第54話
何の理由もなく他人の身体に刃物を向けることなんてない。ウネはメグへの積年の嫉妬や僻みを抱え続けた日々の限度を、船上での対立をきっかけに超えてしまった。
それは皮肉にもみんなで集まって関係の修復を願ったメグが呼び掛けた場所を、5人の故郷である小島を、5人の母校を利用して。
『このあとの流れはですね、小島に到着して船を降りた4人は乗り遅れたサイを待ち、そのサイが合流し、寄り道をせず真っ直ぐに廃校舎に歩みを進めます。ここら辺は全員のハンドアウトに記されているので、少し端折りまして……体育館で5人が別れたところから話しますと、メグはフラの後ろについて行こうとするんです。約束をしてましたからね、それを果たそうとしました……でもウネとヨコが2人で校庭へと行きそうな雰囲気を悟って、そっちを優先します。これは女の子3人でのお喋りをしたかったから、ですね。このときのメグはウネとの
メグが口約束を交わしていたフラよりもウネとヨコの輪に加わる方を取ったのはきっと、同性同士の気兼ねなさと、フラが船上じゃなくてわざわざ学校に着いてからと指定を入れたことだろう。既に後回しにされている話題のため、早急性はないと判断したのかもしれないと才原は茅ヶ谷の語りを聴きながら予想してみる。
ただ予想したところで、製作者当人にわざわざストーリーにさして影響のないキャラクターの行動心理を訊ねる気もサラサラないので、予想が予想のままで帰結しそうだなと僅かな時間だけ耽りつつ、また耳を傾ける。
『——そうして3人は校庭の遊具……タイヤ跳びとブランコのところですね。そこで船上で交わした本州での生活を掘り下げた話をしてましたね。この辺りは本来なら他愛ないですが、密かにウネの顰蹙も買ってしまっています。もうメグが話す内容が全て、憎しみの対象になってましたからね……——』
このときにはウネは、メグへの殺意を固めていた。
その刷り込まれた思考ロックが簡単に揺らぐわけもなくて、寧ろ増幅させるのは彼女の気持ちを推し量るなら、それが自然だ。
『——それで、メグが3人の輪から一抜けするんですけど、これはフラの約束はもちろんのこと、話の流れでヨコがフラと逢おうとしているのを感じ取ったからになりますね。つまりはヨコとフラの時間をいっぱい確保してあげたいから、先に約束を終わらせておかないといけないと思ったからですね。幸いにもヨコにはウネという話し相手がいましたから、口実を作ってフラの元へ向かいます……このときウネはメグの動向をしっかり把握していたので、校舎に入ったところを見て、のちにヨコもそちらへ誘導するような発言をしてますね……ウネは誰にも見つからずに体育館に引き返し、船であたりを付けていた、フラのバッグからバタフライナイフを盗むつもりでしたので——』
メグとヨコが校舎に入っていったことで、荷物が置かれている体育館が手薄になる確率が上がる。更にウネ視点だと体育館を後にするサイの行動まで捉えていたんだから、着実に即席の計画の段階を踏んで行った……いや、踏んで行ってしまったと言うべきだ。
『——そうしてメグの方は教室でフラと逢い約束を果たします。ここでフラはヨコへのプレゼント……悩みに悩んで要らないとは言われないだろうと、ヨコが好きなマスコットキャラクターが描かれたタオルを選んで買ってきていて、それをメグに見せて感想を聴いてました……これはずぶ濡れになったサイに手渡したタオルでもありますね。同じく雨に打たれていたヨコに渡せたかもしれませんが、やっぱり女の子同士、男の子同士で手渡す方が自然で、またプレゼントをアクシデントに乗じて渡すのにも躊躇があったのかもしれません……この真意はフラのみぞ知る、といったところでしょうか——』
サイ視点でも手渡されたタオルへの違和感は拭えなかった。色褪せもしていない、さっきまで包装の中にあったであろう新品そのものの柄物タオル。
才原はまさかメグとの相談の場に持っているとは想定していなかった。けれどプレゼントのつもりで持ち出したタオルということならば、傷が付かないように、おそらく手短にボストンバッグを開いてすぐのところに収納し戻したはずだから、バタフライナイフが消失していることに気が付かない筋は通っている気がする。
『——ちなみにメグとフラの相談内容のほとんどはヨコに関することで、家柄の不満を述べたのは最後の方だけ……ここではウネとは違い、和解とまではいかなくとも、親同士の不和にその子どもまで影響される必要はないっていう結論に至っています。正直この2人の関係に更なる亀裂が生じなかったのは、ウネの一件でメグも、もうちょっと冷静に話し合わないとダメだと考えを改めたことが1つ、それとメグとフラは5人の中でもっとも接点が薄く、距離感がもともと保たれていたからです……だから、ただただウネが暴走していたわけではないと、自分の解釈ではそう設定しています——』
茅ヶ谷はウネを擁護する。
その感情が、あのエンディングに繋がっているのかなと才原の脳裏をよぎる。
『——程なくしてフラとの相談も終わり、フラはヨコを探しに行きます。でも敢えてメグは言いませんでした……ヨコが教室を覗いていたことを。そう、メグはヨコの存在に気付いていたんです。だけどあわよくばフラが話している内容がヨコに届けばいいななんていう、お節介心が働いていました。それから大体5分くらい経過した頃に……ナイフを手に持つウネが見計らったかのように教室に入り、メグを刺し、すぐに立ち去ります——』
ウネの視点ではさっきまでフラが教室に居て、準備室にはヨコが潜んでいると知っている。となればメグへの犯行は自ずと、迅速なものとなる。
『——メグはそのナイフを手に持つウネを見た瞬間に、〈自分がウネをここまで追い詰めてしまった〉と察します。だからこそ抵抗もせず、近くに居てもおかしくないヨコとフラの名前を呼んだりもせず、ウネの行為を身を持ってもってして受け止めました。教室内が荒らされず、綺麗に仰向けに倒れ込んでいたのも、それが理由です』
「そっか……だから……」
メグが意識を失っていた状況は、誰かに刺されたと考えれば不自然だった。それこそ自殺の線を追いたくなるくらいに。
才原は今更ながら、当初は気付かなかったメグの行動心理に辿り着く。それは……この相手になら刺されても良いと、メグが諦めてしまった場合だ。
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