第6話 遊びに行こう!

 ある休日の事だった。

 

 「とうちゃ~く!」


 「も、もう帰りたい……」


 テンションの高い彩奈と、着いてそうそう帰りたがっている僕。

 

 今日は快晴であり、雲一つない青空と、そこから僕たちを照らす太陽が妙に心地いい。気温もまだそこまで高いというわけではなく、こういう日は昼寝をするに限る! などと思っていたが、その行為を彼女が許すはずもなかった。


 というのも……





 今から数日前、僕たちはいつものように部室へ向かい、そこで他愛のない会話をする。はずだったのが、今日は何か様子が違っていた。

 そう、恋バナだ。


 むしろ部名に見合った感じで良いと思うという人もいるだろうが、僕はまだ咲織さんのことを若干引きずっていた。というか引きずるに決まっている。


 校内で彼女とすれ違うことは多い。廊下での移動時間や、登校時に友達と話しながら歩いている様子などだ。見かけるたびにあの日のことを思い出すようなことはしょっちゅうなのだが、それが思わず声に出てしまい、ため息をついてしまったのが僕の運の尽きだった。


 「はは~ん……?」


 学校の人気者であり、青春真っ盛りのピカピカ女子高生が、そんな美味しい状況を逃すわけもなかった。そう、ちゃんと恋バナ好きだったんだよあの子は……っ!!


 「それでそれで、モブ君は沙織ちゃんのどこが好きなのっ!?」


 「えーーっと……」


 部活が始まると、当たり前のように質問攻めにあう僕。

 いつから好きなの? どこが好きなの? 一緒にどんなことしたい? etc.


 ……そんなの、答えられるわけないじゃないかっ!!


 「あの子の人気っぷりもすごいわよね。なんでも、告白される前に、男子が勝手に諦めちゃうんですって」


 瑠々花が独り言のようにそっと呟いていた。


 ご存じの通り、咲織は高根の花だ。表立ってキャーキャー言われているわけではないが、彼女のことを好いている人は何人もいるのだ。

 しかし、誰もが諦めてしまうその容姿と性格。彼氏がいると思うのが普通だろう。僕もそう思うもん。


 「……ん? でもこの前おり「じ、女子と仲良くなるにはどうすればいいんでしょうね~!!?」


 色々危ないワードを言い出しそうになっている部長の口を無理やり押さえつける。

 僕が咲織さんに告白して振られた、という事実を知っているのは僕自身と彼女、そして部長のみ。自分の行動の哀れさに恥じてしまい、僕はカイにすら話してないのだ。


 ここには恋バナ好きも生息している。そんなご馳走を用意してはならない。絶対に。


 「好きな子と仲良くなる方法か~、そうだな~……」


 女子から好きな人にサイレント修正されてしまった。


 「やっぱり、遊ぶのが一番だよねぇ……」


 彩奈は、机を両手でバンと叩くと、そのまま勢いよく立ち上がり


 「よし、遊びに行こう!」

 

 ということで、まずは自分自身が遊びを楽しめるようになるのが大事らしく、部員みんなで遊びに行くことになった。




 なので、テンションが高いのは、実は彩奈だけではない。もう一人、ここに青春大好きな人がいまして……


 「……これだ。私が求めていたのはこれだよっ! 休日を親しき者と過ごすことで、学校だけでは深められなかった友情をより深めるチャンスッ! しかもそれを制服でだぞ……!?」


 高校生と言えば制服デート、そのイメージはいろんな人が持っていた。かく言う僕もそうなのだけども。


 「彩奈、君のその行動力に感謝する……」


 「誰かを誘いたいなら、まず自分たちが知らなきゃ! ですもんね。今日は楽しみましょうっ!」


 まず五人が集まったのは駅前。


 遊びに行くとなった時、彩奈はまず何をしたいか、どこに行きたいか希望を確認していた。四人の回答はこうだ。


 「彩奈ちゃんが行きたい場所ならどこでも~!」


 「こんな奴となんて絶対遊ばないから!」


 「ま、任せます……」


 「そんなの無限に考えているぞ! まず(ry


 ……それぞれが、それぞれらしい回答をしてくれたおかげで、無事彩奈も困ってしまい、それだったら彼女に全部任せた方が良いのではないかという結論に至ったわけだ。


 遊ばないとか言っていた瑠々花もしっかりと集合場所にいるし、何気に楽しみだったのだろうか?


 「……なんか文句あんの?」


 「ひっ、何でもないです……」


 彼女に睨まれてしまった。


 しかし、そこへザ・ノーデリカシーな男が彼女と肩を組み始め


 「なんだかんだ言って、ツン子ちゃんもみんなと遊びたかったんだろ? 可愛いんだから~」


 「ち、違うし! これが部活の一環だって言うから仕方なく来ただけだし!」


 その腕をすぐさま払いのけて、英樹から距離を取り始める。だが、彼女から脅威が去ったわけではなかった。ほら、後ろから抱き着こうとしている者が一人……


 「瑠々花ちゃん~! いつか一緒に遊べたらって思ってたんだよね! 今日はよろしくっ!」


 「わ、分かった、分かったから! 恥ずかしいから離してよ……っ!」


 どうやら、思いを直接ぶつけられることには、慣れていないらしい。う~ん、可愛いところあるなぁ。


 そんなこんなで電車が出発する時間が近づいてきた。五人は切符を買い、改札へと向かう。




 電車に乗るのはいつぶりだろうか。僕はガタゴトとたまに揺れ動く音を楽しみながら、外の景色を見つめている。この、近くの建物が移りこんだと思ったらすぐに消えていく様子と、遠くのゆったり移ろっていく景色との対比が、地味に好きだったりするのだ。


 電車の楽しみ方は人それぞれであり、例えば英樹であれば無線のイヤホンを耳に着け、音楽を聴きながら到着を待っていたり、紫月であれば読書を楽しんでいた。普段は変人なそれであっても、本を嗜むその横顔は美麗そのものだった。


 ということで僕は辺りを見渡しながら、到着を待っていたのだが……




 「……?」


 扉の窓ガラスの奥、隣の車両に、僕は同級生らしき人物の影を見つけた。


 たったそれだけ? と思うかもしれないが、確かにそれが男の影だったら僕は気にも留めていなかっただろう。

 それは女性の姿をしており、僕が知っている女性で、あの笑顔が素敵な子となれば、答えは一人しかいないわけで……


 (な、なんでここにいるの……!!?)


 場所の関係上うるさくはできないが、僕の内心は騒音そのもの。耳に届いていれば鼓膜が破けてしまいそうなそれを無理やり押さえつけ、なんとか平静を装う。


 大丈夫、きっと降りる先は違う。そう、違うと信じている……!!








 「とうちゃ~く!」


 「も、もう帰りたい……」


 テンションの高い彩奈と、着いてそうそう帰りたがっている僕。


 僕が帰りたい理由は、部員同士で遊ぶのが嫌だったとか、めんどくさくなってきたとかそんなくだらない理由ではない。いや、もっとくだらない理由かもしれない。



 僕は、彼女――咲織が同じ駅で降りたところを目撃してしまったのだった……

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