第53話

 不意に才原は今回の物語を回顧する。

 幼少期からの友達同士なのに、どういった経緯があったとしても刃物で身体を刺すまでに仲違いするのは、例えフィクションだったとしても哀しい。

 これがもしも現実の出来事になったとしたら……今日も一緒に遊んでいる畝村、横浜、富良野、そして高校の後輩でしかなかった茅ヶ谷、他の同級生や先輩後輩、家族に親戚、同郷の知り合い……世の中の誰であっても、こんなことにならないようにと祈るしかない。


 血を流して意識を失っている姿なんて見たくないし、友人間で犯人探しをするのだって精神的に病んでしまいそうになるだろう。

 つくづくこの事件に作り手が存在することがせめてもの救いだ。


『ということで……プレイヤー全員分の採点が終わりましたので、残りはメグの時系列と彼女の感情を少し掻い摘んでの説明と、総括ですね』


 茅ヶ谷がGM用ハンドアウトの最終ページを開く。きっとそこには、どのプレイヤー視点では知り得ない、メグの人となりが事細かく記されているに違いない。


『メグはこの2年間、小島のみんながバラバラになった責任は自分にあると考えていました。特にウネとフラの家族との関係は断絶され、唯一頻繁にメッセージ交換をしていたヨコからも、他のみんなとは連絡すらまともに取り合っていないことを知らされます。このままではみんな小島での日々を忘れてしまうと危惧して……恨みが残ったままなのを承知で、かつての友人を故郷に集まる計画を立てました』


 平静とした語り部のような抑揚。

 それはまるで茅ヶ谷がメグの気持ちを代弁しているみたいに届けている。


『発起者はメグです。でも家同士の関係のせいもあって、ウネとフラにメッセージを送信したのはその旨を汲み取っていたヨコなので、2人視点だとこの集まりはヨコかメグのどちらが提案したのか曖昧になっています。そして残りのサイにはメグが直々に送っているんですが……この行為もウネがメグを刺してしまった動機の1つになっているんですよね』


 そう言って茅ヶ谷は、ウネを演じていた畝村に視線を合わせに行く。

 畝村はうだつが上がらないと言いたげに、力無く首肯して見せる。


『ハンドアウトの目的にも明らかにされていますが、ウネはサイが大好きです。それは異性としてもあるけど、初めての友達でもあったから……彼女にとっては特別な存在の男の子なんです。そんなウネにメグは船の上での遣り取りで〈サイに逢いたいって連絡を送ったら、すぐに行くって返信があった〉と言うんです。ここでちょっとした誤解が生じていて、その後すぐにメグの口から順風満帆な高校生活を送っていることを知り、ノイローゼのウネは家柄のことに絡め、激昂して揉めて、果ては高校での勉強や人間関係が上手く行かないことを全部メグのせいにして、流石のメグもキレ気味に〈それなら学校なんて行かなければいいでしょ、本州に引っ越したんだから他の選択肢もあるんじゃない?〉って返しました。メグとしては怒りも交えつつもウネを心配してのセリフだったけど、ウネとしては誰のせいで引っ越す羽目になったと、進学の選択肢が狭まったと思っているんだと火に油を注いでしまっているんですよ。ここで殺意というか、メグさえ居なければ……みたいな思考回路に陥ってしまっているって感じになります』


 ウネの鬱屈とメグの憂慮。

 きっと、どちらにも罪はない。

 ただ運悪くすれ違ってしまっただけ。

 本心が通じ合わなかっただけだ。


『それからずっとヨコやフラ、操舵室に居る船員さんにも気付かれにくい船室で、ひたすらウネはメグを殺してしまいたくなるくらいの怒りを抑え込んで、メグも薄々勘付いており何も出来ない沈黙の時間が続きます……メグは室内から出てヨコとフラの邪魔はしたくないと考えていて、あとウネともちゃんと仲直りがしたいと思っていたため留まってました。しかしそんな彼女の思惑とは裏腹に、ウネが先に船室から甲板に向かってしまい、慌ててメグが後を追います。そのまま甲板に出て目にした光景に、バタフライナイフを手際良く構えていたフラと、美味しい料理を期待して拍手を送るヨコとの仲睦まじい2人が視界に入り、ウネは余計に孤独を感じて引き返します……ウネとしてはフラも同類だという醜い安堵があったけど、フラにはヨコが隣に居てくれるんだとする疎外を感じてしまったわけですね』


 人は誰かに共感を求める切ない生き物だ。

 それは時として生命線にもなるけど、他人の望みを断ち切ることにも直結してしまう。


『そんな暗澹と踵を返したウネにメグはここぞとばかりに幸せ話を投げ掛けます。具体的には〈ヨコとフラは昔から仲良しだったからね、そういえばウネはサイとどうなったの? だってほら、昔からいざというときは必ず2人の息が合ってたでしょ?〉みたいなことをメグが言って、ウネも1人じゃないよって伝えたかったんです。でも……さっき、サイのことで誤解が生じていたって言いましたよね? だからそのせいでウネの解釈だと、メグがサイのことをダシに使って煽りに来ているようにしか映らなかった。適当に相槌を打って答えたけど、メグへの殺意が本格化した瞬間でもあって、フラのナイフとヨコとの仲よさげな笑みの脳裏に焼き付いていたことで、それを凶器に使用し、あわよくば2人のどちらかに罪を着せようとまでに達していたというのが、メグとの諍いが埋められないままになったウネの犯行動機になります』


 消えそうに儚げな言葉尻になりながら、茅ヶ谷はウネとメグの拗れまくった関係に至る経緯を告げ終える。

 きっとこの他にも家庭環境、学校生活でのいざこざもきっとウネの内側にあって、縋る相手も居なくて、どうしようもなくなった結果が、このメグへの刺傷事件だ。

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