第11話 魔法

 ベスペキネは右掌を上にしてイズミの方に差し出した。

「まずは変換ね、これは意識によって操作できるの。世界に満ちたオドを体に取り込む。取り込まれたオドは体内でマナに代わるわ。そしてそれを放出。放出する場所も自由に操作できるの。と言っても生き物は生きているだけで常にオドを取り込み、微量のマナを全身から放出し続けているわ、これを意志の力で一か所に束ねたり、放出する圧力を高めたりしてマナの量を調節するの。今あたしの掌から何も方向性を与えていない、マナそのものとでも言うべきものを緩やかに放出しているのが分かるかしら?」


 確かにナノマシンユニットの視覚を介するとベスペキネの掌から変質したエネルギーが放出されているのが分かる。

 ネティの方は全身からごく微量ずつ放射状に拡散している。

 イズミの全身からも同様に放出されている。


 イズミは両手できゅっと捧げるようにベスペキネの手を持つ、そうすると感覚的にもそれが分かるようになった。

「ひぇ!?イズミ!?」

「うん・・・わかる。こうするともっとわかる。これがマナなんだね。」


 そう言って両手の親指でベスペキネの掌をきゅっきゅと優しく揉む。

「すごいイズミ、こんなすぐに・・・あっ、ふわぁ、ちょっと気持ちいい・・・」

 しばらくそうしてからベスペキネの掌に顔を近づけるとスンスンと匂いを嗅いだ。


「チョチョチョチョチョ!?ナニナニ何してるのー!?」

 ベスペキネは慌てて手を引っ込めた。

「マナって匂いするのかなって思って・・・でへへ」

 首を少しかしげてはにかむイズミを見てベスペキネの真っ赤になる。


「しないしない!あたしの匂いしかしないわ!」

 あわあわと両手を振るベスペキネ。

「ベスペキネの匂いかぁ」

「・・・はずかしい」

 イズミがそんなことを言うものだからベスペキネは両手で顔を覆って消え入るような声でそう言った。


「かわいい!!」

 イズミは我慢ができなくなってペスペキネに抱き着いた。

「──────ッ!?」

 ベスペキネが声にならない悲鳴を上げる。

「ふふふ、ふふふふ、まるで花が咲くよう。」

 その様子を見ていたネティは両手で口元を隠し満面の笑顔だった。


「おほん!気を取り直して、さっきみたいに放出したマナに今度は方向性を与えるわ。そうね。じゃあここは見た目も派手な火で!って言いたいところなんだけど無難に他の人に迷惑が掛からなさそうな風にするわね。」

 そう言ったベスペキネがヒョイと指を振るとイズミの顔にそよそよと風が当たった。


「おお~微風・・・なんだか心地いい~♪」

「ふふん、さっきみたいに放出されるマナにどんな効果を与えてどんな範囲にどんなふうに作用するのか、火が燃えたり、水が流れたり、風が吹いたり、土が盛り上がったりこれを意識することで加えて解き放つ。これが魔法よ。」

 ベスペキネが得意げな顔で腕を組んだ。


「なるほどー!呪文の詠唱とかはしないんだね。」

 イズミはなんとなく風に向かって話してみるが扇風機のようにプロペラで風が起きているわけではないので声は変わらなかった。


「中には詠唱をする人も居るけどそれはイメージを固めるための補助っていうかその人のルーティーンっていうか、その人にとってそうした方が魔法を使いやすいっていうだけで必要な物じゃないわ。だから決まった詠唱なんて無いし、あたしはしない方がスムーズなの。だって戦闘中にわざわざ大いなるマナに願い奉る、大気を動かせ、気流となって敵を押し流せ~みたいなのやってらんないもの。」

 風を止めたベスペキネが芝居がかった大仰な動きでテキトーに考えた詠唱を口にする。


「うーん、なるほど、確かに、でも詠唱ってなんか厨二感あってそれはそれで憧れなくもなかったんだけどなぁ。」

 イズミは顎に手を置いて考え込むようなしぐさをする。

「チュウニカン???」

 ベスペキネはコテンと首を傾げた。

「あ、いやなんでもないの気にしないで」

「イズミの故郷の言葉かしら?カッコイイ的な意味?」

「ん-・・・まあ・・・そんな感じ・・・かな?」

 そう答えるイズミはなんだか煮え切らないような微妙な表情だった。

「そういえば男の子たちは大魔法使いごっことかでよくわからない謎の詠唱を作り出すのが好きだったわね」

 イズミはベスペキネのその言葉に、あー!それ!それですよベスペキネさん!正解!などと考えながら遠い目になった。


「まぁとにかくイズミもやってみましょ!まずは全身から流れ出るマナを一か所に集めてみて、掌がイメージしやすいと思うわ。」

 ベスペキネはそう言ってイズミの手を取るとその掌の中央に人差し指の先でくるりと輪を描いた。

「ひゃっ!くすぐったい、あ、でも意識しやすくなったかも、さすが先生」

「もう、先生はやめてってば」

 イズミの言葉にベスペキネがまたカッと赤くなった。

「あらぁ、まぁ、美少女二人がお互い触れ合う他愛もないやり取り、なんて尊いのかしら、ふふふふふ」

 ネティは少し離れたところからその様子を満面の笑みで眺めていた。


「じゃあやってみるね。全身の~・・・マナを~・・・掌に~・・・集める~・・・むむむむ」

 意識を向けてみればなるほど確かに全身から噴き出すマナを操作する感覚が分かる。


「ほう、ほうっ、これはっ、ぬーっ、確かにこうっ、動かせてるんだけどっ、ちょっとでもっ、気を抜くとっ、すり抜けてっ、またっ、あふれ出してっ、なんかっ、ウナギでもっ、掴んでるっ、みたいなっ」

 意識を向けるとついつい体が動いてしまって謎の踊りを披露してしまう。


「あははっ、あたしも最初はそんな感じだったわ、流れ出すマナを纏めるんじゃなくて他の場所にフタをして一か所だけ開ける感覚の方が分かりやすいかも」

 ベスペキネのアドバイス通り掌を残して他をシャットアウトするイメージが上手くいった。


「あっ、できた?できたかも?」

「できてる!できてるわ!イズミやっぱりすごい!天才だわ!あとは簡単よ!どんな現象を起こしたいのかイメージしてみて!」

 我が事のように飛び跳ねて喜ぶベスペキネ


「ふわっと優しい風・・・そよそよ~ベスペキネの方に・・・」

 イズミがイメージした通りにベスペキネの顔にやさしい風がそよそよと吹きかかる。


「出来た?あたし魔法使えてる・・・?」

 イズミがじわじわとほころぶように笑顔になる。

「風が吹いてる!ちゃんとできてるわ!これでイズミも魔法使いよ!」

 ベスペキネは思わずイズミに抱き着いた。

「まぁっ、うふっ、ふふふふ、ふふふふふ」

 ネティもとてもうれしそうだ。



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