第47話

 4人は小島を模したミステリーボードの盤面を囲む。推理を述べ合っていたときと同じように。

 その様子を見届けたのち、茅ヶ谷が喉の調子を軽く整えて、淡々と落ち着いた口調で語り始める。


『最初はこの事件……事故とした方が彼女のためかもしれませんが、解説では事件として扱っていきます。前情報として、5人は同郷の同級生で、ケンカをすることくらいは流石にありましたが、在校生のときはとても仲が良かった子たちです。みんなはメグの呼び掛けで2年ぶりに本州から小島に帰島して、廃校となってしまった母校に行き、それぞれで見て回りたいよねと、体育館の控え室に荷物を置いて別行動を取り出します……サイが合流してから体育館までの時間は、全員殆ど共通のハンドアウトとなってますね』


 このゲームに於けるハンドアウトというのは、プレイヤーごとに異なるバックグラウンド、他プレイヤーの印象、行動を簡略化したタイムテーブル、行動経路詳細、プレイングの目的などが事細かに記されているキャラクタープロフィールだ。

 事前に4人ともが各々で配布されたキャラクターの人となりを読み込んで、ハンドアウトに記された内容を自分のことのように、なるべくそれに沿ったロールプレイを行う。


 今回は演じた当人たちをモデルにしたキャラクター設定だったので、小島出身以外の要素は平凡な少年少女と大差ない。

 けれどストーリーによっては異国異世界の紳士淑女、スパイに怪盗、果ては魔法使いや人工知能ロボットなどの人智を超えた存在を演じる場合もある。この辺はドラマや映画の役者と同じように捉えると分かりやすいだろう。物語によって千差万別ということだ。


『では誰のハンドアウトからにしようかな? うーん、ウネは後回しにしたいので……ヨコからにしますかね?』

「むっ? 私から?」

『はい。じゃあ横浜先輩、早速ですけど他の先輩方にも見えるようにハンドアウトを開示してあげてください。あっ、自分のGM用のハンドアウトにも全員分同じ内容が書いてあるので、こちらに気を使わなくて結構ですよ』

「はーい」


 それからいそいそと横浜がヨコの情報が詰め込まれたキャラクターハンドアウトを、才原、畝村、富良野へと広げて見せる。その3人が覗き込んでいる様子を確認してから、茅ヶ谷がGM用のヨコに該当するページまでめくって、俯瞰視点の解説を始める。


『最初は横浜先輩が演じてくれたヨコ。このヨコは皆さんの推理通り、メグを刺した犯人ではありません。しかし時系列を見て頂いたら分かるのですが、ほぼずっと近くの準備室に篭っているのでアリバイのしようがなく、犯行可能位置には入ってしまうんですね』

「もう準備室ずっと寝てるからねっ。あと、あんまり詳しく時間が記されてないかな?」

『はい。ヨコは寝ていますし、準備室には時計はありませんし、時間軸が曖昧なので敢えてそのようなタイムテーブルになってます』


 ヨコのタイムテーブルの欄には、ウネと別れた後にすぐ校舎に入り、教室に向かおうとしたところでフラとメグを目撃。そのまま準備室に入りカーテンを開けて、扉前に座って潜んでいるときに寝落ち。微かな騒音が耳に届いて起こされてすぐ準備室を出て、フラとメグはどうなったんだろうと再び覗き見たことで、ナイフが刺さって倒れていたメグの発見に至る。その間に明確な時間の記載はなされてない。


「……本当に寝てるんだね」

『ふふっ。そうなんですよ畝村先輩』

「えっと、私視点……ウネ視点だと、準備室で丸まって寝ていそうってあるんだけど、何してるのって思ったからさ……」

『そうなりますよね……あっそうだ、ウネが外からヨコを見ているって情報はあまり出てなかったですよね? 意図的に視認を隠蔽したのは素晴らしいかったですよ——』


 茅ヶ谷が微笑とともに健闘を称える。

 畝村は謙遜するように頷くに留める。


『——うん……話を戻しますね。自分の想定ではヨコは疑い位置に入りはするんですけど、第一発見者であること、ナイフの入手が難しいこと、メグへの怨みがそこまで無いことで白くなりやすくて……あとフラから犯人として1票を投じられにくいこともありますね。個人的には事件の全容が追えやすい主人公ポジションのつもりで製作しました』

「おお……私主人公ポジだったんだ。あんまり推理出来た気がしなかったけどね……真実が何個もあったもん」


 推理漫画の主人公ように積極的に手掛かりを探したわけでもなく、単独じゃ何が何だかちんぷんかんぷんだったと言いたげな横浜は首を傾げる。


『そんなことないと思いますよ……じゃあ、その証明も兼ねてヨコの目的に移りましょうかね? これは横浜先輩、読み上げてください』

「え? ああ、了解——」


 そう答えて横浜は、ハンドアウトの最終ページにある、アナタの目的の欄に視線を向けている。

 これは物語に於ける各キャラクターごとの達成目標になる。その目的には点数換算もあって、このポイントが高ければ高いほど高難易度のロールプレイをクリアした指標となり得る。もちろん自らに疑いが向かれないように泣く泣く白状するケースや、情報不足で推理を外すこともあるから一概に満点を取ることばかりに執着するものではないが、可能ならクリアしたい事柄だろう。


「——ヨコの目的……この事件の犯人に投票する4点、タイムカプセルの在処を見つける4点、フラに票が入らないようにする(フラが犯人だった場合、この目的は消失する)2点……だよ」

『はい。まずこの事件の犯人はウネで、ヨコはウネに投じているので、クリア。次にタイムカプセルの在処……これもサイとのペア行動時に発見していますので、クリア。最後にフラには誰も犯人だと票を投じていないのでこれも、クリア——』


 全ての目的に茅ヶ谷からクリアという名の花丸が送られる。

 一定のリズムを刻む拍手とともに。


『——おめでとうございます横浜先輩、10点中10点……満点クリアです』

「いえーい、やったー。正直タイムカプセルとか犯行とは無関係だし難しいかなって思ってたんだけど、かなり早めに見つかってくれて助かったよー」

『ふふっ、そうですね。実はこのタイムカプセル関連でちょっと情報が錯綜とすることも期待していたんですが……ペア行動時にウネとフラから場所を聴き出して、サイと校舎裏に向かうまで粘ってましたし、色々と見事でしたね』

「いやーそれほどでも、あるのかなー。あとフラを守れて、信じれてよかったよ」


 横浜は照れ笑いをしながら、ブロンドヘアーに沿って後頭部を撫でる。

 ついさっきまでストーリー上とはいえ、殺伐とした議論が交わされていたとは到底思えないくらいの明朗さを準備室が帯びて行く。

 彼女の演じたキャラクターの立場を引用するならば、のんびりとお昼寝が出来るくらいの温暖さが伝播する。

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