年明け天狗と時の風

天西 照実

年明け天狗と時の風


 星のない夜空から見下ろす街。

 明かりが続けば道路だろう。

 散らばっていれば住宅地だと想像がつく。

 揃えた箸のように光る二列の明かりの中に、長い光が吸い込まれる。

 そして明かりは足を休め、また箸明かりの中から走り出す。



 郊外の住宅地。裏山の鉄塔の天辺。

 山伏やまぶし姿の鴉天狗が一羽、赤い高下駄たかげたを履いた足を揺らしている。

 腕金に腰掛け、電車の行き交う駅を見下ろしていた。

 闇夜に融け込む鴉天狗がもう一羽、ひらりと夜空から舞い降りる。

 青い高下駄を履く片足で電線にとまり、

「いた、いた。なにやってるんだ?」

 と、声をかけた。

 腰掛けている赤下駄の天狗は、

「久々に星が見たかったのに、今夜は曇ってるから。似たような明かりを見に来たの」

 と、街明かりを見下ろしたまま答えた。

 青下駄の天狗も、夜の街を見下ろした。

「なるほど。一面の星空だな」

「ほら。あそこに流れ星が見えたよ」

 街外れを走る一台の車を指差し、赤下駄の天狗が楽しげに言う。

「この辺りは流星群か。そっちは天の川だな」

 と、青下駄の天狗も指を差しながら言っている。

 すぐ足元の駅を見下ろし、赤下駄の天狗が、

「じゃあ、これは?」

 と、聞いた。青下駄の天狗は首を傾げながら、

「銀河鉄道」

 と、答えた。

 まだ少年に見える赤下駄の天狗は、ふふっと嬉しそうに笑った。



 キンと冷たい風が、鉄塔に伸びる電線を揺らしている。

 赤下駄の天狗は、背中の黒い翼を大きく広げた。

「んー、気持ちいい!」

「寒くないか?」

 と、青下駄の天狗が聞いた。

「乾いた冷たい空気が、羽の隙間に入り込む感覚。けっこう好きなんだよね」

 パサパサと翼を揺すりながら、赤下駄の天狗は笑った。

 その様子を眺めながら、青下駄の天狗は、

「ほどほどにしとけよ。冷えちまう」

 と、言ってやる。

「うん」

 頷きながら赤下駄の天狗は、もう一度、街明かりに視線を落とした。

 駅に電車が止まり、人間たちが溢れるように降りて来る。

 そして駅を出ると、流れるように街へ散って行く。

「これ、さっきから全部違う人間なんだよね。すぐ散ってっちゃうからよくわからないけど、電車を柄杓ひしゃく代わりにして一か所に集めたら、どの位の山が出来るだろう」

 赤下駄の天狗は、人間たちを見下ろしたまま言った。

 また駅へやって来た別の電車を眺め、青下駄の天狗も、

「この辺りの人口と人間ひとりの体積でも掛ければ、ある程度の山の高さがわかるんじゃないか」

 と、答えた。

 赤下駄の天狗は少し考えていたが、小さく首を傾げた。

「……勘定方かんじょうがたの君には、そんなのでわかるの?」

 と、大きな瞳を向ける。

「さぁな。細かい勘定は苦手だ」

 鼻で笑い、青下駄の天狗も翼を広げた。

「そんなことより、パーッと海の上でも飛ぼうぜ。やっと大天狗様の御小言が終わったんだ」

「3年は長かったよね」

「あぁ。よく3年間も喋り続けられる」

「僕、足が痺れちゃったよ」

 腰掛けたまま膝を曲げ伸ばし、赤下駄の天狗は言った。

「俺もだ」

 と、青下駄の天狗も片足をぷらぷら揺らしている。

「大天狗様、年も明けたって言ってたけどさぁ」

 両膝を曲げ伸ばししながら、赤下駄の天狗は首を傾げる。

「うん?」

「3年も経ってること、気付いてないんじゃないかな」

「あぁ。年を取ると、年月の感じ方も加速するそうだぞ」

「あっという間に、3年経っちゃったのかな」

 と、呟き、赤下駄の天狗は小さく息をついた。



 空を見上げれば、黒い雲がゆっくりと風に流されていく。

 ザザーッと山を下りて来た風は、街へ向かって流れていった。

 赤下駄の天狗は、ぴょこんと足元の電線に降りた。

「おっとっと……」

「ははは。気を付けろよ」

 ふらつく赤下駄の天狗を笑ってやりながら、青下駄の天狗は、

「こいつらは、3年前には別の中身だったんだろうなぁ」

 と、もう一度、電車から溢れるように広がる人の流れに目を向けた。

 大きな翼を広げてバランスをとりながら、赤下駄の天狗は、

「人間の時間は早いもの。この人間たちは3年前とも、3年後とも違うんだ」

 と、答えた。

「人間は忙しいなぁ」

「僕たちだって忙しいよ。3年も御小言を聞いていたのに、1年しか休みをもらえなくて、またすぐに仕事だもの」

「そうだな。この1年はのんびりしたいもんだ」

「うん。羽を伸ばして、パーッと飛ぼう」

 天狗たちは電線を揺らし、風のように夜空へ消えていった。


 二本の黒い羽根が、ゆっくりと線路へ舞い降りる。

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