第50話
凶器の入手、犯行経路、そして動機。
船でメグと言い争っていたとするなら、その船舶内でフラのナイフを目撃した瞬間に、刺し殺すための手段として利用する目論みが浮かんでもなんらおかしくない。
けれどそれだけだと、どこかでまだ衝動を抑えられなかったのかなと考えてしまう。
『もうこの大喧嘩のときにはメグに対して殺意が湧き上がっているんですけど……他にも理由がありましてですね……』
「理由? 家事情以外にもってこと?」
横浜が茅ヶ谷に訊く。
茅ヶ谷は即答すると思いきや、どう答えて良いものかと、口元をGM用ハンドアウトで覆い隠す。その状態を保ったまま、慎重に言葉選びをしながら答え始める。
『あー……うーん。それもちょっと含まれてはいますかね。えっと、メグは高校に進学した後も順風満帆だったんですよ。同船しなかったサイ以外のみんなには高校での写真を披露したとハンドアウトに記載しているんです。議論時にも少し触れられていましたね——』
そう言いながら茅ヶ谷はGM用のハンドアウトを読み始める。
おそらくは今述べた内容が間違いじゃないかどうかを確認しているらしくて、しばらくすると該当箇所を発見したように何度が頷いてみせて、さきほどまでの話の対比を続ける。
『——逆にウネはあんまり上手くいってなかったというか、超進学校が故に常に成績との戦いで、高水準をキープしないと退学するしかなくなるプレッシャー、特待生という入学手段のせいで他生徒からイジメと定義するのは難しいけど、冷遇され続けていたんです。貧乏であることも知られていて、頼れる友人もおらず、誰にも連絡せずに黙っていた……そんなノイローゼの積み重ねが、歯止めが効かなかった要因と自分は設定しています』
このウネの背景に気が付くことは、サイ、ヨコ、フラそれぞれの視点でも困難だろう。特にサイはメグの写真を知らないせいで、ほとんどノーヒントと行っても良い。
けれどヨコとフラの視点ならば、メグによる恵まれた高校での写真を見せられて、家事情を加味して不平に感じることはあるかもしれない。
それがもしウネにまで波及している仮定したいたなら、もしかしたらウネがメグを手に掛けたと勘付ける要素では辛うじてある……どちらにせよ艱難なことには変わらないが。
『それからメグを刺すまでのウネの行動経路ですが、校舎敷地内の体育館に到着後に校庭へと向かい、ヨコとメグをお喋りしています。ただこのときは主にヨコが話を回していたため、ウネとメグはあんまり言葉を交わしていません。そんな様相は申し訳ないとメグが先に去り、ヨコがそれに続く。しばらくブランコの設置された付近で棒立ちした後に、やっぱりメグへの怒りは収まらず、ウネは体育館に戻ったところでサイがまだ居残ってたことにビックリしながらも外に出るのを待ち、その背中を視線で追ってから体育館に戻り控え室へ……ここでフラのボストンバッグからバタフライナイフを入手。ちなみに外ポケットに入れているのも、ウネは知ってます——』
ウネの行動経路詳細。ヨコとフラのときは端折ったみたいだけど、流石に犯人視点の行動経路は説明するほうがみんなのためだと、茅ヶ谷は判断したようだ。
『——それからは予めメグが校舎内に入ったことを知っているので、ウネはどこかで場所を割り出さないかと校舎を外周しようとしたところですぐに、教室でフラとメグの相談現場を目撃。このときにはナイフの所持者であるフラに犯行を
この視認がウネを準備室へと物理的に向かわせなかった。
ただそのことを知っていた前提で行動出来る人物と範囲が限定された刹那、そんなことが可能なのはウネしかいないと盤面が詰まったおかげで、犯人が定まったといえる。
『——準備室は使えないと悟ったウネは結局、フラとメグが別れてすぐのタイミングを見計らっていて、ずっと教室内を見張っていました。すると幸運なことにフラだけが教室を後にします。これは絶好機だとウネはフラと入れ替わるようにして玄関口から教室を目指し、出逢いがしらにでも刺さるようにと準備万端……その後、教室にてメグを一刺しして、準備室に居るヨコに気付かれないように速攻で踵を返し、校舎玄関口でサイと遭遇する。以上がウネが犯行に至るまでの流れになります』
茅ヶ谷がひっそりと会釈する。
長々としたご清聴に謝意を示すかのようだ。
「……割と冷静に、メグだけを狙った犯行なんだな」
「そう、だな。俺もてっきり衝動的なものだと思い込んでいたから」
「ねぇ。これ私に……ヨコに気が付かれてたら、どうなってたんだろう?」
『……そこは横浜先輩の想像に委ねます、自分がそのもしもを語るのは憚られるので。そうですね、ウネがやったことはとても前々から考えてた計画的と言えないモノでも有りますし、メグだけを狙い澄まし、剰えフラやヨコに罪を着せる魂胆までありましたから、全部咄嗟の判断頼りですがかなり業が深いです』
ウネにはメグに対する怨恨があった。
刺した理由もきっと、そのうちのどれかであることは間違いない。
しかしサイは思う。ウネとメグと近しい関係性にあたるフラとメグは刃物で刺すにまでに至らなかったことからも分かるように、人が他人の身体を刺す心理というものは、正確無比に判別が付くわけじゃないんだろうと。
例えば邪魔者を排除するような感覚か、憂さ晴らしのためか、はたまたただの遊びの延長線上か……誰かを刃物で刺した経験のない才原には分かりっこない想像で、どこか現実的に捉えられない虚像でしかない。
『……ちょっと長くなり過ぎましたね。犯人役として積もるエピソードもあると思いますが、才原先輩を残していますし、さきに採点をしましょうか、畝村先輩』
「そうね——」
そのまま畝村はウネのハンドアウトに記載している目的欄を覗き見る。
そういえばあんまり畝村当人がウネの話に参加してこなかったなと回顧しつつ、彼女の目的を聴くことにする。
「——ウネの目的。犯人として最多得票にならない5点、メグの過去を知る3点……ええ、サイに……サイに好きだと告白する2点、以上」
「……は、はあ? え? なんだそれ、ん?」
突然の別類の告白に困惑する才原。
ちゃんと目的を言ってのけた畝村も、右手で自らを仰ぐようなジェスチャーをして上の空だ。
横浜と富良野も黙々と微笑んでいる。
そんな才原と畝村を面白がるようにまなじりを細めつつ、進行役に徹しないとダメだと、咳払いで冷静さを保持しながら茅ヶ谷が採点を始める。
『えー……まず犯人として最多得票にならない、これは残念ながら達成ならず。次にメグの過去を知る、この過去というのはいくつかあって、今回は進路調査票の情報がサイとフラから明かされているのでオーケーとします、クリア。そして最後に、サイに好きだと告白する……これは伝えられましたか? 畝村先輩』
既に答えは知っているが、敢えて訊ねる。
怪訝な顔色になりながら、畝村は答える。
「はぁ……してるわけないでしょ。そんなタイミングもなかったわ」
『ですね……ちょっと見てみたかったですけどね。ということでこちらも残念、達成ならず……最終的な点数は3点です』
「うん。やっぱり犯人だって暴かれちゃったら厳しめの点数ね」
『いえいえ。初めてのロールプレイで犯人役……かなりの難題だったはずですが、立派に演じてくれたと自分は思いますよ? 素晴らしかったです』
茅ヶ谷が口角を上げて称賛を述べる。
犯人役という大役を無事に真っ当した畝村に向けて。
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