第46話

 そこは校内に数ある準備室の一室。

 だけど事件の……いや事故の明暗を分けたあの準備室じゃなくて、小島の廃校舎でもなくて、高校生が課外授業でもほとんど使うことのないただの余り室だ。


『うん、無事に最後まで見届けられた——』


 エンディングパートの余韻が、2つの長机を繋ぎ合わせた上に散らばったアナログゲームの盤面の枠組みを飛び越えて、残響と化す。

 なんとも形容し難いが、達成感にミステリアスなスパイスが加えられたような、微かな歯痒さが伝染する。

 それは映画館でエンドロールが流れ終わった後に起こる、ライトが再点灯するまでの息を呑む時間のよう。


『——……改めて、お疲れ様でした先輩方。自分はGMゲームマスターとして物語をずっと回していましたが、初めてとは思えないくらい素敵なロールプレイだったと感じてます』


 そう言いながらGM用のハンドアウトを粛々と閉じる。その人物はゲームマスター兼ストーリーテラーで、推理に関与しないノンプレイヤーキャラクターであるメグのセリフを担当した茅ヶ谷ちがや めぐり

 眼鏡のレンズ越しに居る彼女の視線の先には、サイ、ウネ、ヨコ、フラを演じた、学生服を着た4人が映っている。


「おお……」

「こんな最後になるんだー。すごく面白かったよメグー……じゃなかった、巡っ!」

「そうだな」

「楽しかったー!」


 ただただ感嘆するしか無かったと言わんばかりに唸るフラこと、富良野ふらの じゅん太郎たろう

 そして真っ先にここまで進行してくれた茅ヶ谷に溌剌な感想を投げ掛けるヨコこと、横浜よこはま 梅花うめか

 普段から波長の合う2人の連携が、一連のメグの経緯を詳らかにしたといっても過言じゃないだろう。


『ありがとうございます。あと横浜先輩には、このメンバーを集めてくれたことに関しても。全部横浜先輩の働きかけのおかげなので』

「いやいやー。巡が探偵役気分を味わえるゲームがあるって教えてくれたからだよ。私、元々こういうゲーム知らなかったし、ありがとうはこっちのセリフだよっ」

『ちょっと……』

「巡がミステリー好きなのは知ってたけど、物語を創る才能まであるなんて私知らなかったなー……それそれっ」


 そう言いながらヨコを演じていた横浜が茅ヶ谷の元へと歩み、両肩に手をそれぞれ置き、感謝を伝えるように揺さぶる。

 ちなみにヨコというキャラクターは架空の存在だけれど、実際の横浜と瓜二つの設定に溢れているので、小柄で、ブロンドヘアーで、ムードメーカーなのには変わらない。今だって160センチほどある1学年後輩の女生徒の茅ヶ谷との身長差のせいで、どっちが身体を揺さぶられているのが判別付きにくい。

 これは他キャラクターも同様で、ロールプレイのキャラクターでありつつ自らの分身でもある。本当の名前のうちの二文字を拝借したキャラ名なことからも、そのことが窺える。


『もう、横浜先輩大袈裟です……えっと、畝村先輩と才原先輩は無言ですけど、どうでしたか? どちらも初プレイにしては負担が大きい役割だったので……』


 茅ヶ谷はやや心配したような口調で、黙々と盤面を凝視している2人……ウネこと畝村うねむら 瀬那せなと、サイこと才原さいばら 桜大おうだい

 どちらも無事にエンディングを迎えたとは思えないくらい、ゲームシステム上のワンポイントが記されたカードを並べて考察を繰り広げている模様だ。


「……うーん。何で私、みんなから犯人だって特定されたんだろ? 何か回避出来る術がどこかにあったのかな?」

「僕も……いや、どうするのが正解だったんだこれ?」


 そんな嘆きを、茅ヶ谷は嬉々として聴き入れる。

 その結末後のもしもに頭を悩ませて考察することこそ、このゲームシステムの醍醐味の1つだと。


『素晴らしい好奇心です。では早速、この物語の概要と解説……皆さんが演じたキャラクターそれぞれの目的について、順番にネタバラシしていきましょうか?』


 茅ヶ谷が横浜に張り付かれたまま、机にある盤面上に近付き、再びハンドアウトを開く。

 これからみんなで物語の全容と、各自視点で課せられた目的の遂行状況を照らし合わせるために。

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