第8話 助けられるなら

 帰還した騎士団長はその足ですぐに軍務卿に今回の件を報告した。

 話を聞いた軍務卿は即座に内務卿と宰相に緊急招集をかけた。


 宰相は眉間にしわを寄せながら

「その途轍もない強さの冒険者の話もワイバーンが家紋を描いたなどという話も俄かには信じがたいですね。」

 内務卿は頭を抱えながら

「しかし騎士団長殿の報告ともなれば無視できるものではないでしょう。」

 軍務卿は腕を組み

「無論だ、アレはつまらぬ嘘をつくような男ではない。まして今回の件はキュークス殿下のお命が狙われた物。一笑に付して済ましてよい内容ではない。」


「それは勿論です。内務卿、例の家について何かないのですか?」

 内務卿は帳面をぺらぺらとめくり

「それがですね、少々気になる点がございまして、かの領地ですがいくつかの村落が魔物の被害で壊滅したとして復興支援のための補助金を申請しております。生き残った者の話ではゴブリンの群れで訓練されたような行動であったとか、群れは領の騎士団で討伐したと報告されています。」


 軍務卿は片眉を上げ

「今回のワイバーンは魔物使いによる隷属魔法が掛けられ組織だって行動していたとか、確かに気になる点ではありますな。」

 宰相は顎に手を当てながら

「ふむ、確かに今回の件にも関わりそうですね。詳しく調べる必要がありますね。件の冒険者については望みを聞いてみましょう。王に相談させていただいた上でご招待差し上げるのが良いですね。ついでに見極めてしまいましょう。」

「ならば私も同席させていただこう。気になるではありませんか、ワイバーンを蹴り一発で殺すという話、いったいどれほどの者か。」

「内務卿はかの領の内偵をお願いします。それでは今日のところはこの辺りで。」





 ある朝宿のイズミの部屋のドアがノックされた。

「はーい?どなたですか?」

「ミリャだよ!」

 宿の店番をしていた猫耳幼女だ。

 イズミがドアを開けると

「おねえちゃんにおきゃくさんがきてるよ、だんちょうさんっていえばわかるんだって!」


 1階に降りると騎士団長が待っていた。

「団長さん、おはようございます。」

「これはイズミ殿、急に押しかけて申し訳ない。王が褒賞の件で希望を伺いたいとのことで、明日登城してはいだたけないだろうか?」

 彼は申し訳なさそうにその後頭部に左手を置いてそう言った。


「え!?明日!?ずいぶん急ですね」

「はは、まぁイズミ殿は毎日宿に帰られておるご様子であるし、大丈夫であろうということで、無論都合が悪ければ日を改めさせてもらうが」

「特に予定はないので問題ないですけど、服装とかってなんでもいいんですか?」

「あぁ、社交に出るわけではないのだ。今着ているその服で十分だろう。では明朝、馬車で迎え出すので冒険者協会で待ってほしい」

 そう言うと団長は去っていった。

 

 イズミはこういった使い走りに騎士団長が使われていることに若干の疑問を抱いたが、まぁ知らぬ顔ではないからであろうと結論付けた。


 翌朝、イズミはアリサに見送られ、何故か付いて来るというライオベントと共に王城からの迎えの馬車に乗り込んだ。

 イズミは窓から見える早朝で人通りが少ない街並を楽しんだ。

 パカパカとゆったり進む馬車がマシューの商会に差し掛かった時、ガラガラと騒がしい音を立て荷馬車が走ってきた。


 相当無茶をして走ってきたようで前輪の車軸が真っ二つに折れてガリガリと引きずるようにして停まった馬車の御者台からムドロブが転げ落ち、額から血を流しながら店内に駆け込んでいく。


「ただ事ではないな。」

「そうだねぇ、さすがにこりゃちょっと様子を見に行った方がいいかな。御者さんちょっと停めてください。」

「そうですね、行きましょう。」

「あっ、ちょ、お二方」


 イズミとライオベントが馬車を降りて現場に駆け付けるとムドロブが両手に回復薬の瓶を持って店から飛び出し

「ゲナウゥ!ウアアアアアアアアアアッ!!」

 ベスペキネの泣き叫ぶ声が響き渡った。


 馬車から沈痛な面持ちのスカムベが下りてきてムドロブを止めるとゆっくり首を左右に振った。

「そんな・・・そんな・・・」

 ムドロブは膝から崩れ落ち、スカムベはうつむいたまま、ライオベントはスカムベの肩に手を置いた。

 ベスペキネの悲痛な叫びが朝の大通りに響き渡っていた。


「ゲナウ・・・さん・・・?」

 イズミが馬車をのぞき込むと中にはぐったりとして幌にもたれかかるネティ、ゲナウに縋りつくようにして泣くベスペキネ、そして右の肩口から胸の半ばまで断ち割られ、もう息をしていないゲナウが横たわっていた。


 物言わぬゲナウの姿に悲嘆に暮れかけたイズミだったが

『対象、人間ゲナウ、心停止直後です。脳の血流を確保すれば障害の可能性は極めて0%に近いと思われます。生命維持のために血流と肺のガス交換を代替、補助しますか?』

 突如イズミの頭に直接響く音声は初め聞くものだったが何物かは理解でき、彼女は瞬時に落ち着きを取り戻した。


「ナノマシンユニット、彼を死なせないで」

『了解しました。肉体の修復に医療ポッドを使用します。安静にできる場所が必要です。』

 イズミはそっとベスペキネを抱きしめた。

「ベスペキネ、あたしに任せて、大丈夫、ゲナウさんは助けて見せるわ。」

 そう言われてベスペキネは目をパチクリさせた。

「イズミ・・・助かる・・・の?」

「ネティさんは平気?」

 ネティはどさりと床に体を横たえた。

「うっ・・・イズ・・・ミ・・・さん?えぇ、私はただの魔力切れです・・・」


 馬車から降りてきたイズミに

「そうか、イズミちゃんは彼らのお友達だったね・・・悲しいけど冒険者ってのはこういうことも・・・」

 ライオベントが話しかけたがそれをぶった切ってイズミは言った。

「ライオベントさん!安静にできる、できれば人の来ない場所が必要です。」

「あ、あぁ、協会の会議室なら防音の魔道具も・・・でも彼は・・・」


 イズミはライオベントの言葉を半ばで置き去りにし、ナノマシンで作った担架にゲナウを載せ、頭上に抱え上げたかと思うととんでもない速度で走り去った。

 それを呆然と見送った一行だが


「まさか、助かるのか・・・?」

 ぽつりと出たスカムベのつぶやきに

「イズミは・・・助けるって言ってた」

 そう言ってベスペキネは協会に向かい走り始めた。

「ムドロブさん、申し訳ないんだが俺も向かわせてもらうよ。壊れた馬車の件や急いでくれたお礼はまた必ず。」

 スカムベもネティを背負い歩き始める。


「やっぱりあの子、身体強化無しでとんでもない膂力とスピードだね、しかも助ける?息の根の止まったゲナウくんを?やれやれ、団長さん、緊急事態だしお城に行くのはいったん保留で、連絡お願いね?」

 ライオベントもそう言って団長に向かってプラプラと手を振り、ギルドに向かった。

「あ・・・はい」

置いてけぼり団長はしばし呆然とした後、報告のため王城に向かった。

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