第52話
全てのプレイヤーの採点も終え、これで茅ヶ谷が制作、進行してくれたマーダーミステリーの全工程が終了となる。
だけど才原が誰を見回しても、とても遊び終わっている様相を呈していなくて、それとなく離席することすら憚られるような雰囲気に気圧される。
「才原?」
「おお……なんだ富良野、藪から棒に」
突如として正面席に座っている富良野から声を掛けられる。
びっくりして若干挙動がおかしくなってしまったかもと無駄に背筋を伸ばし、才原は訊き返した。
「いや……才原が自投票したのが、やっぱりなんでなんだろうなって。だって例えば俺が犯人だとでっちあげることも出来たから。そうすれば1点は減るけど、ほぼ確実に0点を避けられるのになって思って——」
「——私も私も、以下同文っ!」
富良野の疑問符に隣の横浜が威勢良く挙手して同意を示す。
そこまで気になることなのかなと才原は畝村と茅ヶ谷に一瞥すると、畝村は視線に気付きつつもまたそっぽを向く。茅ヶ谷はなにやら言葉を押さえ込むようにGM用ハンドアウトで顔下半分を隠しながらも、瞬時に目線には数回の瞬きで答えてくれる。
ただアイコンタクトで通じ合う関係性も無くて、モールス信号だとしたらすぐに解読出来るほどの好奇心が才原には無い。
つまり茅ヶ谷が何を言いたいのかは分からない。結局無意味な行動だったなと直り、ここは素直に富良野の疑念に答える方が遥かに効率的だと判断する。
「まあ……そんな重要なことでもない気がするが、ヨコとフラを今更疑い直したところでサイとしてはウネと票を合わせないとダメだから、それなら自分に入れるのが分かりやすいかなって思って——」
「——それはないでしょう?」
間髪入れずにツッコんで来たのは畝村だ。
確かに彼女視点だと、才原がその主張をするのはおかしく映るなと言いながら思う。だってサイがウネ以外の誰に票を投じたところで、最多得票にならない目的を持つウネが合わせてくるのは、犯人だと疑っていたなら容易に想定出来たことだろうからだ。
「だって才原は……サイは推理時間になる前にウネが犯人だと言い当てていたんだから、普通なら私は合わせてるよ」
「え? そうなの?」
「早……」
そこに横浜と富良野が介入する。
控え室での会話はサイとウネによる密談だ。
残された2人が知らないのは当然といえる。
「うん。ウネとして考えると、なんでそんなことをしたのか本当に意味不明だけどね。犯人と分かっていて、庇ってるんだから」
『えー……その点を含めて、GM視点の話をしても良いですか? 特に横浜先輩、富良野先輩は密談中のやり取りを知らないので、そこを知っておいた方がいいかな……と』
場を見守るかのように静観していた茅ヶ谷が、ゲームマスターとしてというよりは製作者として、補足のために名乗り出る。
そうまでして口籠っていた理由があったのかどうか、才原は頬杖をつきながらも、彼女なりの細やかな思惑が交錯していたんだろうなと適当に解釈を予想してみる。
「あ、うん! というか、作者としての巡のお話が聴きたいもんっ、私」
「それは俺も興味ある」
横浜からも富良野からも肯定意見が返る。
するとすぐに、茅ヶ谷がGM用ハンドアウトをまた開き、彼女の言葉を紡いでいく。
『ではまた長々となりますが僭越ながら。この盤面、確かに富良野先輩の言う通り、サイは目的を達成したいならヨコかフラに投票することが堅実です。そうすれば最多得票を免れたい目的を持つウネがサイに合わせない道理がありませんからね。ましてやサイは……才原先輩はウネが犯人だと密談で推理して本人に告げてもいましたので、尚更サイの目的を遂行したいならヨコかフラ、そこに合わせてくるウネがいるから、誰も最多得票にならず犯人が定まらないエンドに直行出来た——』
もちろんそのエンドが、サイ及び才原が求めた終わり方じゃない。
別に特定のエンドロール以外は容認しないタイプとかじゃなくて、ただただ点数よりも大きな価値があることにサイのハンドアウトを眺めて気が付いだからこそ、一見して意味不明な選択をした。
『——なのに才原先輩演じるサイは何故か自投票。自分がそのエンディング分岐を用意していなかった原因も、わざわざ確定点数を捨てにくるキャラクターはいないだろうって考えていたからなので……ほんとやってくれましたねって感じですよ、才原先輩……』
茅ヶ谷は才原に対して苦笑いをする。
まさか製作者のおおよその想定を超える展開には、摩訶不思議なミステリアス大好きの少女感が随所に零れ溢れている。
「……だけど結局、僕はウネを最多得票にしてしまってるからな……まじで踏んだり蹴ったりで散々な結果だよ……」
『いえいえ。才原先輩が引き摺って悲観する必要はありませんよ。それよりもなんで才原先輩が自投票を選択したんだろうなって、集計とか、どのエンディングで分岐させようかをゲームマスター視点で考えているときに、ふとサイのハンドアウトを流し見して……確かにサイによる他者への性格設定ならそうしてしまうこともあり得るなって、自分も後から思いましたからね——」
自投票なんてなんのメリットもない。
そんなことサイを演じてた才原だって重々承知していた。
だけどこのゲームは、予め用意された別のキャラクターになり切って考える必要がある。要するにロールプレイだ。
『——そう思った箇所がですね、サイのハンドアウトにあるみんなは仲良しだったという記載がされているんです。これはプレイヤーだとサイだけにしか書いていなくて、そもそも犯人が居ると分かっているのに誰も最多得票にしない目的が配られたことを考えれば……点数度外視の、仲の良いみんなを助けようとするために自投票しても変じゃないですよね? つまりはロールプレイとしての点数は落ちますし、今回に関しては0点という結果では有りますが、みんなを守るために自投票をしたのは、いかにもサイっぽいなと思いました……サイのことを知ろうとしてくれてありがとうございます、才原先輩。製作者冥利に尽きます』
「お、おお……」
想定より感情が空回ってしまったかような、吃り気味な声音での応対になる。
茅ヶ谷による真顔の賛辞に、どうすれば良いんだと才原は頭を悩ませたからだ。
そんな様子を遠目に、横浜も富良野も、そして畝村も揶揄うように笑う。
冬季間近なのに暖房器具が点いていない一室。
その平穏な準備室の温度が少し上昇する。
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