第4話 なんてことない日常

 なんやかんやあって、I Lo部に入部してから何日か経った。

 とはいえ、今まで何もなかった人生が劇的に変わった、なんてことは起きるはずもない。僕の一日はこうだったりする。


 「よおモブ、お前今日こそ暇だったりする?」


 「あ、今日もなんだけど……」


 幸いにも、クラス内で僕はぼっちの人生を送ってはいなかった。今もこうして同級生から暇かどうかを聞かれているわけだが、遊びに誘われているということは誰でも分かるだろう。自分で言うのもなんだが、僕は割と話せるほうだとは思っている。これといった個性が無いので、その溶け込みやすさ、害の無さが良いのかなと個人的には思っている。


 ただ、一つだけ変わったことがある。そのせいで、今からこの誘いを断ることになるのだが……


 「織部、迎えに来たぞっ!!」


 こういうことだ。放課後になると、必ず部長である紫月が教室にやってくるのだ。


 「……ごめん。今日も行けそうにないかも」


 「ったく、モブも変なのに捕まったよなぁ。あの先輩が学校中で変人って言われてるのお前も知ってるだろ?」


 「そうなんだけどさ……」


 あの学校の人気者、彩奈に誘われたから入りました。なんてことは口が裂けても言えない。なぜかは分からないが、みんなは彼女が部活に所属しているということを知らない。部活に入らないで運動部の助っ人をしまくっている、と思われているようだ。


 だから、彼女がI Lo部に入ってますということを知ったら、交流の機会を増やしたい人たちがわらわらやってくるのは容易に想像がつく。今はもう少しだけ、この空間を楽しんでいたい。部活自体に興味があるわけではないけど、人気者とずっと同じ空間にいられるという満足感は手放したくないのだ。


 「まぁ、入ってしまったものは仕方ないから、頑張るよ」


 「そっかぁ……連れがバイトでドタキャンした時にマジでちょうどよかったのによ……余裕出来たら言ってくれよ? むしろ遊びたくなってきたわ」


 「うん、ありがと」


 「織部、何をしている! 早く行くぞ! ……いや待て。彼は私を試しているのか? 毎日こうして迎えに来る私をわざと邪険に扱うことで、寂しさが生まれてきたときにそっと抱擁するんだ。『そんなに僕のことを待ってたの? 可愛い子なんだから』とな。……くっ! いつの間にそんな飴と鞭を!?」


 「行きます! 今行きますからそんな変な妄想を膨らませないでください!」


 勿論僕にそんな魂胆があるわけじゃない。ってかいろんな人がうわぁって目で先輩を見ているし、話した内容から僕まで変な目で見られているぞ!? これ以上余計なことを喋らせるわけにはいかない。僕は逃げるように教室から飛び出した。


 「お、おい! 私を置いて行くな!」


 知らない知らない。部室にたどり着くまでこの人は他人だ。他人。




――――――――――



 「こんにちは~……」


 ガラガラと部室の扉を開けると、そこには英樹の姿があった。窓のさんに手を置きながら、缶コーヒー片手に黄昏ているようにも思える。セクハラじみた行為のせいで色々おっさん臭がするなぁとは思っていたが。こういう姿は見た目も相まってすごく洒落ているように見える。


 「お疲れ様です英樹先輩。今は一人なんですね」


 「……ん、ああ。彩奈ちゃんは部活の助っ人だとさ。んで紫月はお前を向かいに行ったが……なんとなく想像が付くよ」


 言わなくても全てを察してくれる先輩。流石だ。


 「ところで、先輩は何してたんですか?」


 「いや、なんでもないよ。ただ、ここから見える本校舎の廊下を眺めてただけさ。若いなぁ……ってね」


 前言撤回。やっぱりこの人何歳なのかわかんなくなってきたぞ??

 確かに廊下では窓に寄りかかりながら世間話をしているような女子高生や、教材を持って歩いている先生。よくよく耳を済ませれば、楽器の音色も聞こえてくる。


 「俺も若い頃は運動部でブイブイ言わせてたんだけどなぁ……今じゃこうして体力も衰えてこのざまだ。うぅ……っ」


 若い頃って……それ絶対中学の時の話でしょ。

 いろいろめんどくさいことになってきたので、会話を振ってしまったことを少し後悔してきた。置いてきて言うのもなんだが、紫月先輩、早く来てくれ……っ!!


 「おい織部! なぜ私を置いて行った!」


 激しく扉が開かれる音とともに、彼女の大きな声も聞こえてくる。いつもは嫌だと感じてしまうそれも、この状況であればめんどくさいこの男をどうにかしてくれる救世主となるのだ。


 「そんなことより、英樹先輩をどうにかしてくださいよ! 急にめんどくs……落ち込んじゃって……」


 「はぁ、またあいつは変なこと言ってるのか……おい、さっさと正気に戻れ」


 「……んだよ、女の声が聞こえたと思ったらお前か。お前なんかに興味はね~よ」


 しっしっと手で追い払う動作を取る英樹に対して、紫月は怒りを覚えてしまったようで


 「ほう、お前がその気なら、彩奈にお前のある事ない事言いふらしてやってもいいんだぞ?」


 「ちょっ、それだけはやめてくれよ……っ!」


 失礼な態度をお許しくださいと英樹らしからぬ平謝り。どうやら可愛い女の子に嫌われるのだけは嫌なようだ。うーん、この謝り方、どうもサラリーマンに見えてきて少し笑ってしまう。


 「おいおい織部、笑ってないで助けてくれよ……」


 「いやいや、ちょっと面白くて。あははっ!」


 こうして紫月と英樹のやり取りが始まり、僕がそれを見て笑っている。そうこうしているうちにもう一人もやってきて


 「お疲れ様で~す! って、また英樹先輩と部長さんが遊んでるんですか?」


 「こ、これをどう見たら遊んでいるように見えるんだい彩奈ちゃん……」


 彩奈のちょっとずれているような発言のせいでまた余計面白くなってしまうのだ。


 というわけで、彩奈もやってきたわけだが、この後も特にこれといった活動らしいことはしていない。部長がただ「会議」と称して雑談が始まるだけだ。


 愛される存在になるとか大それた事を言っておきながら、そんなんでいいのかと思うが、「部員同士ですら会話を盛り上げられないようじゃ、他者と関係を築くなんてもってのほか」と、それらしいことを言っていたのでよしとする。


 これが、僕が部活に入ってからの日常だ。なんてことない日常、遊びに行っているか、部活に行っているか、ただそれだけの事だ。

 

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