第48話

 横浜の満点クリアは実際、かなり難しい。

 犯人を言い当て、他視点の情報を貰って、特定の人物に疑惑を向けられにくく立ち回る。

 達成に浮かれ気味の彼女を感慨無く眺めていると、その価値が冗談めいてしまって、やや薄れて感じてしまう。だが第一発見者の悲壮悲痛の演技力を含めても、素晴らしいロールプレイだったなと才原は思う。ただ思うだけで口にはしない。

 議論中にタイムカプセルという単語を図らずも引き出してしまった挙句、あっさりと校舎裏に誘導されてしまったことが少し悔しくて、褒めるとコイツは絶対に図に乗ると判り切っているからだ。


『それでは次……フラにしましょうか? 富良野先輩に配ったハンドアウトを開いてください』

「オーケー。まあこの流れだと、俺しかないよね。ウネはもちろんのこと、サイにも何か思惑がある感じだったし」


 手際よく富良野はハンドアウトを机に広げる。その隣には未だ横浜のハンドアウトがあって、見比べられるようにという細やかな配慮が汲み取れる。


『はい、ありがとうございます——』


 茅ヶ谷が恐縮するように一礼する。

 そもそも茅ヶ谷と交友があるのが横浜と畝村で、才原は顔見知りなだけで、富良野に至っては初対面だったかもしれない。

 とにかくあまり接点が無く、ゲームマスターとプレイヤーという話題以外では、どうしてもお互いが辿々しくなる。


『この富良野先輩が演じていたフラは、いわゆるスケープゴート位置のキャラクターなります』

「スケープゴート?」

『はい。本来なら生贄とか、身代わりっていう意味合いの言葉で……分かりやすく言うと、犯人ではないのに犯人だと疑われやすくなる人物、ですね』


 やっていないのにやってると誤解される。

 フラは罪を着せさせられやすい不憫なキャラクターということだ。


「はあ……なるほど。小島に着いてすぐ廃校舎の教室で話そうと持ち掛け、最もメグと接触していて、凶器の所持者で、めちゃくちゃ怪しくはある……」

『あと状況的な話をしますと、ヨコの信頼を得られないと詰みやすくなりますね。フラというキャラクターの証明は、目撃していたヨコからのみなので……これが仮にヨコの立場のプレイヤーが目的を度外視でフラ犯人だ、って思考ロックされてしまったら、なかなか犯人じゃないという反論が難しくなるので』

「確かに……俺視点だとヨコも出来なくはないけど、犯人じゃないと思うって言ってくれてたのもヨコだから疑えなかった。それでヨコが外れて、サイは関与出来ないだろうなって考えたときの消去法でウネが浮上したから」


 フラというキャラクターはヨコの目撃証言によって、メグの刺傷や自殺幇助の疑惑濃度が下がる。逆に言えばそのセリフを貰えなければ容疑者筆頭位置に上がり、他殺と自殺の両方の線を抱え込んでなんとか逃れようとするしか無くなる。

 こうなれば犯人であるウネへの追及が遅れ、最悪のケースはヨコとフラで無益な言い争いにまで発展していたかもしれない。


『富良野先輩、横浜先輩……2人とも、上手く手を取り合えましたね。この2人はハンドアウトでもある程度示唆されているんですけど、双方ともが犯人だと内心疑いつつ、でもどこかで違って欲しいって願い合っているんですよ。つまりお互いが協力することで、信じ合えることで、犯行が困難だと言い合える……他視点では共犯の線を疑われたりもしますが、こうなればもう最強なのでね』


 少し弾んだ抑揚で茅ヶ谷が解説する。

 この展開を待ち望んでいたとばかりだ。

 事実才原と演じたサイ視点でも、ヨコの目撃証言が無く、ウネの失言がハンドアウトに記載されていた内容をそのまま述べただけとかだったら、フラ犯人軸で途中まで議論を進行していたかもしれない。


「えへへ。やったね!」

「……うん」


 隣同士に並んでいた横浜と富良野が互いを見つめ合う。

 無事に犯人ではない確率を下げ合って、ウネという真犯人を追い詰めたんだから、2人の仲の良さと親睦か好転させたといえる。喜びも一入だろう。


『あとちなみに余談なんですけど、フラがずぶ濡れになったサイに渡した包装箱に入っていたタオルは、本当はヨコへのプレゼントだったんですよ……メグとの相談事っていうのは、このプレゼントで良いのかどうかを訊ねていたわけですね』

「おー! それで教室に集まってたんだ……ヨコはちょこっと誤解しちゃってたけどね」

「誤解……やっぱりそうなるか。容疑者になったのもそうだけど、色々と裏目に出てるんだな」


 ヨコとフラはお互いの信頼が大事となる立場同士。2人とも敢えて言葉にはしていないけど、つまりは異性関係でヤキモキし合っていたらしい。これはミステリーゲームとは少し脱線するけれど、数々の誤解や優柔不断を乗り越えて結ばれて欲しいなと才原は切に願う。


『じゃあ富良野先輩。フラの目的を読み上げて頂きましょうかね?』

「あ……はい。えっと……犯人に投票をする4点、メグとの相談事の内容を最後まで秘密にする3点、凶器が自身の所有物であることを隠し通す3点……いや厳しいな」


 目的を告げながら、富良野は苦々しい表情を浮かべる。その様子から課せられた目的への歯痒さが滲み出ている気がした。


『そうですね……まず犯人に投票、これはウネに投じているのでクリア。メグの相談事を秘密にする……は、例えばその内容が嘘であってもダメっていう困難な条件にしているんですが、残念ながら家柄の不満と恋愛話を全体会議で喋っているので達成ならず。凶器がフラの物であることを隠す……これはヨコが早々にバタフライナイフって言われちゃったのが不運でしたね、こちらも達成ならず』

「んー……仕方ないかな。多分言わないと俺が犯人にされたままになってしまうし」


 富良野がそう言って溜息を吐く。

 これはお手上げだと言わんばかりだ。


『点数は4点ですね。おめでとうございます』

「おめでとう……なのかな?」

『犯人は当ててますからね。相談事は言わないと怪しまれるし、実は凶器の一件はヨコからもですが、ウネからも犯人だと擦るために告げ口されたりして難しくなる想定ですので、大いに健闘したと言えますよ』


 満点クリアを聴かされた後でのこの結果に、富良野が不甲斐無さを感じてしまうのも致し方ない。けれど富良野による情報開示によって、メグとの家柄のことが表面化し、凶器が把握出来たことで推理がしやすくなった。


 それらが提言されたからこそ、ウネが犯人だとする結論に達したと才原は思う。

 点数には現れない功績がきっと、この盤面上に幾つもある。

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