第6話 天使と陰謀と

「け、蹴り一発だと!?そんな馬鹿な、ワイバーンだぞ!」

「やっぱりこれワイバーンなんですね。あ、どうも、大鉄級冒険者のイズミです。援護は必要ですか?」

イズミはそう言ってニコリと笑いながら冒険者証を提示した。

「だ、大鉄・・・大鉄級の冒険者が蹴りでワイバーンを・・・あ、いや助かる、是非御助力願いたい。」


そうしているとワイバーンの一匹が勢いよく滑空してきた。

たとえ迎撃されても馬車に激突するコース、特攻であった。


「おのれ!」

その身を盾にしようとした団長は、しかしイズミにやさしく押し退けられた。

「何を!?」

「まぁ任せてください。」

イズミはその体を空間に固定し、突っ込んできたワイバーンの鼻先に掌を添えた。

次の瞬間その首から先がひしゃげて潰れ、残った体は完全に勢いが殺されてドスンと地面に落ちた。


その異様に誰も何も言葉を発することができなかった。

何故この少女は微動だにしなかったのだ、彼女の体重ではどんな凄まじい身体強化だろうと支え切れるものではない。


団長がそんなことを考えているうちにイズミは一振りの黒い剣、ナノマシン製の日本刀もどきを手にしていた。

ずいぶん細い剣だ。収納魔法から出したのか?いつ抜いた?

疑問は次々と湧いて出る。


イズミはにやりと笑い

「今宵の虎徹は血に飢えている。」

トンッと軽い足取りで地面を蹴り、消えた。

少なくとも団長以下騎士団の全員にはそうとしか見えなかった。


ドシャッ!

そんな音とともに縦に真っ二つになったワイバーンが落ちてきたことで初めて上空に目を向けると、更に一匹の首が刎ね飛ばされるその瞬間であった。

自由落下が始まったイズミの掌から黒い鎖が伸びて別の一匹を搦め捕り地面に叩き落した。


墜落し、全身の骨が粉々に砕けたワイバーンは絶命、残り一匹となったワイバーンは静かに地面に降り立った。


ワイバーンとは元々それなりに賢い生き物だ。

教え、育てれば人語を解して共に生きることができる。

彼もそのように育てられた。

彼には隷属魔法が掛けられ、従う他なかった。

しかし絶大な恐怖は結果として彼をその頸木くびきから解き放った。

アレは駄目だ。

余りにも、余りにも圧倒的な力の差、戦えば死ぬ。

逃げても死ぬ。

何もせずとも死ぬ。

ならばどうする?

ただひたすらに平服して赦しを請う、それ以外に思いつかなかった。


イズミの前に平伏したワイバーンは恐怖のあまり震え上がっていた。

「君はもう暴れないのかな?」

彼はその問いに首肯した。


「ま、瞬く間に5匹のワイバーンを・・・き、君は一体・・・本来ワイバーンとは我々訓練された騎士が入念に準備をした上で最低でも3人で掛かってやっとの魔物のはず、あ、いや、失礼、とにかく礼を言わせてくれ、君のおかげで誰一人欠けることなくこの窮地を脱することができた。本当にありがとう。」

やっとのことで動き出した団長は泉に礼を言った。


「いえいえ、魔物に襲われる人を助けるのは冒険者として当然のことですよ!大鉄級冒険者ですので!」

そう言ってイズミは再び冒険者証を掲げた。

「信じられん、本当に大鉄級なのか・・・」


そうしていると馬車の扉が開き、中から金髪碧眼がキラキラの男の子が下りてきた。

「イズミさん、危ない所をどうもありがとうございます。僕はキュークス、キュークス・エルデライトでうわわ!?」

そのあまりの可愛さにイズミは衝動のままに彼を抱きしめて頬擦りした。

「キュークスくん!可愛い!キューくんって呼んでもいい?」

その速度には誰も反応できなかった。

「ん・・・?エルデライト・・・?」

イズミはあることに思い当たり停止した。

「はわぁ・・・」

男の子は真っ赤になっている。

「団長さん、もしかしてこの子、あ、いえ、この方、気軽に抱き着いたり頬擦りしていい相手ではない感じでは?」

団長の顔が引きつっている。

「そ、そんな感じなお方なのだが、ま、まぁ、止めることができなかった我らにも責はある。この場は不問ということで・・・キュークス様は栄えある我がゼンリョーナ王国第三王子殿下であらせられる。」

イズミの顔も引きつる。

「あらせられちゃいましたか・・・」

殿下はニコニコと嬉しそうに言った。

「あらせられちゃいましたけどキューくんて呼んでもいいですよ?」




「さてさて、回収しときますか」

そう言ってワイバーンの死体を次々に次元庫に放り込むイズミを見て団長は慌てた。

「あっ!い、イズミ殿大変申し上げにくいのだが、ワイバーンの死体を譲っては貰えないだろうか?この襲撃、殿下を狙った陰謀の可能性がある。詳しく見分すればどこで育てられたものかわかるやもしれぬのだ。十分な謝礼は約束しよう。」

「あぁーそういう感じなんですね。構いませんよ。あたしがこのまま運んでしまって冒険者ギルドに一旦預けてそこから引き取るのがいいですかね?」

「すまない。助かる。」


「あ、そう言えば、生き証人がいるじゃないですか」

イズミはそう言ってワイバーンに目を向けた。

「グェ!?ギ、ギェ・・・」

彼は飛び跳ねるほど驚いて震えあがった。

「君の元ご主人様について何かわからないかな?」

「ははは、イズミ殿、実行犯と言ってもワイバーンでは・・・」

団長は笑っていたが


「グェッ!グエグエ・・・」

ワイバーンはしっぽの先でガリガリと地面に何か描き始めた。

「なんだ?」

団長が訝しげな声を上げた。

しばらくすると何やら紋章のような物が出来上がった。


「な!?この家紋は!?なんということだ!イズミ殿、このことは他言無用に願います。」

その紋章を見た団長は何やら深刻そうだったが

「あ、これ見ても何も判んないで大丈夫ですよ。あたし外国人ぎゃーこくじんみたいなもんだし、キューくんを見ても誰だかわかんないくらいなんで」

イズミがケロリとそう答えた。

「そ、そうか、ならばよいのだ。それにしてもワイバーンがこれほど賢いとは・・・」

「グェエ」

ワイバーンは恐ろしいイズミに殺されぬよう必死に思い出したのだ。


「ずいぶん暗くなってきたし帰りましょうか。あ、馬車は君が引っ張ってくんだよ。」

「ギョエ!?」

「イズミ殿」

「なにかな?団長さん」

真面目な顔でそういうイズミの腕の中には未だにキュークス殿下が抱きしめられていた。

「その、そろそろ殿下を返していただきたく・・・」

「でへへ、やっぱダメ?」

照れ笑いするイズミの腕の中で

「えへへ、だめ?」

キュークス殿下も嬉しそうだった。

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