五月
第5話 猫かぶりツン子ちゃん
「……ってことは、なんだかんだ部活で上手くやれてるってこと? 良かったじゃん」
「そうだね。まあ変な人はいるけど、それなりには」
授業合間の休み時間。次の授業は移動教室のため、僕とカイは一緒に歩きながら話をしていた。
二年生になってからの生活はあっという間で、気づけばもう五月になっていた。部員が僕含めて四人しかいないのは悲しいが、なんだかんだ楽しい日々を過ごしていた。
相変わらず雑談やボードゲームを遊んでいるだけだが、唐突にわけわからないことを始めたりするから気が抜けない。この前は、紫月先輩が「実践あるのみ」とか言い出して、英樹先輩に、見ず知らずの女子高生にナンパをするよう指示していた。見ている分には笑える光景なのだが、もしその矛先が僕に向いていたらと思うとゾッとしてしまう。
「そもそもそんな部活があるなんてこと初めて知ったし、そこに彩奈さんが入ってたというのも驚きだよな」
ちなみに、カイにだけは彩奈がI Lo部に所属していることを伝えている。というのも、こいつ、学校中の人気者である彩奈に興味が無いらしい。聞くと「別に、明るいってだけだろ?」とか言ってた。どうせ、彼女持ちであるが故の余裕だろう。色々思うところはあるが、そのおかげで彼の口から部活について漏れることは無いので、安心して話ができるというわけだ。
「彩奈さんって誰とでも距離近いでしょ? だから話すときすごくドキドキしちゃってさ……」
「でも、お前が好きなのは「わー! わー!」
廊下でいきなりとんでもないことを言いそうになるカイの口を無理やり封じる。カイは笑いながら
「悪かったって。応援してるぞ?」
「全くもう。調子いいんだから……」
悪びれた様子もなく笑っているカイに、僕は思わずため息をついてしまった。
そんな調子だから、もちろん廊下ですれ違う生徒に気が付くわけもなく……
ドンッ
「キャ……ッ!」
突然知らない女子生徒とぶつかってしまった。相手は何も持っていなかったからいいものの、僕は教科書等を持っていたため廊下に散乱してしまう。
「ご、ごめんなさい! 前をちゃんと見てなくて……」
「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、これ、拾わなきゃですね」
慌てて散らばったものを集める僕とともに、彼女もいっしょに拾うのを手伝ってくれた。最後に教科書に手を伸ばしたときに、彼女も拾ってくれようとしていたらしく、手が触れてしまったのが少し照れてしまう。
「あ、ありがとうございます」
「こういう時はお互い様ですから。次からはちゃんと気を付けるんですよ?」
軽い会釈を済ませて、彼女は友人であろう人達とともに去って行った。
慌てていたこともあり、あまり顔は覚えていないが、歩くたびにそっと揺れている髪の毛。その長さはロブくらいであり、茶髪のその後ろ姿から、素顔も魅力的であることは容易に想像できた。
「素敵な人だったなぁ……」
「……どうだか」
思わず見惚れている僕に、カイはどうやら呆れているようだった。
――――――――――
「お疲れさ……今日はまだ誰もいないんだ」
放課後になっても、珍しく紫月が迎えに来なかったということで、そのまま部室へ向かうことになった僕。先に行ってたのかなと思いながら扉を開けるも、そこに人の姿はなかった。
いつもは英樹が一番最初に来ていることが多く、そうでなくとも誰かしらいるため、一番最初が僕、というのは初めての出来事だ。
突っ立っていてもしょうがないので、とりあえず席に座りながら誰かしら来るのを待つことにした。スマホの持ち込みが許可されている校則に感謝しなきゃだ。
ということで、待つこと数分。ついにその扉が開かれた。
「あー、流石に毎日清楚は疲れるからここで休ませてもらうわよ……って……」
そこに立っていたのは、見覚えのある姿。
僕の想像通り、彼女の顔立ちは綺麗で、どこか可憐な見た目をしていた。それに髪型が合わさるのだから、彼女のことを一目見れば誰もが美少女というであろう。
……が、今の彼女は何かが違う……?
「あんた、もしかして今日ぶつかってきた人? なんでここにいんのよ」
「え!? あ、ぼ、僕もこの部活の部員で……」
「ふーん、ま、次からは気を付けるのよ」
僕に対して興味を示すこともなく、彼女は奥の席へと進んでいった。
椅子に座り始めたかと思うと、もう一つの席も取り出し、そこに足を乗せ、贅沢に足を延ばしながらスマホを弄っていた。
なんか、最初の印象と違い過ぎてすごい違和感が……っ!!
「……なによ、何見てんのよ」
その視線に気づいた彼女は、ムッとした表情で僕に言葉を投げかける。
「いや、その、なんかさっきと違うと思って……」
「は~、あんたもうるさい男ね。アタシがアタシの好きでいて何が悪いの……t」
ガラガラガラ
「お疲れ~って、お、ツン子ちゃんじゃないの!」
扉を開けて早々意味不明な言葉を発したのは英樹だった。
「違う! アタシの名前は瑠々花!
その言葉を否定するように声を被せたのは彼女だった。先程と印象がまるっきり違う女性の名はどうやら瑠々花と言うらしい。
「い~や違うね。お前の名前はツン子だ。猫かぶりツン子ちゃん」
「――っ! 久々に来てやったというのにあんたはまたそうやって……!!」
そういって瑠々花はぐちぐちと彼に噛みつき始めた。そんな様子も慣れているかのように適当にあしらってしまうものだから、彼女が余計怒りを募らせてしまう。
そこへ、タイミング良くまた扉が開かれる。
「悪い、クラスで色々とあって遅くなった。……と、瑠々花か、珍しいな」
「珍しいじゃないわよ! 早くこの男を退部させて!」
「いやいやツン子ちゃん、それは無いでしょうよ~!」
「だったらそのツン子呼びをやめなさい! きちんと瑠々花って呼ぶこと!」
「……こいつらは放っておくとして、織部、彼女を見るのは初めてだったな。彼女は瑠々花。お前と同じ二年生で、ここの部員だ」
なんと、彼女が同じ学年の生徒で、しかもここの部員であったとは。
四月まで計四人で部活を行っていたから勘違いしていたが、確かに部長は部員があれで全部とは言ってなかった。
そして新たに登場した彼女は、裏表が激しそうなツン子と呼ばれている女性。
はぁ、この部活には変な人しかいないのだろうか……?
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