両親が絆の文書やみかどの助言を基に、あらゆるものを解く練習をさせてくれた。


編み物をして解いたこともある。

組紐を作って解いたりもした。

酷く絡んでしまったネックレスを解くのは必ず冬色としきの役割。

あやとりをしている最中、母がわざとぐちゃぐちゃにした紐を渡すことが度々あり、あやとりの趣旨がわからなくなったほど。


妹が生まれていからは、不思議なことに妹が紐の類をぐちゃぐちゃにしては冬色としきに渡し、解くと喜んだ。


冬色としきは小中学生の頃、苦しみながらも目に付く人の絆を整えていた。

みかどが指導するようになって最初の頃、冬色としきの操作を見て感動したほどだ。

絡まり合った絆の繊維の糸口を見つける速度は、経験豊富なみかどよりも早いしセンスが良かった。


絆の操作をするときには、イメージだけで行えるのだが、ゲームをしているの時にコントローラーや身体まで動かしてしまうように、手まで動く時はある。

見られても構わない環境ならばそれでいいのだが、不審がられるような状況では手の動きを制御。

あるいは、手元は他の動作を行った状態を継続して、イメージの中では絆の操作をする事がある。

その為、絆師きずなしは日常的に脳に負荷がかかっている。


絆師きずなしは頭の回転が速く、多角的に物事を捉えられ、計算が得意だ。

時代の移り変わりと共に、絆師きずなしの出番も限られている。

表向きには大学の先生、医者、航海士、建築士など様々な職業に就いているものがほとんど。


帝事務所の様に正体こそ隠しているが、表でも絆師きずなしの能力を使用するような仕事をしているのは珍しい。

医者になった者が絆師きずなしの能力を多少使用する事はあるだろうし、皆なんらかのタイミングで能力を活用する事はあっても決して主力ではないだろう。


冬色としきにもそういった選択肢はあった。

なるべくみかどが住んでいる場所の近くに高校を探した結果いくつか候補があった。

3校に絞り受験した結果、最も近く最も偏差値の高い高校に合格した。

その後、有名大学を卒業している。

学歴は折り紙付き。

就職先には困らなかったはずだ。


帝事務所でなるべく長く働くために通信制大学への進学を希望した冬色としきだが、最難関と言われる大学にも数名の合格者を出しているような高校。

それではもったいない。

絆師きずなし以外の選択肢を広げるためにも、他の学生と交流できる形で大学に通って欲しかった。

そこで、みかどは。


「帝事務所に就職したいなら、有名大学を卒業しなさい。」


と、冬色としきに言った。


「わかりました。」


と、あっさり有名大学に合格するのだから大したもの。

その後も何度か。


「帝事務所に就職したいのならばこの資格を取りなさい。」


などと、就職に有利な資格を取得させている。

法学部を卒業していた冬色としきが有している資格は。


行政書士

社会保険労務士

宅建士

英検2級

簿記1級


言うまでもなく、現在は帝事務所で冬色としきが担っている部分は多く、欠かせない存在である。


簿記は、2級を在学中に取得して卒業後に1級を取得している。

みかどは2級を提示したのだが、冬色としきは簿記を面白いと感じて勉強を続けた。

1級に合格した時には、楽しみが無くなってしまったような感覚に襲われ、しばらく意気消沈したほどだ。


冬色としきはこれまでの人生を、殆どみかどの言葉のままに進んできた。

何の疑問も抱かず、みかどがそう言うのならばそれが正しいのだ、と受け止めてきた。

おそらく、今後も大きくは変わらないだろう。


冬色としきにも、みかどに話していない事がある。

この機会に話そうと思い立ち、話し始めたので会議室でのやりとりは、休憩を挟んで2時間。

20:00少し前に終わった。


休憩の間に、妹からの不在着信に気が付いた冬色としき


「お兄ちゃん、お仕事お疲れ様です。

明日学校がお休みだから、都内に住んでる友達と遊んで、そのまま友達の家に泊めてもらうはずだったんだけど、予定が変わっちゃって。

お母さんに相談したら、お兄ちゃんの家に泊めてもらえって。

21:00までは友達と一緒にカラオケしてます。

場所をメッセージで送るね。」


18:18に残されていた留守電のメッセージを2度も聴いてから、店まで迎えに行くことをメッセージ送信。


みかどさん、妹が来ているので20:20までには出たいです。」


会議室に戻る前に、しかと進言。

例え話が途中でも確実に終わる予定だったが、幸い話は済んでおり最後の方は他愛もない雑談をしていた。


絆師きずなしの禁忌について、内田家の事も話したらどんな反応をするか。

内心不安のあったみかどは、密かに胸を撫で下ろしている。


冬色としきは、妹の事しか考えていない顔で帝事務所を出た。

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